972手間
朝夕の禊以外は必要ないワシに比べて、朝から晩までクリスはぎっちりと予定が詰まっているらしい。
本来は聖職者ではないワシもそうなのだが、ワシは宝珠、こちらでは神王のもしくは類する者の証と呼ばれるそれがあるお蔭で免除されている。
どんなことをするのかと興味本位にクリスの予定を聞いて、ワシは心の底から宝珠があって良かったと思ったものだ。
清めの儀式などと言われているソレなのだが、端的に言い表すならば苦行や荒行と呼ばれるものだった。
雪解けの雫で濡らした木の枝で体を叩くとか、雪解け水を日に数回被るとか、正直何がしたいのかよく分からないが、まぁ、クリスがんばれ。
「しかしあれじゃな、聖職者はもっと厳しいことをするような気がしておったのじゃが」
「いえ、高位の者になればなるほどやることは減ってゆきます」
「ワシとしてはありがたいことじゃが、それでよいのかえ?」
「高位の者は普段より己を律しておりますれば、と言いたいところですが、高位の者は地位に見合った歳となっておりますので」
クリスの予定を教えてくれた者が、苦笑いをしながら言葉尻を濁す。
確かに、教えてくれた荒行は文字通りの年寄りの冷や水だ、下手をすれば死にかねないし過去同じことをしているので大丈夫だ、ということなのだろう。
要は年寄りには無理させない制度、ならばハイエルフを除けば年寄り中の年寄りであるワシが何もしないのは当然か。
だが、暇と言うのはある意味どんな苦行や荒行よりも辛い、さてどうしたものかと侍る者に相談してみる。
「この建物からは出てはいかんのじゃろう?」
「申し訳ございません、その様な規則であると同時に周囲には野生の獣も多く居りますので」
危ないから外に出てはいけない、そういう事なのだろうが、ワシとしてはだからこそ外に出て暇つぶしに、今日か明日の食事を少し豪華にしてやろうかと思ったのだが、そうは問屋が卸さないようだ。
「本か何か読むものはあるかえ?」
「それでしたら、すぐにお持ちいたします」
にこやかに孫の世話でも焼くかのような表情で傍仕えの者が出て行ってからしばらく、カラカラとワゴンの上にティーセットと共に幾つかの古そうな本を載せて戻って来た。
「これは私どもが修行の間によく読んでいた本でございます」
「ほほう」
恭しく差し出された擦り切れと補修の跡が目立つ、表題の無いか消えてしまった本は一目で沢山の人に大切に読まれてきたのが分かる。
表紙を軽く指の腹で優しく撫でてから、さてどんな話が書かれているのだろうと本を開く。
「のう、これは……」
「はい、歴代の神王様や首都大司教、大司教の方々のお話をまとめたものでございます」
逸話や文字通り彼ら彼女らの話したことをまとめた本、要するに説教の台本のようなもの。
流石に聖職者の修行の場だけあって堅苦しい本が出てくるだろうなとは思っていたが、ここまでとは思っておらず思わず苦笑いが零れるのだった……




