96手間
翌日、朝食をとった後に外出すると断りを入れ、まずアレックスらが泊まっている宿に行くことにした。
「なぜお主が着いてきておるのじゃ?」
「カルン坊っちゃんを伴わず、お一人でお出かけになられる様子でしたので」
「答えになっておらぬが?」
「会う人物によりましては、色々と問題になる場合がございますので」
要するに、逆恨みしてる連中があることないこと言ってくるのが面倒だからと…。
「それは…お主がおっても変わらんのでは無いのかのぉ、ライニや」
「いえいえ、セルカ様。私めがお傍に控えているというだけで、有象無象は兎も角、他の貴族、ましてや旦那様や奥様にとっては何よりも意味がございます」
確かに、カカルス家のライニへの信頼はものすごいが、他の貴族にまで信頼と…言えば良いのだろうか、そういう扱いとは凄まじい。
「まぁ、ワシのせいで面倒をかけるわけにもいかぬし、着いて来るのは別に問題はないのじゃが」
「そうお考えでしたら、外出を控えて頂くのが一番なのですが」
「しかしのぉ、言付けをしていたとはいえ。解散や引退と伝えた訳でも無いのに、パーティの者を放っておく訳にもいかぬしのぉ」
「あぁ、なるほど。でしたらそれを今からお伝えに行くので?私共としましても、セルカ様がハンターを引退し、カルン坊っちゃん共々家を守っていただければ、大変心強いのですが」
ちくりと言って来たので、そう言ってみたら元ハンター故かすぐに納得した…かと思えば、すぐに引退を勧めてきた。
確かにワシがあの家に四六時中おれば、文字通り家を守るのも容易くなるだろう。
「すまぬが、まだまだハンターとしてやらねばならぬ事があるのでのぉ」
「確かに人々の生活に、ハンターは無くてはならない存在ではありますが、ハンターでなければできない事なぞ、少ないのではありませんか?」
「まだ水のダンジョンに行っておらぬしの、それに家でじっとしておるよりも、動きまわるほうが好きでの」
「なるほど、水のダンジョンですか…それならばまぁ…よろしいのではないでしょうか」
「ふむ、絶対に反対するものと思っておったのじゃが、どの様な所か知っておるのかえ?」
「えぇ、かなり前ですが、一度だけ行ったことがあるので。そうですね…何と言いますか、火のダンジョンに比べてかなり安全なのですよ。もちろん魔物は出てきますので危険ではあるのですが、あちらの様に不定期に構造が変化することもありませんし…あぁ、水が流れ落ちてきて進めなくなる通路もありましたが、それも決まった位置なので地図が使い物にならなくなるということもありませんでしたね」
「なるほどのぉ…しかし、水が流れ落ちる程度で進めなくなるのかえ?」
「勢い自体はそれほどでも無いので、無理に押し通れば行けなくも無いのですが、水が井戸水よりも冷たく、更に水自体が何らかの魔法でも帯びていたのか、触れると刺すように痛いのですよ。それに向こうの風土病なのでしょうか、水などを被ったまま放置していると手足が腐り落ちる病にかかるので水中は通れないのですよ」
「なるほどのぉ…」
「幸い湯に浸かるだけで治まる病ですが、それでもやはりダンジョンの中ではそれも厳しいので」
刺すように痛いのは多分魔法じゃなくて水が極度に冷たすぎるせいで、その風土病というのも確実に凍傷の事だろう。
確かに以前、北に行った時とても寒かった覚えがあるが、ワシは寒暖の影響を抑えるポンチョがあるから良いとして…カルンらには道中、防寒対策をさせねばの…こちらでは無いか、そもそも存在自体知らぬかもしれんしのぉ。
「行く前にそれを聞けたのは重畳じゃったの」
「セルカ様の実力であれば、問題ないとは思うのですが…本音を言えば、行ってもらうのは困るのですがね」
「おー、セルカじゃねーか。久しぶりだな、隣のじーさんは誰だよ?カルンはどうした?」
宿に向かう道中、横から突然声をかけられる。
「んー?おー、アレックスではないか。ちょうどお主らのところに行こうとしておったのじゃよ。隣のこやつはライニ…ラインハルト、カルンの家の執事じゃ」
「初めましてアレックス様、それと私めはセルカ様の執事でもございますよ」
「はー。あ、俺はアレックスだ。ところでセルカ、何か用だったのか?」
「いや、特に用があったという訳ではないのじゃ、偶々時間が空いたのでな、様子を見に来ただけじゃ」
「そうか、俺達は元気でやってるよ。この間も死にかけてた新米を助けたりしたしな」
「ほぅ」
「ま、そのおかげで使ってた剣が折れちまって、狩りにでられねぇんだけどな」
アレックスはやっちまったぜと言わんばかりの顔で頭を掻いていが、その言葉に首を傾げる。
「あのでかいのに斬りつけても折れんかった剣がのぉ…しかし、お主の懐具合であれば直ぐに買い換えれるのではないかの?まさかもう全部使ってしもうたとか言うんじゃなかろうの?」
「いやいや、流石にそんな事はしねーって。長い間使ってたし限界だったんだろうな、魔物の一撃を受けた拍子にポキンとな。んで、金は腐るほどあるんだし、折角だから出来合いのものじゃなくて、鍛冶屋に打ってもらってんだよ」
「なるほどのぉ」
「ま、そういう事でさ、新米もいるしお前らは俺達の事は気にせず、好きなようにすればいいと思うぜ。あ、もちろん式にはちゃんと出るからよ、いつやるか決まったら教えてくれ。そいじゃな」
そう言い残し、背を向けて手を振りながらアレックスは去っていってしまった。
好きなようにとは一体どういうことじゃろうか…。
「ふぅむ、好きなように…のう…」
「確か前に居られた方が結婚して引退されたと聞いておりますが、セルカ様もそうされると思っておられるのでは?」
「あーサンドラか…あやつに結婚の祝いを言いに行くはずの道中で、カルンと結婚したんじゃったのぉ…。ふむ、引退云々は兎も角、やはりサンドラに祝いを言いに行かねば収まりが悪いのじゃ」
「左様ですか、それカルン坊っちゃんもお連れになって?」
「出来ればそうしておきたいの」
結婚祝いの品を贈るのはあまりメジャーでは無いらしいが、手ぶらで向かうのも何だと思っていると、隣に丁度いい人物がいることに思い至る。
「おぉそうじゃ、ライニや結婚祝いになんぞ良い品を知らんかえ?」
「結婚祝い…ですか?貴族同士でぐらいしかしませんのに、よくご存知ですね。それでは…苗木などは如何でしょうか、どの様な方にお送りになるのかは存じ上げませんが、お話を聞く限り貴族では無いようですので、室内でも育つ種であればなお良いかと」
「ほう、苗木のぉ。何か意味でもあるのかえ?」
「えぇ、その地にしっかりと根を張り、代々世界樹の様に健やかにと言う意味がございます。ですので、本来であればお庭がございましたら、そちらに植えるのが良いのですが、お相手の家に庭があるかどうかが分かりませんので」
「確かに…庭木の苗を贈って肝心の庭がないでは締まらぬしのぉ。気が早いとは思うのじゃが苗の下見に行ってみるかの」
かっこつけて去っていったアレックスを追うのは酷というもの。彼らと会う予定の時間がまるまる空いてしまったので、ライニの案内でどのような贈り物の木があるのか見に行くことにするのだった。




