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闘技場を出るとそこには見渡す限りの人々が集まっており、その規模は数万人に及ぶだろうか。当然その理由は、この国に起きた浮遊島の降下と国を覆う水の障壁、そしてそこに現われた初代女王ティタニアの存在である。
数万人のフェアリーで埋め尽くされた道が徐々に半分に分かれて行く、ティタ達が城に向かい歩み始めたからだ。そんな中に集まるフェアリー達の中から声が聞こえる。
「本当だ! おとぎ話のお姿そのままだ! ティタニア様だ! ティタニア様がこの国を救いに来てくださった!」
「ああ…何という…ようやく我等が救われる時が来たのだ!」
そう叫ぶのは、下層民と言われて虐げられてきた人々だ。彼は気付いていた、それは数時間前に道端で死亡して居た者達が全て生き返った事に始まる。ある者は驚き、ある者は喜び、ゴミクズと言われ続けた彼らにとって、必ず悪い事ではない何かが起こると。
「凄い人ですね、まるでこの日を待っていたようです」
「確かにすごいな、彼らは本当につらい思いをしてきたはずだからな」
イサムとメルが話すのを聞いてティタが寂しげに答える。
「わしがもう少し考えておれば、この様な事にはならなかったはずじゃのぅ」
「それは後の祭りでしょ、これから変えれば良いと思うわ」
「その意見には妾も賛成です。これからどうなるのか楽しみですね」
エリュオンやタチュラは、これからでも大丈夫だと話しそれを聞いているテテルとオベロも頷く。ディアナだけは、原因を作った当事者の一族であり何も言えない。
そんな中、歩みを進めていると一際大きな馬車が立ち往生していた。
「あれ? あの馬車、あれは私の一族の紋章です」
ディアナの言葉を聞き、ティタが首を傾げる。
「ディアナ、お前は女王になったのはいつからじゃ?」
「今から約一年前です」
「いまいくつじゃ?」
「今年で十四になります」
「何じゃと! では両親は死んだのかのぅ?」
「いえ、恐らくあの馬車に乗っていると思いますが?」
ティタは腕を組み考える。この国の成人は十六歳である、女王が早くに亡くなった場合にその子供が王位を継ぐ事を除けば十三で女王の座に就くなどあり得ない事なのである。
「お前に女王を譲り渡した時に前女王は何と言っておったのじゃ?」
「十六など待たずに直ぐに女王の座に就きなさいと、お前の予知夢が現実になるのを防ぐ為だとか」
「予知夢? お前スキル持ちなのかのぅ?」
「大した能力では無いのです。具体的には見えませんがボンヤリと夢で見る程度の物です」
「何を見たんじゃ?」
「一年前に、女王が緑色の巨大なフェアリーに殺され、浮遊島が全て落ちる夢でした。ただの夢だと思っていたのですが、まさか現実なるとは考えてもいませんでした」
その話を聞き、ティタは納得した。前女王は、ディアナの予知が当たる事を知っていたのだろう。緑色の巨大なフェアリーとはティタで間違いないはずだ。
「ならばあの馬車は、それを予期しお前を見捨てて逃げようとしたお前の両親じゃろうのぅ」
タンッと地を蹴りティタは数百メートル先の馬車の上に軽々と飛び乗る。そしてその屋根を躊躇いもなく引き開ける。
ギギギギギ…バキン!
青銅で出来た金具等お構いなしに引き千切り、大きな馬車の屋根を片手で持ち上げる。そんなティタを見て周囲の人々も驚きの声があがり、その辺り一帯から人が離れる。
「おい、わしが誰だかわかるな? 馬車から出て来るかそれとも死ぬか選べ」
冷たく淡々と話すティタに震えあがるディアナの両親は、馬車から飛び出す。
「こ…これはこれは! 初代女王のティタニア様! お初にお目にかかります!」
「ご機嫌麗しゅう存じ上げます! ティタニア様にお会いできて光栄に御座います!」
膝をつき、深々と頭を下げる。勿論ティタがそれを見て気持ち良くなるはずがない。
「お主らはわしが来る事を知っておったな? だから娘を犠牲にしたのか?」
「は? 何のことで御座いましょう! 私達は娘が心配で、外に出て来たので御座います!」
「そ…そうで御座います! ディアナにもしもの事があれば、この国の一大事!」
その話を聞き終わると馬車の上からティタは両親の目の前に飛び降りる。
「周りを良く見てみよ、お前らが蔑んだ奴らが見ておるぞ。本心を言わぬのか?」
「え…何故そ…そのような事を仰るのです?」
「ほ…本心で御座います!」
「わしの子孫は騙せても、わしを騙す事は出来ないがのぅ」
「わた…わたくしは、この男に無理やり女王にさせられたのです! ですから早めにディアナに譲り、国を任せたかったのです! 今の女王はディアナです、ディアナを咎めて下さいませ!」
ティタは深くため息をつく。ここまで腐っていては何を言っても変わらない、そこで傍に来たディアナに尋ねる。
「ディアナ、お前の命より自分の命が大事らしいぞ。お前はどうしたいのじゃ?」
「私は…既にイサム様に命を救われました。もしまた国民が私の命が欲しいと言うのなら、それでも構いません。覚悟は出来ております」
「親はこれ程腐っておるのに…お前は良い子じゃのぅ」
ティタは馬車にまた飛び乗り、拡声魔導機を使って集まっている人々に話しかける。
『わしはティタニアじゃ、これまで辛い目に合った者達よ…助けてやれずに本当に申し訳なかった。じゃが、この国はまた変わる。わしがフェアリー達の仲良く暮らせる国を望んだ様に、お主らも人を恨まずこの国をもう一度生まれ変わらしてはくれないだろうか?』
しかし、そこに声が飛び交う。
「私は家族を殺されました! そんな人達を許せと言うのですか!?」
「俺も恋人を殺された! いわれの無い罪で死んだんだ!」
鳴り止まない怒号は、今まで虐げられた下層民と呼ばれた者達である。ティタは深く息を吸いまた話し始める。
『そうか…では虐げられた者達よ、国を出るのじゃ。そなた等が出た後にこの国はわしが滅ぼそう。元々はシム族との争いを避ける為にこの国を造った、じゃがその平和が罪なき人を殺すのであればこの国を壊し、もう一度流浪の民に戻るのもよかろう。わしはお主らが恨むこの国を滅ぼして気が楽になるのであれば、それも致し方あるまい』
ティタの言葉に誰も言い返す者は居ない。住処を選ぶか恨みを晴らすのか誰にも決める事は出来ない。
『人が集まり国になる。人が国を変えるのじゃ、島が下りた今ならもう一度やり直す事も出来るのではないか?』
そしてティタは、跪いているディアナの両親を魔法で空中に持ち上げる。
『元凶はこの一族らしい、じゃがわしは殺しはしない。殺さないやり方でこいつらには罪を償って貰おう…わし等はこいつらとは違うのじゃからな…』
静まり返る人々の中ですすり泣く声がする。そして徐々に広がっていき、やがてそれは大きく国中が泣いている様にも聞こえる。
ディアナの両親を兵士の前に降ろす、兵士達は両親を縄で縛る。それを見て次はベルを魔法で持ち上げる。
『この子を見よ! わしの子孫ベルじゃ! 自らの命を懸け、パックと言う魔物の中に入りイフリ村の住人達を救ったのじゃ! この勇敢なわしの子孫を次の女王に継がしたいと思っておる! 皆の意見を聞きたい!』
「えっ…えっ!」
フワフワと強制的に浮かばされているベルに国民が目を向けている。
「新しい女王だ!」
「この国を変えてくれる新しい女王様!」
「ベル女王! この国に穏やかな平和を!」
「ベル女王! ベル女王!」
いきなり女王にされたベルは固まり何も出来ない。それをしてやったりと笑うティタ。確信犯だと苦笑するイサム達。だが、生まれ変わるには必要不可欠な新しい国の指導者を、国民は期待と感謝を込めて盛大な拍手で歓迎した。
そんな中イサムにロロルーシェから連絡が入る。
『イサム、テイルガーデンは無事に解決しそうか?』
「ああ、ティタのお蔭で無事に良い国に戻るだろうな」
『そうかそれは良かったな。それで、今私の家に客が来ているのだ。お前に用事があるらしいぞ』
「俺に客? 誰だ?」
『それはこちらに戻ってきてから確認してくれ。テイルガーデン城には転送魔法の装置があるはずだ、ティタが知っているからそれを使って戻ってきてくれ』
「分かった、じゃぁ直ぐに戻れるようにティタに聞こう」
『ああ、では後でな』
ロロルーシェからの念話が切れ、ティタに話をする。
「ティタ、ロロルーシェからで城の転送装置で俺に戻って来いと言ってきた」
「なら城へと向かおうか、どのみちベルをあそこに案内しないといけないからのぅ」
「うう…これはもう…逃げられないやつですね…」
「覚悟を決めるのです、それに大出世じゃないですか」
「メル様、それは出世じゃない気がします…」
メルのフォローにテテルが突っ込み入れる。そこにディアナがイサムに話しかける。
「イサム様! 私も一緒に連れて行ってください! 私はこの国には居られません!」
「どのみち俺所有のコアになってしまったしな…エリュオン達も良いな?」
「駄目って言っても連れて行くでしょ」
「そうですわ、妾の場所を取られなければ文句はないですわ」
フェアリーの国民達が怯えない様に小さくなってイサムの肩に乗っているタチュラにエリュオンが噛み付く。
「その肩が当たり前って何か腹が立つわ」
「そのデカチチじゃご主人様の肩が壊れてしまいますわ」
「何ですって! イサム! 大きな胸嫌い?」
「えっ! ここで言う事!?」
それに耳を傾けている、メルとテテルとディアナとリリルカに気付き足早に城へと向かうイサム。
「あ! 待ってよイサム! 大小どっちが良いのよ!」
「勘弁してくれ! 答えられる訳が無いだろ!」
「どっちなのよー!」
人混みをかき分ける事無く道が出来るので、城までは時間が掛かる事は無かった。イサム達はティタに案内され城内に入っていく。途中兵士達も話が伝わっていたのか止める事無く城へと入れた。
城の者達はティタニアの肖像画を見ている為、すれ違う度に膝を付いたり深々と頭を下げたりとその偉大さがイサムにもわかる。
「ティタって凄い人なんだな」
「ふふふ、そんな事あるがのぅ」
「儂の妻は偉大じゃろ?」
ティタに蹴られるオデロを見ながら、女性が強い種族と言うのを思い出した。そして城の地下に入ると、ディオナを知らなかった場所にたどり着く。
「こんな場所があったのですね」
「ここは、わしが来ぬと分からぬ構造でな。通常は普通の壁に見え通り過ぎてしまうのぅ」
奥にはルルルが居る場所に似た様な、黒い石碑に光る青い線が走る無機質な物がポツンと置いてあった。
「これで直接ロロ様の家の前に飛べるじゃろう」
「全員行けるのか?」
「そうじゃ、ここに残るものは場所を離れれば大丈夫じゃのぅ」
それを聞いて、ティタとオベロとベルは部屋の前に移動する。
「儂もしばらくここに残って手伝いをしたい。イサム、構わないか?」
「ああ、勿論だ!」
「じゃぁ魔素を流すね」
リリルカが石碑に魔素を流すと、青い線がより濃く光り周囲を包む。その瞬間イサム達は光に変わり消えるのだった。
「帰ったのぅ」
「そうじゃな…これから忙しくなるわい」
「私…これからどうなるのでしょう……」
「ふふふ、一緒に良い国をつくろうかのぅ」
ベルは不安と期待と逃げられない恐怖と国を変えたいと言う感情が込み上げて、むふーっと強い鼻息を出した。それを見たティタとオベロも微笑み、まるで我が子を見守る親の様に見えた。




