99手間
教会も関係しているためか、装飾は無いけれどもしっかりとした外見の、ちょっといいお宿と勝手に思っていた建物が孤児院だった。
通りで建物の横から見える、柵に囲われた庭で遊んでいた子供が多いはずだ。
今、その建物の入口前におそらく職員であろう、ゆったりとした白いローブに身を包んだ年配の女性が見える。
そして五、六歳くらいであろう十数人の子供たちが待っていた。
「カシス様、本日はようこそいらっしゃいました」
「「「「カシスさま、いらっしゃーい」」」」
年配の女性の落ち着いた声に続いて、子供達の元気いっぱいな唱和が続く、その姿に思わず顔が綻びる。
「お久しぶりね、メリンダ。問題は無いかしら?」
「はい、おかげさまで特には…ところでお隣の方は?」
「彼女はね、ふふ…私の娘よ」
「はぁ…娘…ですか?」
「わぁー、きつねのおねえちゃんだー」
メリンダと呼ばれた年配の女性が、お母様の言葉に頬に手を当てて首を傾げる。
その傍ら、誰かのその一言を合図に、子供たちがワシの周りをわらわらと取り囲む。
「すごーい、しっぽがいっぱい」
「ふわふわー」
「いいにおいー」
やはり尻尾が珍しいのか、ぺたぺたと触ってきて少しくすぐったい。
中には尻尾に顔を埋めている子もいる、いい香りなのは毎朝尻尾などに擦りつけている香のお陰だろう。
香石と呼ばれるそれは、ナイフで削れるほど柔らかく、削ったものをランプで燻して香りを楽しんだり、服と一緒に保管して香りを移したり、ワシがやっているように体に擦りつけて、香水の様に使ったりするものだ。
石と名が付いているが、どちらかと言えば樹液が固まった様なものに近く、色もまさに琥珀でとても綺麗だ。ある樹木の剥がれ落ちた樹皮を煮てその液体を固めて作られるものらしい。
杉や松とも違う、落ち着いた木の香りでワシも気に入っている。
まぁ、ワシが使っているのも、「淑女の嗜みよ」と言ってお母様に渡されたからだが…。
話がそれたが、尻尾に顔を半分埋めて鼻息荒く香りを楽しんでいる、危ない子などの頭を撫でたりしていると、お母様との話を終えたのかメリンダが話しかけてくる。
「ほら、あなた達。彼女とお話があるから先に戻って遊んでなさい」
「はーい」
「あとであそぼうねー」
「ばいばーい」
多少ぐずってはいたが、皆聞き分けよく建物の中へと入っていく。
「申し訳ありませんセルカ様。皆いい子なのですが、わんぱくが過ぎて」
「よいよい、子供はあのくらい物怖じせぬほうが良いしの」
「ありがとうございます。あ、申し遅れました私はメリンダです。カシス様と共に此方にお顔を出す予定だとかで、今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくのぅ」
「ところでセルカ様、カシス様が娘と仰っていたのですが、カカルス様はヒューマン、お互いのご両親もヒューマンで身内に獣人はおりませぬ」
「うむ?確かそうじゃったの?」
「獣人の方々は孤児院の事をご存知で?」
「い…いや、多分知らぬ…はずじゃ…」
街に昔から住んでたら知っているかもしれないが…。
「もしよければ、セルカ様が拾われる前に居た場所に同じ境遇の方がいたら、ここの事を教えてあげてください!」
「ん?」
がっちりと肩を掴まれて、そう懇願される。
「メリンダ…セルカちゃんは孤児じゃないわよ」
「え?ですが…彼女は獣人、本当のお子様ではなく、養女に当たるはずですよね?」
「血が繋がってないってだけよ」
ちょっとムッっとしてお母様がそうこぼすが、興奮してるのか混乱してるのか、幸いな事にメリンダは気づいていないようだった。
どうやらワシは元々孤児で、お母様に拾ってもらったと勘違いしたみたいだった。
流石、孤児院の人と言うべきか…そういう事になると気になるのだろう。
「では、彼女は?」
「息子の嫁よ」
「えっ、ご子息がご結婚されていたのですか?ケイン様ですか?それともセイル様が?」
「ふふふ、一番下のカルンよ」
「カルン様が!前にお会いした時は抱えるほど小さかったのに、もうそんなお歳に」
まるで久々にあった親戚のおばあちゃんの様に、しみじみと呟いている。
その様子にお母様の機嫌が一瞬で良くなり、内心ほっとする。
「はっ、し、失礼しました。外でこれ以上は何ですので、応接室へ」
「そうね」
メリンダの先導で孤児院の中を進む。孤児院の中は外見と同じく派手な装飾は一切なく小さい子もいるからか、時々壁や床に何かで削って描いたのであろう落書きが見受けられる。
此方ですと案内された部屋は、ソファー二つとその間に置かれたテーブルだけの簡単な内装だった。
「毎度このような簡素な場所で申し訳ないのですが、どうぞお掛けください」
「いいのよー、孤児院の中に派手な部屋があったら逆に変だもの」
「あー、そうじゃのぉ…」
もしそんな部屋があったら、誰だって資金を横領してるって考えそうだ。
「それじゃ、世間話はここまでにして現状を聞かせてちょうだい」
「かしこまりました。そうですね…ここ最近は孤児も少なく、新しく入ってくる子も皆いい子ばかりなので特に問題はありませんね。強いて言うなら残ってくれる子が段々と少なくなっていること位ですが、新しく入ってくる子も少なくなっているので今の所、こちらも問題はありません」
「そう、子供たちの様子なんかはどう?」
「そうですね…以前はここを出た後の職は結構みなバラけていたのですが、この二巡りほど宝珠持ちの子は皆ハンターを希望してるんですよ。なんでも最近活躍してるハンターの歳が近いと言うことで憧れているみたいでして。ハンターが活躍した前後はそういう子が増えるのはよくある事なのですが、いつもはそういう風になるのは男の子ばかりなところ、今回活躍したハンターの子は女性って事で、珍しく女の子の中にも結構いるのですよ」
確かに護衛依頼などで小さな村を通った時なぞに、ハンターというだけで子供たちがまるでヒーローを見るような目をしている事がよくあった。
「しかも、ハンターになって直ぐに三等級になり、更にはすでに二等級になったという事で今回は特にすごいんですよ」
もしかしなくても、これはワシの事かのぉ。
「鉱脈も見つけたとかで、お陰さまで孤児院の予算も増やしていただいて我々も感謝しております」
「ふふふ、感謝してるのだったら、直接お礼を言ったらいいんじゃないかしら?」
「え?えぇ、そうしたいのはやまやまなのですがハンターの方は動きまわってる上に、ここ出身では無い方とはあまり接点もないので…」
多分ワシだと気づいてないメリンダを面白がってか、お母様はニヤニヤとしているのだが、それでも下品に見えないのは流石というか…。
「名前はわかっているのかしら?」
「お名前ですか?確か坑道にそのまま付いていたんでしたよね…えっと…」
そういってメリンダは口に手を当て、少し考えこんでしまう。
「すみませんねぇ…歳を取るとどうしてもこういうことがなかなか………あ、そうそう、セルカ坑道。え?セル…カ?」
錆びたネジを巻くかのように、こちらに顔を向けたメリンダは口こそ大きく開けてないが、驚愕とはこういうことだと言える顔をしていた。
「え?本当にあの…?」
「そうじゃ、そのセルカじゃ」
「その…えっと…ありがとう…ございます?」
「んむ」
疑問形なのは、この際どうでもいいじゃろう。
「ほらほら、メリンダ。いつまでも呆けてないで話の続きをしましょう?予算は…今の話を聞く限り問題はなさそうね、あとは物資かしら?」
「あ、はっはい。予算に関しましては、今まででも十分だったのですが、それでもやはり老朽化した部分の改修などに回すほど余裕がなかったので、とてもありがたいです。物資は出入りの商人の方が代替わりをしまして、少しごたごたしましたが今は通常通りです」
「そう、今のところ大きな問題は無いってことね?」
「そうですね、職員が少なくなっていることくらいでしょうか、といっても先ほど申し上げました通り、今のところ回せていますので問題ありませんが」
「人手が足りなくなったら連絡なさい、うちの使用人を何人か送るわ、一時的なものであればそれで補って長く続くようであれば子育てが終わった母親なんかを臨時で雇えるようお触れをだすわ」
「ありがとうございます。あの、ところでセルカ様」
「なんじゃ?」
大人しく話を聞いていると、突然こちらに話を振ってくる。
「出来ればでよろしいのですが、先ほどの子達と遊んでいただけたらな…と、上の子たちはいまお勉強の時間ですが、その子たちも後で…」
「んむ、そのくらいお安い御用じゃが…」
お母様をチラリと見ると、うんうんと頷いている。
「私はこれから彼女と施設の中を見て回るから、いってらっしゃい」
その後、部屋を出て孤児院の裏手にある庭の前で二人と別れると庭へと出る、その途端ワシを見つけた子たちに即座に包囲されるのだった。




