977手間
許可をクリスに取りに行ってどれだけ経っただろうか、首都大司教がようやく戻って来た。
その後ろに何ともオドオドというよりも、おっかなびっくり入って来た者を見れば結果は言わずとも分かる。
「ふむ、その男が言うておったマナを見れる者かえ?」
「はい、彼は敬虔なだけでなく、祝福を見る能力もここ数代でも特筆すべき者でございます」
「ほほう」
後ろに控えている男を見れば、如何にも聖職者といった穏やかそうな顔をしている。
しかし、その目は閉じられており、見る能力を評価されているのとは真逆の表情だ。
そこでワシは、もしやと思い口を開く。
「その男、目が見えぬのかえ?」
「いえ、そうでは無いのですが……」
「その理由は私から説明してもよろしいでしょうか?」
言いよどむ首都大司教の言葉を引き継ぐように、その穏やかな容貌によく似合う低い声音で自分のことを説明し始めた。
「まずは私の力から、祝福を見ると申しましても見れるモノは千差万別でありまして、同じ祝福を見ても歪みのように見える者や、雫のように見える者まで様々なのです」
「んむ、それはワシもよう知っておる、ワシもマナが見えるからの」
「おぉ、流石にございます。座下はどの様にお見えなのですか?」
同じものを見ても全く別の物に見えるというのは、それが見えない者にとってはなかなか理解し辛い。
ワシが分かると頷きそういえば、男は心底嬉しそうに、そしてそれ以上に興味深そうにワシにどう見えるのか聞いてきた。
「ふむ、なかなか言い表し難いが、そうじゃな、可視化された匂いのように見えるかの、それが様々な色に光っておる」
「なるほどなるほど、それは美しい光景でしょうなぁ羨ましい次第でございます」
「ん? どういうことじゃ? 違うとはいえおぬしも見えるのじゃろう?」
「はい、私も祝福が見えることに偽りはございませんが、直接は見れないのです」
「ふむ?」
「何と申し上げましょうか、祝福から零れ落ちた何かを寒天の日に煌く細氷のような、光の粒子として見ることができるのです」
「ほほう、それはそれで実に綺麗な光景じゃろうな」
ダイヤモンドダストのようにマナが煌く光景を想像しワシはうっとりと呟くが、そういえば目を閉じてる理由を聞いてい無いなと視線を男へと戻す。
「して、おぬしが目を閉じてる理由は何なのじゃ? 無論、言い辛いことであれば言う必要は無いがの」
「いえ、単純に眩しすぎるのでございます。意識せねば普段は見えないのですが、強い祝福をもつ物や人ですと見ようとせずとも見えるのです」
「ほう」
そこまで言えば何が原因か分かる。
いや、それ以外原因はありえないだろう、ワシのマナが強すぎるのだ。
それも当然、普通マナは人も草木も、例え魔石を持つ魔物であろうと取り込むことしかできない。
厳密に言えば人や動物はほんの僅かばかりマナを生み出してはいるが、その量は大海に小指の先から水を一滴だけ垂らすに等しい量。
体内のマナの量が多い者でもそれは同じ、それに対してワシは世界樹の如くマナを生み出し続けている、そしてその大半をこの身に留めているのだ、強いという言葉では表しきれないだろう。
「つまりワシが眩しすぎると、そういうことじゃな?」
「申し訳ございません」
「よい、謝ることではないからの。そうじゃ、ついでじゃし軟膏にマナを込めたから見てもらおうかの」
「いえいえ、そのような座下の能力を疑うようなことはとてもとても私には畏れ多く、零れ落ちた祝福だけで陽の光を直接見るが如くの輝かしさなのです、その御傍にあるだけで万象は祝福に溢れましょう」
穏やかな表情と声は部屋に入って来た時と同じなのだが、その声音はまるで啓示でも頂いたかのように恍惚に震え、ワシは彼が目を閉じているのをいいことに引いた表情を隠しもせず目を細めるのだった……




