1029手間
種族の違いというモノは、驚くほど、いや、当たり前のように簡単に受け入れられた。
それも当然だろう、誰だって目の前で石を美味しそうに食べられては理解せざるを得ない、むしろそれで理解できない人がいるのならば、是非とも拝んでみたいものだ。
一先ず皆の理解を得た翌朝、昨日の夕食の後に届いた子供用のローブを着たドワーフの子と果実酒を抱え、ワシは再び遺跡の中を進む。
中に入ってまずした事といえば尻尾に仕舞う振りをして酒瓶を収納することだろうか、別にこの子に見せてもいいが後々面倒にはなりたくないのでそこはなるべく徹底しておきたい。
「では、少々急ぐからぎゅっと掴まっておるのじゃぞ?」
「うん」
言うや否や、ワシは駆け足で暗い通路の中を奥へと進んでゆく、昨日倒したので最後だったかワシは止められないとでも理解したのか、ゴーレムに会うことも無くワシらは工場のような場所までたどり着いた。
子供に負担がない程度に急ぎ足でついた昨日の工場のような場所は、相も変わらずシンと静まり返った中に、微かに機械の稼働音がしておりまだ壊し損ねたモノがあることが分かる。
「さて昨日の部屋に戻ってきたが、何かおぬしの街に戻るようなモノはあるかの?」
「うぅん? たぶん、あっち?」
「ふむ、そうかえ」
機械を全て検分したいところだが、今はそんな暇はなくどうせ碌でもない機械ばかりだろうと、子供に話しかけている隙に衝撃波のように周囲へ蒼い炎の波を走らせ、子供があっちと指さす頃には駆動音は全て消えていた。
子供の指さす方向であるが、ワシはその方角へと迷いなく足を進める。
獣人は森の中で方角を見失わず、例え目隠しされていようとも元の場所へとたどり着くことが出来る。
それと同じ様に、ドワーフも鉱山の中で方角を見失わずに元の場所へと戻れる。
それはここのドワーフも同じだったようで、子供の指さす方に進んでゆけば、この空間からは若干不釣合いな大きさの、人が二、三人並んで通れる程度の扉へとたどり着いた。
「この先かの?」
「うん」
ワシには感じ取れない何かを感じているのか、子供は確信を持って頷いている。
普通ならば先へと進むのを躊躇するだろう、しかい今はこの子の、ドワーフの感覚が全てであり、似たようなモノを持っているワシがそれを信じない訳が無い。
ならば何を躊躇する必要があるのか、扉を開いた先は扉よりも少し広いくらいの通路で、少し真っすぐと向かった後は下へ下へと続く緩やかな坂道となっていた。
その坂道を降りて行く途中には、何故か不自然なほどに扉が幾つもあり、まるで何かの侵入を阻んでいるかのようだった。
しかし、扉のマスターキーを持っているに等しいワシには、さしたる障害にはなり得ない。
無論、例え扉のマスターキーを持っていなかったとしても、その時は右手がマスターキーになるだけだ。
しばらくそんな扉だらけの坂道を進んでゆくと、どれだけ地下に降りたのだろうか、ようやく通路は水平へと戻ると同時にあれだけあった扉が姿を消した。
「ぼくの家が近い気がする!」
「ほほう、そうかえ」
坂道を降り切ったところで子供が弾んだように言うので、ドワーフの街は近いのだろう。
ワシとしてはもう少し洞窟の中や廃坑となった場所を歩くかと思っていただけに肩透かしだが、簡単にたどり着くのならばそれに越したことは無い。
ワシには感じられないが、何か見知った感覚でもあるのだろうか、嬉しそうにしている子供に急かされるように暗い通路をワシは歩いて行くのだった……




