95手間
すみません、今回かなり短めです。
朝食を終えたら、花嫁修業という名のお母様とのマンツーマンのレッスンだ。
必ず最初は、昨日どういう事をしたのかを覚えている限りお母様に伝え、それに対してのアドバイスを受ける。
何をしたのか話すのは、なかなか恥ずかしいものがあるが、流石は妻としても母としても先輩なだけあって、カルンの好みなどを熟知している。
一通り話し合った後、少し気分を落ち着かせたら次のレッスンへと移る。
「今日は何をするのじゃ?」
「はじめは、読み書きをと思ってたんだけどね?セルカちゃん、読み書き問題なくできるってカルンが言ってたから、計算を覚えてもらうと思うの」
「それもできるのじゃ」
「え?」
「帳簿にでも使うような計算であれば、一通りできるはずじゃぞ」
「ほんとに?」
「んむ、加減乗除であれば問題ないのじゃ」
流石になんちゃら定理とか言われたらさっぱりだが、腐っても学歴社会からの転生者なのだから四則演算程度であれば問題ない。
「難しい言葉知ってるわねぇ…セルカちゃんの事だし意味もわかって使ってるのだろうけど、その様子だと本当にできるみたいね」
「んむ、きっちりと教えてもろうたからの」
この世界、学校がないため読み書き計算ができない人が非常に多い。
どの程度のレベルかというと、看板等で何かを表すのに、文字よりも図形によって視覚に訴えるのが主流な所で、推して知るべし。
貴族は嗜みと言うか、領の運営に関わるので必須なので覚える必要があるわけだ。
読み書き計算できる人は、他には主にギルド職員や商人…その程度だ。
一般の人では学のある親がいて、それで教えてもらっていた位でないと一生縁のないものなのだ。
ギルドや商会では、仕事の一環として覚えるらしい。
「となると困ったわねぇ…」
お母様が可愛らしく首をひねって考えている。
レッスンはお母様の気まぐれなのか、それともワシが飽きぬようにと慮ってか毎日違う内容だ。
それ故困っているのだが、その様を見て悪いことしたかなぁと思っていると、お母様が手をたたき。
「前と同じになっちゃうけど、刺繍の練習しましょうね」
「んむ、わかったのじゃ」
貴族の手習いとしてぱっと思い浮かぶ刺繍、これはこの世界でも変わらないようで…厳密に言えばすべての女性の必須科目といった所なのだが。
一般の人だと、服を修繕したり自作したり、必要にかられてと言った針仕事的側面が強くなるが。
嗜みとして習うのは貴族などの富裕層くらいらしい。
そして刺繍のモチーフなのだが、大抵…いや、ほぼすべてが草木モチーフだ。少しだけそこに幾何学模様が入る。
前に一度、動物はモチーフにしないのかと聞いたことがあるのだが、動物は魔獣や魔物を連想させるため、モチーフにはまず選ばないそうだ。
仮にそのようなものがあれば、あまり良くないものとして扱われるらしい。動物や魔獣に親兄弟を殺されるのが珍しく無い為、当然といえば当然か。
世界樹という木を崇拝している為、草木モチーフが主流なのも頷ける。
「お母様、ここはどうすればよいのじゃ?」
「ここはね、まずこっちに針を通してから、次にこっちの糸の下を通すのよ」
前にやっていたものをお母様が取り出して来て、それを二人でちくちくと針を通していく。
刺繍といえばミシンだった身としては、どういう技法なのかさっぱりだが、お母様の教えは非常にわかりやすい。
お腹がすいた時のために、軽食を用意していたのだがそれに手を付けることなく一心に布に針を通していく。
まだまだ不格好で人に見せられたものではないが、これはこれで楽しいので黙々と作業を続ける。
「奥様、セルカ様。お夕飯の準備が整いましたのでお呼びにあがりました」
ノックの音とともに外からメイドの一人がそう告げる。
「あら、もうこんな時間?それじゃ、今日はここまでね。明日は…お休みにして、明後日はちょっと私のお仕事手伝ってもらいましょうか」
「んむ、わかったのじゃ」
結局、手を付けられることなく残った軽食のカゴを、詫びとともにメイドに渡し食堂へと向かう。
夕食の後はお茶などを飲みつつ今日のレッスンや勉強の事をカルンとお互いに話し。
部屋に戻っては、夜更けまで起きて、その後ぐっすり寝付くというのがこの数日のサイクルになっている。
明日はワシは休みだが、カルンの勉強はあるらしい…明日は久々にアレックスの顔を見に行くのも良いかもしれないと、寝入る直前ぼんやりとそう考えるのだった。




