982手間
ずるずると床を這うゾンビのような何かはよくよく見れば、這うたびに体のどこかが崩れもう顔と胴体以外は原型を残していない。
おかげで這おうともがくように身震いするだけで、今は殆どその場から動いていない。
「こんなものが入り込むとは、この建物の警備はどうなっておるのじゃ?」
「この様なモノの侵入を許すなど面目次第もございません、ですがこの建物を含む敷地は僅かな入り口を除き壁に囲まれ、その入り口もこの時間は完全に閉鎖され、更に殿下と座下が滞在しているということもあり壁に配置されている近衛たちも増員されており、魔物はおろか賊も侵入する余地は……」
鐘を鳴らした年嵩の女性がそう自信たっぷりに言い切るが、現にこうやって侵入されている。
「つまりこやつは最初から、建物もしくは敷地の中に居ったということかの」
「お言葉ですが、敷地内も清掃などを兼ねた見回りを片時も欠かしたことはありません」
「そうは言うてものぉ、まぁ、こやつの這いずって来た跡を辿れば分かることかの」
体を崩しながら這いずって来たのだろう、廊下には黒々とした痕跡がバサバサの筆で書きなぐったように残っている。
「とはいえこの暗さでは痕跡を追うのもおぬしらでは難しかろう、ワシならば可能じゃろうが……こんなのに暗がりから襲われたくはないしの」
こんなものの攻撃程度ワシには何の痛痒もないが、ゾンビに暗がりで襲われるなど想像もしたくない。
それにコレの気配が嫌に希薄なのだ、事前に察知してというのも難しい、動いていればその音で分かるがどこかで待ち伏せされては困る。
「しかし、これは何なんじゃろうな」
「魔物、なのでは?」
「魔物では無いの、さりとて動物ましてや人では無いのじゃ、マナの量が少なすぎるどちらかといえば木石に近いの」
それにぐずぐずに崩れているというのに腐臭がしない、まるで泥で作ったような……
「土塊、マナが少ないのではなく少なくなった、じゃから崩れた」
「座下?」
「もしや、ゴーレム?」
近くの者が訝しむのにも構わず、ワシは口元に手を当てぶつぶつと呟きながら考える。
もしコレが人を模したゴーレムの成れの果てならば、その気配が希薄なのも頷ける。
ゴーレムにとってマナとはその身を動かす電池であると同時に、体を繋ぎ止める接着剤である。
万全の状態であれば、気配を隠す機能でもない限り体内のマナで分かる、しかし動くことはおろか体を維持することも困難なほどマナが枯渇すれば、元の材料にもよるが例えば土であればその気配が無いのも当たり前だ。
「こんなものが在るとは、これは詳しく調べねばならぬのぉ」
「もちろんでございます」
無論、ワシが、であるがそれを知らぬ年嵩の者はワシの独り言に決意を込めたような声音で返し、ワシもそれに鷹揚に頷くのだった……




