98手間
翌日、元カルンの部屋、現ワシらの部屋の一角に置かれた姿見、その前で今日付けて行く髪飾りを選ぶ。
今日の服装はシンプルな白のワンピースに青い花が刺繍されたもの。それに合わせるにはどんな髪飾りが良いだろうかと、付けては外しを繰り返していた。
この部屋はカルン…男の子の部屋だったのだ、家具はそれなりに装飾はしてあるが、それでもシンプルなもの。そんな家具類の中、姿見の横に置かれているのは文字通り華やかな装飾の施された飴色の艶のある凝った意趣のチェストテーブル。
これは元々お母様が娘が出来た時の為にと用意していたもので、結局娘が生まれず仕舞いこんであったのを、お母様が引っ張り出してきたものだ。それの上に置かれている昨日買ったばかりの寄木細工の箱に手を伸ばす。
それなりに大きさもあり、丁度良かったので中にクッションを敷き、髪飾りなどのアクセサリー入れにしたのだ。
「ふふふ、良い物を買ったのぉ」
「その箱はどうしたんです?」
髪飾りを選ぶ背中越しに、カルンが話しかけてくる。
「サンドラの結婚祝いと思うて選んだんじゃが気に入ったからの、同じものをもう一つ買うたのじゃよ」
「綺麗な箱ですね」
「そうじゃろう、そうじゃろう。これは…どうじゃ?」
「セルカさんも綺麗ですよ」
髪飾りを一つ選び身につけると、振り返りカルンに見せるが、期待していた反応とは違うものが返ってきた。
「では、今日はこれにするかの」
ちょっと期待はずれの反応だったが、褒められたのだ折角だしと服の刺繍と同じ、青い花の髪飾りに決める。
「確か、今日は母さんと出かけるんでしたっけ?」
「んむ、仕事の手伝いと言っておったからの、出先で仕事相手と会うのじゃ、少しでも見目を良くしておかねば、カルンの沽券に関わるからの」
「着飾らなくても、十分綺麗ですけどね」
そう言ってサラリとワシの髪を撫で、唇を落とす。
最近、カルンはこういうキザったらしい台詞と行動を臆面もなくやってのける。一体お父様と何を学んでいるのやら。
たまにこういう行動をすると分かってはいても、嬉しいものは嬉しいので、もじもじしているとノックの音で一気に現実に引き戻される。
「セルカ様、そろそろ…」
「わかった、すぐに行くのじゃ。では、カルン行ってくるの」
そう言ってお返しとばかりに背伸びして唇を奪う、流石にカルンの様に臆面もなくとはいかず、恥ずかしくなってパタパタと急いで部屋を出る。
「セルカ様、お顔が赤いようですが、体調が悪いので?」
「い、いや。大丈夫じゃ、問題ない…のじゃ」
「そうですか、それならばよろしいのですが」
メイドのカーラと連れ立って玄関に向かうと、すでにそこにはお母様が待っていたようで準備万端と言った感じで立っていた。
「遅れてすまぬのじゃ」
「いいのよー、女の子は準備に時間がかかるものだもの、男を待たせてなんぼよ」
「今回待たせてしもうたのは、お母様なのじゃが…」
「細かい事は良いのよ!それでね、待たせた時の男の反応で、その男の甲斐性が分かるってものよ。その点、カルンはあの人と私の子だものパーフェクトよ!カルンもだけど、セルカちゃんも見る目があるわぁ…」
お母様は親バカが服来て歩いている様な人だ。もちろん叱るときはしっかり叱るし、子供第一ではあっても絶対ではない、良い親バカだがこうなってしまうと強制的に終わらせないとなかなか止まらない。
「あー、お母様?ここにいて大丈夫なのかえ?」
「あ、そうね。そろそろ行かなきゃね」
「ところで、仕事の手伝いとは聞いておったのじゃが、どのような事をするのじゃ?」
「そうねー、それは行きの馬車の中で話しましょうか」
表に回されていた馬車に乗り込み、カーラを御者に目的地へと進みだす。
今回出るのは、ワシとお母様とカーラの三人だけ、普段は護衛を何人か連れて行くのだが、例によってワシがいれば大丈夫だろうということだ。
「今日行くのはね、孤児院よ」
「孤児院?」
馬車が動き出すと、お母様がそう話しだした。
「そ、孤児院。貴族の義務…みたいなものね、うちの使用人も大半がそこ出身なのよ? 最近は幸いな事に戦争や飢饉も無いから、大量の孤児がって事は無いのだけれどね。どんなに頑張っても親が突然の病気とかで亡くなったりってのはどうしても無くならないから必要なのよ。放置していると治安にも悪いし、何よりそんな子どもたちに悪いからね」
「ふぅむ」
確かに、言われてみれば小さな町や多領などで、偶に目にした浮浪児を、この街では見かけたことが無かったのだが、そういう訳だったか。
「それで、孤児院に行ってどういう事をするのじゃ?」
「一言にしてしまえば視察ね。ちゃんと運営してるかなーとか、何か困ったことはないのかなーって感じでね、ウチの領は教会と協力して運営してるから、不正とかはまず無いけれどね」
「なるほどのー。しかし、教会にそのような場所なぞあったかのぉ」
「あー、教会には無いわよ?孤児を集めて育てるには、流石に小さすぎるもの」
「それもそうじゃのー」
「それじゃ、つくまでにざっと孤児院の事について説明しましょうね」
「んむ」
「どんな所…かは分かってるわね、主に衛兵や街の人が見つけた孤児や疑わしい子を連れて来てるわ。疑わしいっていうのは…悲しいけど親が捨てたり…とかね」
どこにでもそういう奴はいるのだろう、捨てられた子の事を思ってか、お母様が悲しそうな顔をする。
「気を取り直して…そういう子たちを集めて十五まで育てて、その後はそのまま孤児院で働いたり教会で神官になったり他の町へ行ったり様々ね。若い人が居なくなったりで人手の足らない村落は結構あるからね、そういう所は大抵家なんかがそのまま残ってたりするから、孤児院を出た後の住む場所にも困らないわ」
「街に残ったものはどうなるのじゃ?」
「孤児院で働く人は、そのまま孤児院の職員用宿舎に住むわ。もちろん際限なく住めるわけじゃなくて、家を買えるだけのお金が貯まったら出てもらうけど。神官になった人も神官用の宿舎があるから大丈夫ね、後はハンターになる人…については説明する必要無いわね。他にも街のお店にとかって人は、そこに住み込みというのもあるわね。孤児院では簡単な読み書きと計算を教えてるから、働き手として結構人気なのよね、だから孤児院を出た後の事は住む場所は、特に心配する必要も無いのよ」
「それは、すばらしいのぉ」
読み書き計算が出来ない人が多い中、それを教える必要がない人材は貴重だろう。
「孤児院には、家からもちろんお金も出してるけども、そういう孤児院出身の子や街の人達からの寄付で成り立ってるわ。そういうお金で運営されてるから、不正を働かないよう偶に見に行っているってわけ。教会が協力してるからっていうのはさっき言ったけど、孤児院の職員はほぼ全員が孤児院出身だから、それもあって今のところ不正は無いわ!」
確かに、自分を育ててくれた場所に自ら望んで残っているのだ、不正を働くような性根の奴はまず居ないだろう、もしいたら相当な外道だ。
そうこうしている内に馬車が止まる。どうやら孤児院へ着いたようだ。
馬車から降り、目の前の孤児院の建物を見れば、それは昨日うろちょろしてる時に見た、やけに子供が多い宿だと思っていた場所だった。
97手間で子供が多い宿について追求し忘れていたので、書き加えました。




