1032手間
土嚢をどうにかして乗り越えようとする子供を抱えてやり、鎧を着込んだドワーフたちに見せてやれば効果覿面、先ほどまでワシに向けられていた敵意がさっと埃を掃くように消えてなくなる。
そして中央のワシに啖呵を切って来たドワーフが、ハッとした様子で兜のバイザーを上げ、ワシの腕に抱えられた子供をじっと見つめる。
するとそのドワーフは、目をカッと見開いたかと思うと手に持った槌を投げるようにして放り出し、ドスドスとした足取りで「おぉおぉ」と呻きのような声をあげつつワシの方へとやって来る。
その様子がよほど鬼気迫って見えたのか、子供がワシの腕の中でのけぞる様にして近付いてくるドワーフと距離を開けようとする。
子供に引かれたのがよほどショックだったのか、近寄って来たドワーフはがっくりと肩を落としそこでハタと止まり、自分が鎧姿だということを思い出したのか、徐に兜の脱ぎ始めた。
そして兜の中から現れたのは、ドワーフと聞いて大抵の者が想像するような立派な髭を持った恐らくドワーフの男だ。
というのも髭がたっぷりと蓄えられて口元が見えないというのに、髪の毛までたっぷりと蓄えられており、目元と鼻しか見えないのだ。
だがしかし、ドワーフとしてはそれだけで誰か判断できるのか、ワシの腕の中に居る子供がパッと今までで一番表情を明るくして、ワシの腕の中から弾かれるように飛び出て、その兜を脱いだドワーフへと一目散に駆けて行く。
「ぱぱ!」
「おぉ、息子よ、よくぞ生きていた」
何ともまぁ都合の良いことに、そのドワーフはワシが連れ帰った子供の親だったようだ。
ワシとしては探す手間が省けてありがたい上に、子も親もお互い一安心できて実に喜ばしいことだ。
親の方は両手を広げ、如何にも自分の胸に飛び込んで来いと言わんばかり。
対して子供もやはり不安だったのだろう、喜色満面だった顔をくしゃりと歪ませて親元へと駆け寄り、その胸に飛び込んで感動の再会にといったところで子供がピタリと足を止める。
自分の胸に飛び込んできた瞬間に抱きしめようとしたのだろう、広げた腕をビクンと振るわせて、そして行き場を無くした腕を彷徨わせた挙句、しょんぼりとした様子で腕を降ろす。
ピタリと止まった子供は、そこで感極まってしまったのか、天を仰ぎ泣き始めてしまった。
「お、おぉおお」
目の前で泣き始めてしまった息子に、親ドワーフは鳴き声のような声をあげつつしょんぼりと下げた腕を再び上げて、うろうろと彷徨わせる。
何時まで経ってもオロオロするだけで、子供を泣き止ませようとしない親に、ワシはやれやれとかぶりを振りつつ近寄り、子供を抱き上げてよしよしと宥めすかす。
「まぁ、なんじゃ、すぐに親が見つかったのは喜ばしいことじゃ」
「あぁ、うむ、助かった」
小言の一つでもと思ったのだが、目は口程に物を言うとはよくいったもので、目しか見えていないというのに泣き止まない事への困惑と、何より再び会えたことへの喜びを感じ、喉まで出かけた小言を引っ込め無難な言葉を代わりに出す。
対して親は、実に様々な思いを乗せた助かるの一言と共に、ワシに向かい深々とその頭を下げるのだった。
「ところで、あんたはゴーレムじゃないとすれば……いや、まずはゴーレムと勘違いして攻撃してしまったことを謝らせてほしい」
「気にするでない、子を攫われたのじゃ、親としては憤懣遣る方ない気持ちよく分かるのしの」
ゴーレムの中にはつるりとした見た目とはいえ、人の姿にそっくりなモノもあった、なれば子を攫った憎き相手と攻撃しても致し方あるまい。
「とりあえずじゃ、この子の母親にもはよう会わせてやりたいし、おぬしの家に案内してくれんかの」
「あ、あぁ、そうだな、あいつも息子が攫われて以来すっかりふさぎ込んじまっててな、帰ってきたと知れば元気になってくれるだろう」
脱ぎ捨て投げ捨てた兜と槌を拾い、当然ではあるがよほど落ち込んでいるのだろう、「こっちだ」と一言だけワシにいうと、早く来てくれとばかりにさっさと先に行くドワーフに苦笑いをこぼし、小さくかぶりを振りその後に続くのだった……




