101手間
ワシは今、日も落ち本来であれば宵闇に包まれる頃、カカルニアの屋敷そのテラスでお母様と二人、二つの星を眺めていた。
あれから何度も孤児院に足を運び、お母様の手伝いで帳簿に頭を悩ませ、今や巡りも次に入り、一期は初の月それも終わりを迎えようかという頃だ。
最初、違和感に気づいたのは巡りもそろそろ次に入ろうかという時分、前世で言えばクリスマスも終わり、そろそろ年越しをと考える辺だろうか。
その辺りからいつもより夜が明るいと感じ始め、次の巡りに入る頃には夜道を安全に歩けるほど明るくなった。
そして今、夜空には二つの星が浮かんでいる。まぁ…夜空だけでなく昼の空にもずっと浮かんでいるのだが。
「あの人に嫁入りした時からね、あの星を眺めるなら娘と二人でこうやって、お茶を飲めれば良いなって思ってたのよ」
今まで静かにお茶を飲んでいたお母様が、感慨深そうに口を開く。
「しかも、星が見える巡りに二人も結婚式を上げるなんてねぇ…」
そう、二人だ…カルンとあとはなんと、あの浮いた話ひとつないと揶揄されていたケインが、結婚することになったのだ。
お相手は視察で立ち寄った町にある宿の娘さん、前世の貴族であれば身分差がどうのこうので、禁断の愛となりそうだが、ここではそういうのはあまり無さそうでほっと一安心だ。
「けど、そのせいでセルカちゃんの式が伸びちゃってごめんね?」
「いやいや、お兄様に先を譲るのは義妹として当然じゃ」
元々ワシらの結婚式の日取りとして考えていた、一期の末の月をケインお兄様に譲り、ワシらはその後となったのだ。
兄と弟という事もあり、先に兄のをという意味もあるのだが、すでに兄嫁のお腹には子供も居るらしく、時期を遅らしてはドレスが着れないと先にすることにした。
「ところであの星なのじゃが…いつまで見えるのじゃ?」
「きっちり巡りの内だけよ、あの二つの星は夫婦星って言ってね、あれが見える巡りの内に結婚式を上げた夫婦は、幸せになるって言われてるのよ」
「なるほどのぉ…」
「次に見えるのは五十ほど後だから、セルカちゃんは運がいいわ」
彗星に合わせたジューンブライドとかそんな感じだろうか、五十年に一度はなるほど確かに運がいい、これがあるのなら態々直ぐに式を挙げなかったのも頷ける。
夫婦星と呼ばれたその二つの星の見た目はまるで月、片方…若干手前に見える方はスーパームーンと呼ばれるものより二回りほど大きい。
片やその影に少し隠れ、まるで支えるように寄り添う星は、スーパームーンより少し小さいか同じくらいかと言ったところ。
これが一巡りをかけてゆっくりと空を移動するのだ、その間に日の軌道と交差することはなく、日食が見れないのは少し残念ではある。
「ケインも結婚することになって子供も出来て…これで一安心ってところね。私もあの人もまだまだ譲るつもりは微塵も無いのだけれど」
「本人も気にしておったらしいからのぉ…」
「セルカちゃんが気にすることじゃ無かったのに…なんにせよあとはセイルだけね!」
今まで分散されてた、いや長男や次期当主という事で、ケインお兄様にほぼほぼ集中していた結婚攻撃が分散すること無く来るのだ、しかも周りの家族は既婚者だけ。実に哀れとしか言い様がない。
「それでセルカちゃんはどうなの?」
今まで飲んでいたお茶をテーブルに置き、身を乗り出してそう聞いてくる。
「どう…とは…」
「そりゃもうセルカちゃんの子供よ、男の子でも女の子でも、どんな可愛らしい子が生まれてくるか楽しみなのよね」
ワシとしても努力はしているが、今のところその兆候はない。
「焦る必要は無いわよ、逆に焦るとできにくいって聞くわ。それにすぐに分かるものでも無いからのんびり待つのが一番よ」
結婚式が終わったら北の街へ行き、そして水のダンジョンへも足を伸ばす予定なのだ、出来たら出来たでそれは困る。
乳母に当たる人を手配すると言ってくれているので、子育てにつきっきりということはないだろうが、子供を置いてどこかに行くというのは避けたい。
「何にせよ体調が悪くなったら言うのよ?人によっては何も出来ないくらい弱ったり、そのまま病気で死んじゃうこともあるんだから」
「う…うむ、気をつけるのじゃ」
ただでさえ妊婦は病気に弱くなるのだ、そこへこの世界の医療技術の低さ、乳児死亡率は言うまでもない。
それ故生まれて一年は名を付けないという慣習が出来るくらいだ。
しかし、事あるごとにお腹をさすっては幸せそうにしている、ケインお兄様のお嫁さんを見てると早く欲しくなるのも事実。
「子供は早くほしいけど、できたら色々出来なくなる。その悩みわかる、わかるわぁ」
ぐぬぬぬと唸っていると、お母様はうんうんと大きく頷いている。
「でもね、なるようにしか成らないのよ。だからね?」
そういってふわっとお母様がワシを抱きしめる。
「子供が出来なくても、どこへ行ってもセルカちゃん達が生きてることが何よりも重要なのよ」
「うん、うん」
目に光を溜めて頷く事しか出来なかった、そんな時テラスの扉がカチャリと開き屋敷の中から人が出てきた。
「はぁ…兄さんも結婚することになって…天にも地にも夫婦が蔓延り独身には辛い…辛すぎる…」
ワシらに気づくことも無くテラスの手すりへと身を寄せると、ため息と共にそう漏らしたのはセイルお兄様だった。
「セイルが結婚するのはまだまだ先そうねぇ…」
「そうじゃのぉ…」
「えっ!わっ!母さんにセルカ!居たのかい?!」
「はぁ…居たのかい、じゃないわよ…まったく」
流石親子、ため息の仕方までそっくりだった、お陰さまで先ほどまでのしんみりとした空気は吹き飛び、オロオロするお兄様を余所に、ワシとお母様の笑い声が暫く月明かりの下に響くのだった。




