1030手間
こつこつと意外にも長い通路に足音を響かせながら、ここに来るまでに色んな事を聞いたのだが、今度は子供にドワーフの街はどんな所かと聞いてみる。
「んっとね、おそとはね、ずっとね、ぴかぴかしててね、ねるときはくらいくらいしてねるの」
「ほほう、ずっとかえ、それはすごいのぉ」
「でもね、おそらのほうがすごいぴかぴかだった!」
「ふふ、そうかえそうかえ。そのかわりお空は時間によって明るくなったり暗くなったりするのじゃぞ」
「ふえー、だれかが、がいとーをかってにけしちゃうの?」
「そうじゃなー、おひさまが勝手に消しちゃうのじゃ」
「おひさまわるひと!」
「じゃが、それがおひさまのお仕事じゃからのぉ」
きゃっきゃとワシの腕の中ではしゃぐ子供に飴玉ほどの大きさの晶石を話の礼とばかりに与えてやれば、それはもう見ているこちらまで頬を緩ませてしまうような表情で、子供は晶石を舐める。
ついつい孫をかわいがるおばあちゃんのような気持ちで飴玉を与えてしまったせいではあるが、ドワーフの街について大して話を聞けなかった。
いや、元々小さな子供に話を聞くのだ、有益な話を得られる方が稀だろう、無論子供ゆえに誰よりも有益なことを知っていたりもするが。
「あっ、おねえちゃん、ぼくあのとびらしってる!」
「む?」
ころころと、口の中で晶石を遊ばせる子供の表情を眺めていたから気付かなかったが、子供が声を上げ指さした方向を見れば、確かにそこには今まで見たのと同じような扉があった。
しかし、この子はそれを知ってると言ったのだ、今まで似たような扉は幾つもあったというのにだ。
「この扉を知ってるとはどういうことじゃ?」
「んとね、ぱぱにね、このとびらにはひとりでちかづいちゃダメだよっていわれたの。でもね、このあいだままとおさんぽしてるときに、このとびらのところがわいわいしててね、それで……」
「ふむ、そうじゃったか」
恐らくこの扉からゴーレムが侵入し、そして偶々近くに居たこの子が攫われたのだろう。
その時のことを思い出したのか、先ほどまでの嬉しそうな表情はなりを潜め、一転泣き出しそうな顔へと変わる。
「それでは、おぬしのパパとママに、おぬしの無事な姿をはよう見せねばのぉ」
「うんっ!」
両親に会う、それを聞いた途端、泣き顔は喜色満面へと早変わりする。
今泣いた烏がもう笑うとは何とも言い得て妙だと、ワシも微笑みながら子供の目尻に浮かんだままの涙をぬぐい頭を撫でてやる。
それにだ、この子を早く両親に会わせてやりたいと同時に、今の話を聞き早く母親にもこの子の無事な姿を見せてやらねばと思う。
何せ目の前で我が子を攫われたのだ、その心情は既に立派になったとはいえ、同じ子を持つ母親としては痛いほどよく分かる。
「さてとではちとワシが開けるから、おぬしはワシの後ろに隠れておくのじゃぞ」
「うんっ」
この子が攫われたのはここ数日のことだろう、それに元々ドワーフたちはこの子の話を聞く限り、この扉を警戒している様子。
ならばこの扉を開いた途端、今度は子供を奪われまいと槍を手に持ちグサリと来るかもしれない。
ワシならばこの子を腕に抱えたままでも、その程度のこと幾らでも対処は出来るが、目の前に槍が迫ればこの子に怖い思いをさせてしまう。
ならばとワシは背に子供を庇うように立ち、そんな気概があるなどと子供に悟らせぬよう、今までと同じように気軽に扉へと手を触れるのだった……




