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H28/12/7 加筆修正
暖かく冷たい、懐かしくて寂しい、そんな感覚に包まれながら薄暗い空間をリリルカは彷徨っていた。フワフワと体が浮いている気がするが、空でもなく水の中でも無い。上を向いているのか下を向いているのかすら分からない、只々永遠と広がる空間に漂い続けていた。
「もしかしたら、ここがおばあちゃんが言ってた【魔素の海】なのかもしれない」
この世界に存在するもの全てが宿している【魔素】というものがある。神と呼ばれる存在が居るのならば、唯一この世界に干渉したのだろう魔素と呼ばれる代物は、生きとし生ける者のみならず鉱石や水、炎や風や雷等の自然現象、魔法等の事象に至るまで、この魔素と呼ばれる存在の影響を受けている。
「てことは…やっぱり死んじゃったんだ私…」
この世界には天国や地獄と呼ばれる場所は存在しない。リリルカが今漂っている魔素の海と呼ばれている場所が全ての始まりであり、全ての還る場所であると聞いている。
例えばこの世界の人間が死亡した場合、体内の魔素がまとまり魔素の海に還る。その後約1週間程かけて浄化されて魔素の海に溶け込んでいく。そしてそれに呼応するかの様に魔素の抜けた肉体は、空気中に光の塵となり消えていく。
「ああ…でも…あのまま体を放置してたら魔物にならないかな……闇の女の子…あの場所まで来るなんて初めて…怖かった…あっでも多分ノルが帰って来たらやられちゃうよね…なら魔物にならずにちゃんと世界に還る事が出来るかな」
そこで人が死亡した時には、家族や親類など肉体が魔素に戻るまでの間に、浄化される時に生まれる不純物が体内に戻らない様に、防御魔法が掛けられた場所や状態で安置されるそうだ。
もし不純物が魔素の抜けた体内に入り込むと、肉体は魔素に戻らずに魔物と化すらしいのだ。
「ふふっ…死んでしまったのに何だが凄く落ち着いてる…このまま消えていくのかぁ…」
リリルカはこの不思議な世界を漂いながら、まるで母親の胎内に居る時の様なとても安らかな気持ちに包まれたまま、終わりを受け入れ目を閉じるとそのまま意識を失った。
それから数分、数日、数年経ったのか分からない感覚の中で再び意識を取り戻す。するとこの薄暗い空間の先で何かが光っている様に見える。
「何だろうあれ? 暇だし、あそこまで泳いでみよう」
泳ぐと言う表現が正しいのかは分からないが、リリルカは【魔素の海】と呼ばれている場所に居るのだから泳げるかもしれないと、バタバタと手足を一生懸命動かす。ふと横を見ると鏡のようにもう一人のリリルカが居て、彼女も同じ事をして進んでいるようだ。
「ふふっ向こう側の私には負けないぞ!」
そんな事を考えながら必死に泳ぎ目の前が眩しいと感じる程に近づくと、体を覆う程の大きな光の奥に何かが見える。人の形をしている様な、そうで無い様な、目を細めつつも閉じる事無くその光に向かい、そして突き抜ける。
「おっ目が覚めたみたいだな…それで君に謝りたい事が……」
聞き慣れない男性の声がする。リリルカは、眩しくてまだ大きく開く事ができない目をゆっくりと開ける、見慣れた風景が少しずつ視界に入り、そこで魔素の海から戻って来た事に気付いた。ただ一つだけ違ったのは目の前に立つ全裸の男性。
「きぃゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」
「ぎゃぁぁぁ――――――!!!」
リリルカは素早く立ち上がり、咄嗟に今の自分が使える最高の魔法を解き放つ。突き出し広げた両手の前に大きな風の塊が凝縮されるように集まってくる、するとその掌から勢い良く噴き出す風に呼応する様に銀色の髪と茶色のローブが激しく揺れ始めた。
「いや、ちょっと待て! 別に怪しいものじゃ!」
悲鳴に驚いたイサムが後ろに後ずさりした瞬間、大量の火の粉が自身の後ろ側から舞い上がる。
「え…こっちも!? ちょちょっ、まって」
現れた火の粉が青年の周りを螺旋状に回り始め、勢いを止める事無く徐々に加速していく。そして凄まじい火柱が彼を中心にして立ち昇る。
「はぁ…はぁ…! 一体何なの今の…人? それとも…? あれ? 風の魔法を使ったつもりだったけど、火の魔法だったみたい…」
混乱して状況が未だに飲み込めないが、咄嗟に放った魔法は勢いを増しながら更に大きく範囲を広げていく。そこでふと気が付く、大きな火柱の中にさらに火柱がある事に。
(この魔法はいつも火柱が一本のはずなのに、思いっきりやりすぎて二本になったのかな?)
と、少しだけリリルカは疑問に感じる。だがそんな事はお構い無しと火柱の勢いは収まらず、上空まで昇るとある一定まで到達した途端に何かにぶつかった様に四方に広がり始めた。
『なに? この音!』
凄まじい轟音と振動に周囲が震える。何事かと振り向いてしまった闇の魔物エリュオン、その隙を見逃すはずも無く、両方の手に持つトナカイの角に似ているトンファーを左角で打ち上げたノルは、上昇したエリュオンの更に上へと飛び上がり右角で容赦なく少女へと打ち下ろした。
『がぁっ! ぐぅぅ!』
後悔する間も無く隙をつかれ思いっきり地面に叩きつけられたエリュオンは、その衝撃に起き上がる事がまだ出来ない。そこへ追い討ちをかける様に、ノルは握っている武器をそのまま地面へ突き刺しエリュオンを挟む様に動きを封じる。
『はっ…はなせぇぇぇぇ!』
「コレデ オワリデス」
ジタバタと小さな体を動かすが、どう足掻いても動く事が出来ない。そんな闇の魔物に止めを刺そうとした瞬間、不意にログハウスの扉が開き一人の女性が出てくる。
「はっはっは、リリルカ! 生き返らせてくれた恩人を燃やして殺したら目覚めが悪いだろうさ。ノルも少し待て、そいつに聞きたい事がある」
銀色の髪を腰までたらし、豊満な体躯のみならず整った顔立ち、古代魔法が掛けられた金属製の糸で精巧に縫いこまれた淡い紺色のローブに身を包み、誰もが振り返るような絶世の美女が現れる。
片手を前に出して、リリルカが放った火柱に向けて息を吹きかけると、近付くのも困難な程に熱量を帯びた火柱は空中に散開していく。そして不意に声をかけられたリリルカは、久々に聞いた懐かしい声がする方向に顔を向けその頬が綻ぶ。
「おばあちゃん!!」
「おばあちゃん!」
同時に同じ声がした。そして互いがその存在に気付き驚く。そして思う、私が目の前にいると。銀色の髪を肩まで綺麗に揃えたリリルカと、金色の髪をでかなり短く後ろを切り上げたリリルカが顔を合わせる。
「えっ!?」
「は!?」
「なんで私がもう一人いるの!?」
銀髪のリリルカが言葉をぶつける。
「それはこっちのセリフよ!」
金髪のリリルカがそれに答える。
その間に割り込みながら銀髪の女性が入ってくる。
「とりあえず、闇の魔物を処理しようか」
そう言うと、エリュオンを押さえつけているノルの元へと向かう。
「オカエリナサイマセ ロロサマ」
エリュオンを押さえつけて居なければ、最上級の丁寧なお辞儀も付いて来ただろう。ロロと呼ばれた女性は、右手の人差し指を軽く振る。すると地面より光の蔓が湧き出し、エリュオンの手足に絡みつく。
『はなせぇぇ魔法使いぃぃ』
必死に振り解こうとするが動く事は出来ない。
「さて、ここにはどうやって入り込んだんだ? 今回は随分と早いお出ましだが、お前達の王はまだ復活してないぞ」
『お前に答える事は何一つ無い!』
ロロの質問に、エリュオンは答える事は無い。それは分かっていたが、以前に消滅させた闇の魔物達はこれ程に知性を感じるような事は無かった。
「今回は随分と人としての形を保っているな…上ってきたのはお前だけか?」
『答える事は無いと言ったはずだ! 殺すなら殺せ!』
そう言い放つと、左手を開き直ぐに閉じる仕草を見せる。するとエリュオンの周囲に見えない何かにより一瞬で彼女は潰されてしまう、そしてその潰れた塊から血では無く黒い煙が勢いよく噴き出す。そして、ある程度広がった煙は急に動きを止め、今度は一気にその中心へと収束していく。
「おばあちゃんそれは?」
「二人ともついて来なさい」
その中から現れたのは、手のひらサイズのどす黒い水晶玉だった。そして全ての黒い煙を吸い込んだその玉は、重力を失ったかのように地面に落ちる。ロロは水晶を拾い上げると、先程まであった火柱の中心に向かい歩き出した。




