100手間
孤児院の裏手にある庭、子供たちの安全の為か柵に囲まれたそこで、ワシは年の頃は五、六であろうかそんな子達に囲まれていた。
「きつねさん、きてくれたんだー」
「わーい、ふわっふわー」
よほど気に入ったのかみんな尻尾に夢中だ。中で必死に隠れているであろうスズリには悪いが、尻尾を動かすとそれに合わせてきゃっきゃと無邪気な歓声があがる。
そんな中ふと気になったことがある、どうでも良いといえばどうでも良い事なのだが、ワシの事をじゅーじんさんとか、じゅーじんのおねーちゃんと呼ぶ中一人だけきつねさんと呼んでいる子がいるのだ。
絵本などもこの世界あるにはあるが、かなり高価な部類なので言っては悪いが孤児院の子供が読めるとも思わない、町や村など狩猟が主な環境で育っていれば、知っていることもあるのだろうが…。
「おぬし、よくワシの事が狐の獣人じゃと分かったのぉ」
「えっとね、えっとね。そつぎょうしちゃったんだけど、きつねのじゅーじんさんがいたの」
「なるほどのぉ」
「そのひとより、しっぽもおおいし、ふわふわだけど、にてたから…ちがった?」
不安そうに小首を傾げるその仕草が可愛くて、思わず抱きしめてしまう。
最初に当たったと言ったのだが…しかし、この年頃の不安そうな顔はなんとも庇護欲を掻き立てる。
「ふふふ、そうじゃよーきつねさんじゃよー、当たっとるから心配せずともよいのじゃよ」
頭を撫でながら放してやると、まさに花が咲いたと形容するしかない笑顔を向けてくる。
ワシも釣られて笑顔になっていると、手をくいくいっと引っ張られる。
「ねー、おねーちゃん、あそぼ?」
「おぉ、良いぞ、何をして遊ぶのじゃ?」
「えっとね!おままごとがいい!」
「いや、おにごっこしようぜ!」
「えー、もっとふわふわさわってたいー」
何して遊ぶか喧嘩し始めた子達を宥め、その後しばらく様々な遊びに付き合うこととなった。
そして今は、芝生の様に短く草が生え揃っている庭の一角、木が植えられ木陰となった場所で休んでいる。
というのも遊び疲れたのか、何人かの子達がウトウトと、そこで寝始めてしまったからだ。他の子達も釣られたのか、今はワシの膝や尻尾を枕に寝ている。
膝枕で寝ていた子の髪を撫でていたら、そこへ近づいてくる人影に気づく。
「あらあら、気持ちよさそうに寝てるわねぇ」
しゃがみこんでワシが撫でていた子とは別の子の髪を撫でたのは、お母様だった。
「話は終わったのかの?」
「えぇ、それとあの子達を連れてきたのよ」
そう言って振り返ったお母様の視線を辿れば、メリンダに連れられた十二よりは少し上かな程度の雰囲気の子供達が居た。
その内の何人か、それがワシを見た途端、あからさまにがっかりしたかの様な表情をして、何事かをメリンダに言った後そのメリンダに叱られているようだ。
「あれが勉強をしとったと言う子達かの?」
「そうよー。一通り周った後に丁度、勉強の時間が終わってね。さっき言ってたでしょ、セルカちゃんに憧れてハンター目指してる子が居るって、それで連れてきたのよ」
「なるほどのぉ」
先ほどがっかりした顔をした連中が、それなのだろう。
確かにワシの見た目は、よくてせいぜい十四、五ほどにしか見えない、けれども宝珠というものがあるのだ、見た目からの印象では年齢どころか膂力すら当てにならない。
幼子が軽々と大人を持ち上げる、そんな事も十分ありえるのだ。見た目でがっかりするとはハンターを目指しているとは言え所詮子供、まだまだの証拠だろう。
メリンダと子供達が近づいてくるが、まだ納得いっていないのか不満が聞こえてくる。
「先生でもよー、ほんとにアレがそうなの?俺の方が強そうじゃん」
「こらっ、人を指差してはいけません」
確かに自分の方が強い、そう嘯くだけあって、近くにいる歳の近そうな子達にくらべ、がっしりとした体つきをしている。
ハンターを目指しているということは当然宝珠持ち、身体能力は見た目以上なのは確実だろう。
宝珠による身体能力の向上は、ゲームで例えるなら装備によるステータスの倍加、元の身体能力が高ければ高いほど、その分だけ力は増す。
それを考えれば彼が天狗になりワシを侮るのも頷ける、けれどもワシは獣人という元々高い身体能力を持った種、しかも女神に直接創られた特別製、基礎能力の時点で段違い、さらに宝珠によるステータス倍加も桁違いなのだ。
「くっくっくっ、そこまで嘯くのであれば、ワシと手合わせしてみるかの」
「は?そんなことしなくても、どう見たって俺の方が強いだろ」
「見た目だけならばのぉ…見た目だけ強そうであれば、カカシと何の違いがあるのかの」
「てめぇ!」
「まぁよい。彼我の力量差を見極めれぬ様では、ハンターになったとて早晩、魔獣どころかそこらの動物の胃の中じゃて」
「言わせておけば!勝負だ、勝負!」
ちょっと面白くなって煽ってみたが、見事なまでに乗ってくれた。
顔を真っ赤にし、此方に指を突き付けて叫んでいる。ゲームや喧嘩とは違うのだ、強そうな奴と会ったら、さっさと逃げるそれを見極め実行できる奴でなければこの先、生き残れない。
プライドなぞ腹に収まってからでは役に立たない、ましてや見た目だけで侮るなぞ論外。ちょっと揉んでやるかと思うのだが魔手は絶対にダメ、その直前の状態も危険。
「ふぅむ…まぁなるようになるかの」
ワシを枕にして寝てた子を起こさないように、ゆっくりとどけてやってから立ち上がる。
「よっしゃ!勝負だ!」
そう言っていつの間に取り出したのか、その手に持った木剣をワシに突きつけてくる。
「これから訓練のつもりで持ってきてたんだよ、流石にこのまま相手にするのは可哀想だからな、貸してやるよ」
かっこつける為でなく、ワシに貸すために突き付けていたらしい、よく見れば彼は刀身の部分をつかみ、柄をワシに差し出している。
「いらぬよ、ワシの場合、素手ですらおぬしが可哀想じゃからのぉ」
「てっめぇ!」
クルッと器用に木剣を回して持ち直した彼は、何の合図も無く突っ込んでくる。
最低限の動きでそれを躱すと、すれ違いざまそっと脇腹に手を添える。
「一回」
「でりゃあ!」
「二回」
「うろちょろすんな!」
「三回」
躱すたびどこかそっと右手を何処かに当てる度、回数を数えるそれが二桁を軽く超えた頃、ようやく彼が肩で息をして大人しくなる。
ワシは武術を収めている訳でもないので、全て純粋な身体能力による、ある意味ゴリ押しな回避だったのだが、彼にはわからないだろうしかなり堪えたのだろう、見るからに落ち込んでいる。
「くっそ、なんで当たらないんだよ」
「そりゃ避けとるからのぉ…それにおぬしは数十回は死んどるぞ」
「死んでるって、ちょっと触ってるだけじゃないか」
「魔獣や魔物のとの戦いでは、そのちょっとが致命傷じゃからの。動きが鈍った途端ばくー…じゃ」
魔獣や魔物は、宝珠持ちとは比較にならないほど見た目と能力がかけ離れていることもある。
「おぬしがハンターになりたいのであれば、実力を知らぬ相手とはまず戦わぬ事じゃの、逃げても誰も責めはせぬむしろ果敢に戦ったら阿呆と言われる世界じゃ」
まぁ、その阿呆がワシを含めダンジョンに挑む奴らだが…。
「くっそ!」
そう言って木剣を地面に叩きつけると、作りが甘いのか剣先が折れて寝ている子達の方へ飛んで行く。
「訓練用とは言え、自分の得物を壊すでない」
右手を魔手にして飛んでいた剣先を握りつぶす。
「これがワシの武器じゃ、先程は全て右手で触っておった。あとはわかるの?」
メリンダを含め皆目を見開いて驚いている、初めて見たのだ当然だろう。
魔手を戻し、一応他の破片が当たってないか飛んでいった方に居る子達を見るが、皆気持ちよさそうに寝ていた。
「やれやれ、これだけ暴れても気持ちよさそうにスヤッっと寝ておる…。こやつらのほうが大物かのぉ…」
そう言ってむにゃむにゃと、気持ちよさそうに寝ている彼らの髪を撫でるのだった。
閑話も含めたら少し前に達成していましたが。
本編だけを見ると今回で百話、ここまでこれたのも読んでくださった、皆さんのお陰です。
これからも一層頑張っていきたいと思いますので、感想やブックマーク評価よろしくお願いたします。




