1手間
ふと目が覚めたら目の前に……何だ? これは真っ白の壁……いや天井か? なんだこれ?
確か目が覚める前は…あれ? 寝てたっけ起きてたっけ? どっかいってたっけ?
うぅむ、何も思い出せないけど、このシチュエーションはあれだ。
「知らない天井だ」
うむうむ、言ってやった! という謎の満足感に包まれていれば、どこからか声が聞こえる。
耳元で囁かれているような、空間全体から響いているかのような、それでいて安心感のある女性の声が響く。
《残念、それは床です》
なんだろう、なんていうか…実に安心感の無駄使いな声が響いた。
とたん、そっちが床だったのか、今気づいたとばかりに重力が仕事して、体が落ちる。
そして今自分はその床のほうを向いている、するとどうなるか…。
「ぶびゃ」
なんて非常に情けない声と共に床に激突した。
「いってああああぁ…くない…?」
痛みを感じないというよりも、感覚自体が殆どない。
何かに当たった気がする、けれどもそれ以上はない。
さっきからぶつけたはずの顔を触っている、そのはずなんだけど…。
よくわからなくて混乱していると、さっき聴こえた声がまた響く。
《それは、あなたが今魂だけの状態だからです》
「え?魂だけ?まさか死んだ?死んだの?」
《いいえ、違います。あなたの体では向こうで生きられないので、向こうに行っても生きられる体にしているのです》
「向こう?からだ?いったいどういうこと!!??」
これはあれ? 小説なんかでよくある異世界召喚とかそういうのじゃないの?
チートで世界を救ってヒャッハーみたいな、あれなんじゃないのか?
《さて新しい体も用意できましたので、向こうの世界にいってらっしゃい》
「え? 説明なしチートは! え? ちょっとまってまって!!!」
叫んだ瞬間、床に立ってたはず、たぶん立ってた…だけど。
まるで床が無くなったかの様に突然、落ち始める。
さっきまで全身の感覚が殆どなかった。
その感覚が突然戻ってきた…。
何というか、全身を極上のマッサージを受けてるかのような?
体すべてがまるで出来立てのお餅や、マシュマロになったかのような。
あぁ、いい気持ちだぁって思ってたら、いつの間にか眠ってしまった様だ。
今度はちゃんと起きた。しっかりと目を開け周りを確認する。
しかし、目の前には真っ白の壁だけ、これはあれかな、召喚先かな?
今度こそ言うぞ、言っちゃうぞ。という謎の義務感で。
「知らない天井だ」
《はい、今度は天井ですよ》
さっき聞いた声が聞えたので、がばっと勢いよく起き上がる。
今度は感覚がある。顔を触ってもぶにっとした感覚が手に返ってくる。
けれど、さっきから聞こえている声の主が見えない。
《私は此処にいて此処にいない存在、所謂女神ですので》
まるで禅問答の様な答えが返ってきた。
あれ?でも自分は召喚先に送られたはずでは?なんて悩んでいれば。
《あなたが寝ている間に召喚先の契約に…もっと細かく言えば、契約に関する向こうが条件付けた際の事で問題が起きまして》
声の主こと女神さま曰く
遥か昔に向こうの世界と契約し、異なる世界から人々を召喚。
そして、問題を解決する人物を神の加護を与えたうえで送る。
移籍出向契約みたいなことをしてたらしい…。
しかし、今回それを行った人達は欲に目が眩み。
向こうの世界に奴隷という制度は無いが、奴隷と言っても過言でない、いやそれよりも酷い制約で縛ろうとしたと。
これは重大な契約違反であり、本来は一族郎党滅ぼす…そんなレベルだけれども。
すでに契約の内容は失伝していてお伽噺となり、ほぼ正確に残っているのは召喚方法だけの状態。
これは女神さま基準では情状酌量の余地あり、なので今後は事を行おうとした一族の召喚に応じない。
そういう処分を下して今回のことは終わらせようとしたんだけれども。
すでに向こうの世界は自分を受け入れる用意が済んでしまっているせいで、向こうの世界に送らないとなんか色々まずいらしい。何ともお役所チック。
けれどここで問題があり、召喚を行った者は、召喚された人がどこに居ても判るらしい。
GPS付きの首輪をつけられた様なものだが、これは召喚対象の肉体に反応するようなものなので。
それが機能しなくなるよう一度、肉体を作り直して判らなくしてしまおう…と。
肉体を作り変える理由はそれもあるがもう一つ、こちらの方が重要なのだが……それはまたあとでと言われてしまった。
とまれ、分かりやすく言えば、魂だけ新しい肉体に移して転生させちゃおう、という訳だ。
《わかりましたね?》と女神がいうが早いか、またあの心地のよい睡魔が襲ってきた…。