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激しくぶつかる度に吹き上がる蒸気の中で紛れるエリュオンの涙。打ち合いながら必死に堪えてはいるが、ネルタクの話を聞き終わる頃には涙を止める事が出来なかった。
「貴方は育ての親を…私の親を殺してしまったのね!」
『そうだ! 僕は…エリュオリナの所為で、魔物になった母様を殺した! 自分の父様も殺した! それが救いだと言われたからだ!』
「言われた? 誰に言われたの! まさか!」
メテラスを陥し入れ、ネルタクも闇に引き込んだ張本人が居るはずだとエリュオンは彼女に尋ねる。その闇が、ノイズでは無いかと話し掛けようとする。
『うるさい! お前のせいでイフリトは目を覚ました!』
「違うわ! イフリトが目を覚ましたのはメテラスを陥れた闇が原因よ!」
『陥れる? お前が夢を求めたから…メテラス兄様は…闇にすがる程苦しんだんじゃ無いか!』
「それは…! じゃあ貴方は好きでも無い人と結婚できるの?」
『そんなの我が儘じゃないか! 家の為にと諦める事こそ僕達があの都で平和に暮らす役割だった!』
「私は諦めていたわ! あの日、私は夢を諦めてメテラスと共に生きる道を選んだ!」
弾ぎ飛ばしたネルタクがアイスブランドを大きく振りかぶる。
『嘘をつくな!』
振り下ろした大剣から氷の斬撃が飛ぶ。エリュオンはそれを斬り返し相殺するが、さらに斬撃を飛ばし始める。斬り返す度に斬撃が蒸発し、エリュオンの姿が見えなくなる。
そこから火柱が竜巻の様に吹き上がる。
「嘘じゃないわ! 貴方は自分の事だけしか見えていない! 貴方を引き込んだ闇は誰!」
エリュオンはネルタクに向かい斬撃を放つ。それを紙一重で避けるが、エリュオンが更に放つ斬撃を避けきれず少しだけ腕を掠る。しかし属性武器であるエリュオンの大剣フレイムタンにはそれだけでも大きなダメージを与える事が出来る。
『がぁああああああ!』
ネルタクの傷口から炎が噴き出し、片膝を付き腕を押さえる。すると急に風が強くなり、小さな雪が降るだけだった空が曇り急に吹雪き始める。
「なに? 雪で視界が…!」
吹雪がネルタクの周りに集まりだす。そして腕から噴き出した炎が小さくなっていき、吹雪が人の形を作り出す。
「まさか! 貴方精霊と契約しているの!?」
『そうだ! 僕は精霊ジヴァと契約した! お前を倒す為に!』
「なんて事を! 駄目よ! 精霊と契約なんて…貴方と私の魔素の容量は左程変わらないはずよ! 精霊に引き込まれてしまうわ!」
リリルカはイフリトと契約した。だが、それは体内魔素の容量が桁違いに多い為であり、力で負けたイフリトが認めたリリルカだからこそ、対等な立場で使役できる。しかしエリュオンやネルタクの様に武器に精霊の加護を受けて戦う者に、直接精霊を使役できる力は無い。出来ないから武器に付加しているのだ。もし使役した場合、間違いなく精霊側に魔素を吸われ消滅してしまう。
「貴方よりも先にジヴァを倒さないといけなくなったわね…」
エリュオンも闇だった。蘇生されて新しく生きる事を選択した、だから家族同然であるネルタクも必ず救いたいと思っている。そして新しい人生を歩んで欲しいと心から願う。
「ネルタク! お願い教えて! 貴方の前に現れた闇は誰?」
『しつこいな! ノイズだ! それがどうした!』
「やっぱり…貴方騙されてるわ……ノイズは嘘しかつかない! 人を殺す事を楽しみにしてる奴の言う事なんて信じる事出来るの?」
『そっそれは、お前が僕の前から居なくなったからだ!』
「それを餌に、貴方の心に入り込んできたのね! あいつはそれで快楽を得る異常者よ!」
『う…うるさい…!』
「私は貴方を助けるわ! 闇に囚われて、ジヴァに吸収される未来なんて絶対阻止して見せる!」
『だまれ……エリュオリナ…僕は……』
迷い始めるネルタク、しかしそれを傍に居るジヴァが許すはずがない。真っ白な雪の体を艶めかしくネルタクの体に這わせる。
「ジヴァ…貴方にネルタクはあげないわ!」
エリュオンはフレイムタンの柄をより強く握り、ジヴァに向かい飛び掛かった。
●
エリュオンとネルタクが戦っている頃、マク族は混乱していた。敵が来るのは知っていたし、その数も種族も把握していた。しかし三人のヒューマンと一人のフェアリーに翻弄され、既に十人の戦士が地に伏している。
「何だあれは! あんなシム族を見た事無いぞ!」
「いやあれは本当にシム族なのか! 何で攻撃が当たらない!」
マク族が翻弄される敵、それはテテルが呼び出した【スズメバチ】である。不規則に飛びながらも、敵の攻撃を避け針を刺す。通常は即死毒を注入するのだが、イサムの頼みにより麻痺毒に変更している。刺された者は突如動けなくなり、ノルやメルが追撃で吹き飛ばす。相変わらずイサムの出番は無いが、それで出しゃばる事などしない。
イサムはマップを確認しながら、ミケットとマコチーを探すが見当たらない。兎に角この場所に居る気配はするのだ、それは所有しているコアだからか、勘なのかは分からない。だが必ずこの場所に居ると確信している。
「どこだミケット! マコチー!」
イサムが着ている防寒着のフードから顔を出したタチュラがイサムに伝える。
「もし捕まえるなら、もっと奥でしょうか? 妾ならもっと敵が入って来ても返り討ちに出来る様な場所を牢屋にしますわ」
「返り討ちか…もっと奥に行きたいが、敵がデカいし多いな。俺一人では先に進むのは難しいが…」
体が大きなマク族は、見渡すだけでも数十人は居り先に進む事を阻む。しかし、それはその先に何かがあると言う証拠にもなる。
「先か…遠くに見えるのは洞窟の様だな…あそこまで行くか…」
ぎりぎり見えるか見えないかの所に洞窟らしき穴が見える。それが洞窟なのかは行ってみないと分からないが、自分の直感を信じノル達に伝える。
「あそこに怪しい場所が見える! あそこに行ってみよう!」
「行かせるかよ! お前らはここで餌になるんだよ!」
「がはははは! ヒューマン風情が我らに勝てる筈が無かろう! 男は喰って女は俺達の相手をしてもらおうか!」」
マク族の猛攻は激しく、混乱してる中でも既に三匹のスズメバチがやられている。硬い皮膚に覆われた体毛が更にダメージを防いでおり、ノルとメルも多少苦戦している。もちろん多少なので、通り過ぎる度に倒れていくのはマク族なのだが、それでも敵の数が多く中々先に進めない。
「タチュラ! そろそろ出て来て手伝ってくれ!」
フードの中から高みの見物とばかりに隠れていたタチュラがようやく動き出した。
「さすがに遊びすぎは怒られますわね」
勢いよく飛び出したタチュラの体が瞬く間に大きくなる。勿論驚いたのはマク族だ、自分達よりも大きなシム族がいきなり現れたのだから。
「まだ仲間が居たぞ! シム族だ大きいぞ!」
「失礼ですわね! でも正解ですわ! これからあなた方を倒すシム族よ!」
タチュラは糸を吐き出し次々とマク族の動きを封じていく。その時イサムも耳に声が届く。
「―――――――……ぁぁぁぁ」
「ん? おい! 今ミケットの悲鳴が聞こえたぞ!」
「え? すみません私には聞こえませんでした…」
「私もです…」
どうやらイサム以外にはその声は聞えていなかったらしいが、イサムは直感した。ミケットの身に何かが起きたと。
「ここは任せる! やはり何か胸騒ぎがする!」
その言葉を発した瞬間イサムの姿が消える。
「消えた! 違うわ、もうあんな場所に!」
「無意識なのかしら、移動補助の魔法を使用しているわ。だけど速すぎるわね」
ノルとメルがイサムを目で追うと、既にイサムは洞窟へ入ろうとしている所だった。
「今のイサム様なら敵に負ける事は無いですね」
「そうね、あっちは任せてここを片付けましょう」
その時、村の入口から地響きの様な足音が聞こえる。ノル達は視線を送るが、それはマク族も同じで一体何起こったのかと入口に顔を向ける。
そして、その地響きの原因をノル達は直ぐに理解する。
「助けられた恩を今から返す! 我らが一族はこれよりヒューマンの恩人を助太刀する!」
現れたのは全身茶色の毛で覆われた巨大な獣人ウゾ族である。先頭には助けたウゾ族のパオ、そしてその後ろには百は越えているだろうウゾ族の兵士達が居る。
「くそ! なぜ今ウゾ族が!」
「これで少しは楽になりそうねメル」
「そうですね、お姉様」
「まだまだ【スズメバチ】達は居ますよ! 一気にやっつけましょう!」
「もうこの方々も終わりですわね」
マク族の村に突入してくるウゾ族の兵士達、完全に士気が低下していくマク族の兵士達を更にノル達が追い打ちをかける。
それを知る由もないイサムは洞窟に入りひたすら進む、そして牢屋の中で倒れているミケットと覆い被さろうとしているマク族を見つける。
その数十分前、イサムがミケットの悲鳴を聞く前に話は少し戻る。




