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イサムとジヴァが消えたマク族の村は、視界が見えなくなる程の吹雪が消えて静寂に包まれていた。ウゾ族の加勢によってマク族の殲滅速度が上がり、イサムがジヴァと消える頃には既に終息に向かっていた。そこに一旦ノル達と合流したエリュオンは、イサムがジヴァと消えた事を説明する。
「困りましたね……ジヴァは男性を嫌うと聞きます。殺されてなければ良いのですが…」
「お姉様、殺されれば私達は居りません」
「確かにそうですね」
「さらりと怖いこと言うわね…でも本当に何処に行ったんだろう…」
そこへ周囲を探していたミケットとマコチ―も合流するが、ミケットを見てノルとメルが驚きの声を上げる。
「まさか多尾族だったなんて驚いたわ」
「本当ですね! 大昔にその尻尾を狙われ乱獲されて絶滅したと聞きました」
「大昔と言われても実感ないにゃん……でも最後の村でミケ達は滅んだにゃん…」
「そうなのね……可哀想に……」
「それでミケット、イサムはどこだ! ジヴァがそう簡単に戻してくれるとは思えんぞ!」
「念話も届かない場所にいるにゃん…」
その肝心のイサムはマク族の村から少し離れた場所にジヴァと現れた。
「あれ? マク族の村じゃないな。何処だ?」
周囲を見渡すイサム、一面雪景色で村は見当たらない。しょうがないとイサムはマップを大きく広げると、数キロ先にエリュオン達の反応があった。しかしその傍で綺麗に正座しているジヴァがイサムをじっと見ている。
『お待ち下さい主様!』
「ん? 主様? それ俺の事?」
『そうで御座います! そして折り入ってお願いが御座います!』
「お願いと言われてもな…え—と…な…何かな?」
いきなり正座でお願いと言われ、たじろぐイサムにジヴァがしっかりと目を見て答える。
『私は主様の仰る通り、人に憧れを抱いております。しかしながら、今の名前は精霊としての名であり、人としての名が欲しいのです……勿論それで人になれる訳では無いですが…姿が変わり、より人らしくなりたいのです…』
「そう言われると、まぁあった方が良いのか? 俺はどちらでも良いが…」
『どちらでもでは駄目です! 是非とも相応しい名を! 何卒!』
深々と頭を下げるジヴァにイサムもしょうがないと名前を考える。そして直ぐに閃いた。
「じゃぁ【ユキ】でいんじゃない? 服装もそれっぽいし」
面倒くさいなと思ったイサムは思いついた名前を即座に答えた。
『ユキ……何と言う素晴らしい! 私…今日からユキと名乗らせて頂きます!』
何故か目から大粒の涙が溢れているジヴァ改めユキは、嬉しいらしく立ち上がりピョンピョン跳ねている。そしてその周りには小さな雪がユキの周りにだけ降っている。イサム的には雪女のイメージがあっただけなのだが、ここまで喜ばれると逆に申し訳なくなる。
「まぁ喜んでもらえて何よりだよ…じゃぁそろそろ行こうか、みんな待ってる」
『はい! お供致します!』
ユキはイサムの後ろをフワフワと浮かびながら付いて来る。そして歩く事数分、イサムはマク族の村へと戻る。そこでイサムはまた驚く、入口居るのは大量のウゾ族の兵士達だからである。
「え! 何でこんなに居るんだ!? ユキ、これウゾ族だよな」
『そうで御座います、この山に住むウゾ族の兵士達で御座いますね』
イサムの肩に手を乗せて後ろから話すユキはウンウンと頷いている。そしてその集団の間からタチュラが見えるのでイサムは声を掛けた。タチュラはしばらくキョロキョロしていたが、イサムを見つけるとすぐさま駆け寄る。
「ご主人様! 心配しておりました! 今まで何方に行かれていたのですか? それとその女は誰です?」
「心配かけて悪かったな、こいつはユキだ。俺と契約した精霊だ」
「なるほど、そうなのですね。ユキさん宜しくお願いしますわ。ですが、貴方が手を乗せている場所は妾の特等席です。ちょっと退いて下さる?」
タチュラはそう言うと、巨体を小さくさせてイサムの肩に飛び乗る。その話を聞き、ユキは反対の肩に手を置き換える。
『ではこちらで宜しいでしょうか? 私は何方でも構いません』
「ふぅ…仕方ありませんわね。ではそちらはお譲り致しましょう」
「おい…俺の肩なんだが……」
タチュラはいつもの場所に収まると、さも当たり前の様に座る。反対側に移動したユキも当たり前の様に手を乗せる。それを見たウゾ族の兵士達が急にしゃがみ始める。
「ん? 何でみんなしゃがむんだ?」
イサムはウゾ族がしゃがむのに合わせて同じ様にしゃがむ。それを見て慌ててウゾ族の隊長らしき人が声を掛ける。
「お止めください! 貴方が使役されている精霊シヴァ様に対して敬意を表しています! 貴方がしゃがまれると、私共は地に伏せねばなりません!」
「いや……しゃがまれると俺も困るんだけど…」
周りが立ち上がらないとイサムも立ち上がる気配が無いので、それを察しユキはウゾ族に指示をする。
『主様が困っておられるではないか! 私に対する敬意はありがたいが、主様が嫌がる事は止めて欲しい!』
「おお…何と言う……ジヴァ様が私共に頭を下げるなど……誠に光栄の極み…お前達、立ち上がれ…従うのだ」
そう言われ渋々立ち上がり始めるウゾ族の兵士達、そこにユキが手を上げる。
『よく聞け山の民よ! 私はジヴァと言う名前を改め、主様が命名したユキと名乗る事にした! 以後その様に呼ぶように頼む!』
それを聞きウゾ族から歓喜の声が上がる、今まで存在を知りつつも接する事の出来ない精霊の声は兵士達の心に響き涙を流す者も居た。イサムはただそれを見ているだけで、場違いな場所に居たたまれない気持ちで一杯になる。
「そろそろ行っても良いかな…後はユキに任せるよ……」
イサムはそそくさとその場を後にしようとするが、その騒ぎにノル達がやってくる。勿論、イサムを見て驚くのは間違いない。いや、驚くのはその後ろの女性にだろう。
「イサム様、後ろに居るのは誰ですか? 私の予想では精霊だと思うのですが?」
始めに口を開いたのはノルである。そして次々と仲間達が口を開きだす。
「イサム様、もしや契約なんてしてないですよね?」
「イサム様はジヴァに魅了されているだけですね! すぐに助けます!」
「イサム! 離れて! そいつ斬れないわ!」
テテルはスズメバチをいつでも飛び掛からせようと待機させ、エリュオンは武器を構えユキに向けている。一触即発の状況を打破する為にイサムの脳はフル回転させている、そこに笑顔でユキが答える。
『皆様方! この度主様に従属を誓ったジヴァ改めユキと申します。以後お見知りおきを!』
ユキはイサムの肩から手を放しペコリと丁寧にお辞儀する。それを見て肩を落とす仲間達にイサムも弁明しようとする。
「これはネルタクを助ける為に必要だったんだ! ただまぁ…ここまで懐くとは思ってなかったんだけど…」
「それだけじゃないわ! 精霊に名を与えるなんて! イサム貴方どういうつもりよ!」
「え? 駄目なの?」
精霊に名を与える。それは命の契約でありイサムが死ねば精霊も死ぬ、精霊が死ねば守っている場所も死ぬ。それ程重要な事を軽々としてしまったのに、自覚の無いイサムに仲間達もため息しか出てこない。
「やってしまったものは仕方が無いわ…ところで肝心のネルタクは今も保管しているの?」
「ああそうだった、ちょっと待ってくれ。今呼び出す」
イサムはコアを開き、ネルタクを呼び出す。目の前に光が集まり、ネルタクが姿を現す。それは保管する前よりも若干成長している様だが、女性らしい部分はそこまで成長は無いようだった。そしてエリュオンを見るなり抱き付き泣き出してしまった。イサム達はそれを見ながら、彼女が落ち着くまで待つ事にする。




