978手間
しばし両手を祈るように組み、いや、実際に祈っているのかもしれないが恍惚とした表情をしている目の前の男。
瞼は閉じているが、まるで目を見開いた時のようにカッと眉を一度跳ねさせると、先ほどまでの恍惚とした表情は消え去り、穏やかな、聖職者然とした顔へと戻る。
「申し訳ございません座下、御前というのに取り乱してしまいました」
「う、うむ」
如何にも何もありませんでしたという澄ました顔をするものだから、ワシは鼻から息を抜くように小さく笑う。
とりあえずまた同じ状態になってもらっては困るので、話題を変えようと少し気になったことを彼に聞いてみる。
「ところで、おぬしはワシの事がまぶしいと言うておったが、この部屋に入る前から目をつむっておらんかったかえ?」
基本的に漂うマナは物を透過しない、無理矢理通したり地脈のように凄まじい圧力のようなものが掛かれば別ではあるが。
防音や断熱が考えられているであろう建物の壁を、さしものワシでも無意識に出ているマナで透過するとは思えないのだが。
「何と申し上げましょうか、座下はこの部屋ばかりに居られる訳では無いと存じますが、座下がお歩きになった跡に花束を持ち歩いた方の残り香のように光っておられまして」
「ぬぅ、つまりワシがどこをどう歩いたかおぬしには分かるということかえ」
「流石にそこまでは、ここをお歩きになられたな、というのが分かる程度でございます」
「ふむ、その力、盗賊のアジトを探すときなどに役立ちそうじゃのぉ」
「申し訳ございません、座下のご期待に応えたいところではございますが、跡が残るほどの祝福をお持ちなのは私の知る限り、今はお隠れになられた猊下と座下だけでございます」
「なるほど、それでは仕方ないのぉ」
足跡が見れるならばと思ったのだが、そう上手いことはいかないようだ。
「それで最初のご質問に戻りますが、お歩きになられただけで本来薄暗いこの建物の中がまるで晴天の空の下の如くの明るさでしたので、直接お目に掛かった際に直視するのは無理と判断し、無礼とは重々承知に存じますがこの瞳閉じさせていただいておりました」
「ふむ、まぁ、強い光を直接見るは目に悪いからの、下手に見れば目が見えんくなるしのぉ」
「祝福の光に目を焼かれるのなれば本望でありますが、見る事が私の聖務の一つでありますれば」
「んむんむ、気にするでない」
「ご寛容のほど恐悦至極にございます」
無礼がどうのこうのよりも、失明するのが本望などと臆面もなく言える信仰心の方が怖い。
ただまぁ話を聞く限り弁えているようなので、趣味趣向は人の自由だと喉から出かけた言葉をぐっと飲みこむのだった……




