1034手間
案内されたアパートの一室は、家族三人で慎ましく暮らすには十分な広さ。
ワシがそう感じるのだから、ワシよりも小柄なドワーフにとっては、そこそこ広い方なのかもしれない。
そして内装はややクリームがかった白の壁や天井に、黒い石材そのままの家具。
見事なまでに木製のモノが見当たらない、地下暮らしなのだから当然で、家具は石製が許されるのだが、そうなると彼らの服は何から作っているのだろうか。
疑問は尽きないが、それは後々落ち着いた時にでも聞けばいいだろう。
奥さんに子供を手渡してから勧められた椅子に座り、ドワーフは目の前のテーブルを挟んだ椅子へと座る。
「改めて、息子を助けてくれたこと、感謝する」
「よいよい、たまたま盗賊を見かけたから倒した様なモノ、何度も言うが気にすることでは無いのじゃ」
「いや、それでも感謝させてほしい、例え偶然だろうとも感謝を示さないのは礼を失するというものだ」
椅子に座り開口一番、深々とそれこそテーブルに額をこすりつけんばかりに頭を下げ感謝を述べるドワーフに、ワシは手をひらひらさせながら軽い口調でそう告げるが、対するドワーフは重々しい雰囲気を崩すことなくそう続ける。
「ところで、だ。息子を助けてくれた方に、この様なことを聞くのは失礼だとは思うのだが……」
「なんじゃ?」
「貴女は死者なのか?」
見たことない獣人の、耳か尻尾のことでも聞かれるかと思ったのだが、予想とは全く違うことを聞かれ思わず小首をこてんと傾げる。
確かに今死者といったか? 使者の間違いではなく? 一体ワシのどこが死人に見えるというのだろうか。
「どういう、ことじゃ?」
「貴女がこの街へと入って来た扉、あそこは死者の扉、死の国に続く扉といわれていて、生きている者には開けられないといわれているんだ」
「ふむ、確かにあの扉は誰でも開けるという訳ではないが、別に生きておるもんが開けられぬという訳では無いのじゃ、現にワシ生きておるじゃろう? しかし、何故そんな物騒な名前がついておるんじゃ?」
「私たちは死んだ者をあの扉の前に安置するのだ、するとゴーレムたちが死んだ者を死の国へと運んでくれる、そう言い伝えられている」
「ほう、しかしそうであれば悪いことをしたかのぉ」
あそこから出てきたというのは、意図していないとはいえ彼らドワーフの宗教的なモノを侵すようなことだっただろうか。
「いや、我らドワーフは事実を否定する気はない、言い伝えられていたからそう言っているのであって、信仰している訳では無いからな。実際に昔、あの先に何があるか確かめようとした者もいたが、そもそも開けられないか死者を運ぶゴーレムと共に入ろうとして排除されるか、上手く入り込めたとしても誰一人帰ってこなかったからな」
「ふむふむ、そうじゃったか、それならば良かったのじゃ。しかし、そうなると、何故そのような場所をあんな風に警戒しておったのじゃ? いや、子供が攫われたから警戒するのは当然じゃが、それでもあの壁や門は一日二日で出来たようなモンでは無いとおもうのじゃが」
ドワーフならば一月あればあの壁程度のモノならば簡単に造り上げるだろう、しかし、ワシが見た限りあの壁は造られてからそれなりの月日が経っているように見えた。
死者を送る場所だから穢さないようにという様子でも無く、銃眼があったことから明らかに侵入者を警戒しているように思えた。
「あぁ、元々おいそれと近付くような場所でもなかったが、つい最近まではあんな壁など必要なかった。ゴーレムも死者のある時だけ入って来るし、私たちに害をなすこともなかった、しかしここ五十巡りほどだろうか、急にゴーレムたちが死者が無くとも入って来るようになり、しかも生きている者を攫うようになったのだ」
「なるほど、そうじゃったのか、じゃがそれならばあの扉を完全に封じてしまえば良かったのではないかえ?」
「無論私たちもそう思い実行した、だがゴーレムたちは自爆することで封印を吹き飛ばし、さらに封じようと近付く私たちを攻撃してきたのだ。倒せば爆発するので容易に手が出せず、暫く私たちが手をこまねいていたのを再度封じるつもりが無いと判断したのか、いつの間にか居なくなっていたが、封じようとすれば何処で見ているのか、すぐにやって来て攻撃するようになってしまってな」
「そうじゃったか、何とも奇妙な話じゃのぉ」
ドワーフは目を伏せ忸怩たる思いで語っているのだろうが、ワシは内心、五十巡り前ならワシ関係無いなとホッと胸を撫で下ろしつつ彼の話を聞くのだった……




