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一万年前にロロルーシェと同じ古代種と呼ばれる種族から派生した一つ、ミウ族は海の生物と人を掛け合わせた姿を持つ。彼らは、その本質を守る様に遥か昔から海で暮らし海で死ぬ種族だった。だが海を渡る者なら他種族の商船や旅客船だけでなく、同じミウ族の船ですら見境無く襲う海賊、約二千年前に陸に国を造り王になった【ヒュモン】と言うこの男は、ある存在の力を借りて多くの者を従え海に最早敵無しと言われる程の力を持っていた。
「ひょひょ! 船長ぉ! 今日も楽勝でしたね!」
数百人を乗船出来る大きな船が海の真ん中で何かにぶつかり座礁している。海から勢い良く飛び上がりその船の甲板に降り立ったのはタツノオトシゴに似た面のミウ族の男。口を尖らせながら周りを見渡せば明らかに客や船員では無い者達で溢れ、次々と船内へと続く出入口から荷物が運び出されている。それを見ながら口角を上げ、甲板に積み上げられている血まみれの宝箱を濡れた足で蹴り開ける、その中からは眩い財宝の数々が顔を出す。
「ああ゛? うるせぇなぁ! 楽勝ならもう少し綺麗に仕事が出来ねーのかよ。血が付きゃ錆びる物もあるって毎度言ってるだろうが!」
「えっ! 船長! 海に入れりゃぁ錆びるもんは錆びますぜ!」
濡れた両手で金貨を掴みながら腕を広げおどける男にヒュモンは溜息を一つつくと大声で怒鳴る。
「黙れ! そんなのは百も承知なんだよ! 俺が言いてぇのは、ただ殺しゃ良いってもんじゃねぇって事をテメェらに教えてぇんだよ! 手際良く綺麗に仕事した方がお宝もこいつらの売値も釣り上がるってなもんだろ?」
「ええ!? そうだったんですかい? さすがは船長! 色々考えてる!」
一際大きな宝箱に座りながらヒュモンと呼ばれたタコに似た男は、足を組み替えながら鼻息を深く吐くと踏ん反り返る。その周りには、外傷は左程無いのにも関わらず既に息の無い船の客や船員などが倒れているが、どの顔も苦しみもがいたかの様に惨たらしい死に方をしている。
「でも…船長こそ売り物を殺したら、リア族達にまた文句言われるんじゃないですか?」
「リア族ぅ? はっ! 良いんだよ! 水に潜る事すら出来ない奴らにはどーとでも言わせとけ! 第一こいつらが弱いからだろう? それに死んだ奴らも好んで食うじゃねぇかあいつ等は」
彼等は捕虜とした乗員や客達を陸に住むリア族に売る取引している。組み替える足の一本で、傍に倒れている船員の頭を踏みつける。まるで骨が無いかの様にウネウネと波を打つ足は五本、そして両腕と合わせて七本の手足を持つ彼から逃れる術は無く、狙われた者は全て足元に転がる。
「ひょひょっちげぇねぇ! こいつら弱いくせに俺らの海を勝手に渡りやがるから、こうやってわざわざ渡航賃を貰いに来てやってるを感謝して欲しいくらいでさぁ!」
様々な海の生き物の姿をした野蛮な者達はゲラゲラと笑いながら、その間も次々と野蛮な格好をした者達が船内から宝箱を運んでくる。
「さてと…ん? こいつはまだ息があるな…」
海賊達は船に横付けしている不可思議な陸に宝箱を積み上げている。すると、宝と死体の山を眺めていたヒュモンは、踏み付けていた未だに息のある船員の首に、不気味に動く五本足の一本動かすと軽く巻きつけそのまま持ち上げる。
「うう…た…たすけ…」
「効きの悪い奴がいると苛々するな…だがまぁ、どのみちこいつはもう助からねーな」
そう呟くと、巻きつけた足の先端から蒼い液体が滲み出し、瀕死の者の口へと一滴落とす。
「ぐっ! むぐぁっ! ぎぃぃぃぃ!」
「どのみちリア族に食われるんだ、俺の毒で死んだ方が楽だぜ? まぁ苦しんで死ぬのはどちらも同じだがな! がはは」
液体は容易く口の中へと入り、その瞬間ぐったりとしていた体が突如体を掻き毟りだす、そして暫く痙攣した後にピクリとも動かなくなった。それを見ていた手下達は無慈悲な笑みを浮かべ黙々と宝箱を船の外へと運び出している。そんな中、海賊達が制圧した船の中より騒がしさが戻り始める。
「船長ぉー! 船長ぉー!」
「何だ騒々しい!」
船内から飛び出してくるのはカサゴのような顔の男、必死な形相には見えないのは生まれつきらしいが、それでも必死に駆けだしては転がりを繰り返しながらヒュモンの前まで辿り着く。
「せっせっ船長! たたっ大変ですぜ! 獣人族が!」
「うるせぇなぁ! 獣が何だってんだ! そこら辺にも転がってるだろうが!」
ヒュモンの言う通り、周囲には獣人族や他の種族の者達も無数に倒れている。そんな中、カサゴのミウ族が駆け出してきた船内から、筋骨隆々の体格の良い虎に似た獣人が海賊達を次々と薙ぎ倒しながら現れる。
「あっアイツです! 船の倉庫に女子供が隠れてやがって、そいつらを守る様にアイツが仲間を襲いだしたんです!」
気だるそうに船内へと通じる扉の方へとヒュモンは目をやる、そして丸い目を細めながら顎を擦ると組んだ足を解きユラユラと動かす。
「獣のくせに随分と威勢が良いな…」
「お前がこの海賊達の船長か!」
血まみれの両手には既に息の無いミウ族の海賊達、それを徐に甲板へと投げる。じわりと死んだ海賊の血溜まりが広がり、辺りは濃い赤で染まる。
「俺達をこのまま逃がしてくれればこれ以上の殺生はしない!」
「そうかいそうかい、強そうな獣人さん。俺らも無駄な殺しはしたくない……そうだな…渡航賃としてお前の後ろに居る商品達を大人しく渡してくれれば、お前は殺さずに逃がしてやっても良いぞ」
「…!」
ゲラゲラと笑う海賊達、それを強く甲板を蹴り獣人は静かにさせる。
「やはり野蛮な種族か…! 倉庫に隠れやり過ごす事が出来るとは思わなかったが、仕方が無い。うぉぉぉぉぉ!」
全身に力を入れた獣人が大きく吠えると、ゆらゆらと動く縞模様の太い尻尾が三つ又に割れて三本になる。
「お? なんだぁ? 尾が増える芸で俺らを笑わすつもりか?」
「ぷっ! わっははははは! こいつ何がしてぇんだ? ぷぷっぎゃはははは!」
ヒュモンとその海賊の仲間達は突如三本に増えた獣人の尻尾を見て笑い始める。それを気にもせずに獣人の男は息を落ち着かせ数回軽く飛ぶと次の瞬間にヒュモンの正面に現れる。
「おっ! 早ぇな」
「終わりだ」
そう言う獣人の大きな拳は既にヒュモンの顔面を捉えその大きな拳は避ける事も出来ない程近くにあった。
ヌルリ
直撃すれば微塵も残らない程の衝撃がヒュモンの顔面を捉えたはずだった。が、その拳に這う様に長く伸びた顔は腕を巻きながらすり抜けて獣人の耳元で囁く。
「惜しかったな獣ぉ」
彼のヌメヌメとした体は全くダメージを受ける事無く拳をかわし、そして嘲笑うかの様に元々座っていた大きな宝箱の上へと戻る。
「くそっ! 妙な体の奴め! 次ぎは外さっな…い!?」
更に吠えた獣人だったがヒュモンはやれやれと言った表情で足を組む。
「尾が増えて何か変わるのかと思ったが、獣は獣だな。それと後ろを見ろよ、守る場所を離れちゃぁいけねぇよなぁ?」
「何!?」
振り返るの同時に彼は全身に痺れを感じ、目を見開いたまま体が動けなくなる。
「ぐっ! かっ体が…痺れて…動けない…!? 」
「兄さん!」
「お兄ちゃん!」
倒れる獣人の目の先には、一緒に隠れていたであろう獣人の女子供達が野蛮なミウ族に剣を突きつけられ、涙を流しガタガタと震えながら大人しく従っている。虎の獣人は動けなくなった体を強張らせて声を出す。
「やっやめろ! 渡航賃は俺が払う!」
「払う? 金も無く隠れてたんじゃねぇのかよ? それに俺らも男の獣人と遊ぶより、女子供と遊んでた方が気が休まるってなもんだ」
「ぎゃははは、そうだそうだ!」
「さてと、部下を殺した代金は高いぞ獣? そうだなぁ…お前の後ろに居る連れのガキの頭をお前の目の前で一匹ずつ握り潰してやろう。なぁに全員とは言わねぇ、商品が無くなっちまうからな」
「きっ貴様っ!!」
必死に動こうとする虎の獣人の顔は焦りと憎しみで剥き出しの牙が鈍く光るが体が痺れて全く動く事が出来ない。そして一人の海賊が子供の頭を掴むと男の前へ運ぼうと引っ張る。
「痛い! 痛い! やめて! 離して!」
その時、それを救おうと子供達の中から一人の少女が飛び出した。
「やめて!」
小柄だが男の獣人に似た豹柄の女性が、子供を守るように両手を広げる。彼女の尻尾も男の獣人同様に三つ又に分かれている。
「【カリナ】駄目だ!」
「貴方達! 血も涙も無いの!?」
「止せカリナ! お前の敵う相手では無い!」
「おいおい黙れよ獣ぉ!」
未だ動く事の出来ない男の頭を傍に居た海賊の一人が踏みつける。男はただ歯を食いしばり、そして子供を庇うカリナと呼ばれた女性も必死に海賊を睨む。
「お前の妹か、それにしても尾が多い獣なんて珍しいな」
そうポツリとヒュモンが口に出す、その後ろにいた一回り以上年老いた様に見える亀に似たミウ族がゆっくりと声を出す。
「おお、これは珍しいですぞ船長。彼奴らは【多尾族】と呼ばれる獣の希少種で御座います」
「多尾族ぅ? 聞いた事ねぇな」
「ワタクシも見るのは初めてで御座います、ですが聞く所によるとあの位の若さの時は三つ又でもう少し年を取ると五つ又、晩年になると七つ九つと増えるそうです。そして尾が増える度に魔素を蓄える上限が増えるとか」
少し興奮気味に亀のミウ族は更に話を続ける。
「そしてそしてその尾…これが極めて希少価値の高い物でして、大陸で行われている闇市で出品される商品の中で断トツの価格と人気があります。故に彼奴らは尾を隠し、普通の獣人に紛れて暮らしてるとか。魔導師のワタクシとしましては喉から甲羅が出る程欲しいと思っておりました」
「ほう? 俄かに信じがたいな…俺には只のゴミと代わらない様に見えるが?」
「では! ワタクシもそれを証明したいと思って下りました! まずはこの尾を一本斬り取ります」
「その汚い手を離せ!」
抵抗出来ない多尾族の男にゆっくりと傍に寄り、徐に取り出した短剣で尻尾を無造作に一本斬り取った。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「兄さん! 何て酷い事を! お願いやめて!」
「おお…これは! 凄い…! たったこの一本だけでワタクシの魔素を遥かに超える量を感じます」
「ふん、貸してみろ…成程…確かに魔法を使わない俺でも何か内包してるのは分かるが…なら試してみろよ。出てこい【ソドラ】!」
そのヒュモンの呼び声に呼応するかの如く現れたのは鯨に似たミウ族だった。大きく船を揺らす程の巨体が海から半分程顔を出す。
「おーよーびーでーすーかー? せーんちょー?」
通常の人よりも何十倍も大きいそのミウ族は、船を壊さない程度に掴み掛かるとヒュモンが居る場所に顔を近づける。
「おうソドラ、お前こいつが放つ魔法の的になれ」
「おーやーすーいーごーよーうー」
「まずはこの尾を持たない状態で撃ち込んでみろ、全力でな」
「宜しいのですか船長? ソドラが死ぬかも知れませぬぞ?」
それを聞いたヒュモンがヒラヒラと手に持つ尻尾を振り、大きく息を吐き出しながら笑う。
「ぶはは! 確かに俺の部下どもは優秀だが、ソドラが簡単に屠れる魔法使いが居た記憶は無いな。大した期待なんぞこれっぽっちも無いが、まぁ殺せたら俺の右腕にしてやるよ。ただ…この尾を触媒にした後に戯言だと分かったなら…お前頭にこれを生やしてやるから覚悟しとけよ」
「ははは…お任せ下さい。では…」
たらりと冷や汗を流しつつ亀のミウ族は詠唱に入る。
「水を操りし精霊よ…我が目の前の敵を穿て!」
両手を広げるとその間から湧き出る様に現れたのは水の精霊【ネレイド】である、小さな子供を模した姿のネレイドは亀と同じ様に両手を上げるとサッカーボール程の水球を作りソドラへと勢い良く射出する。
パーンと言う音が巨体へぶつかると水の固まりは四方へと飛び散る、喰らった当人は何事も無かったかのように水球が弾けた場所を軽く掻き鼻で笑う。
「まぁこんなもんだろ」
「申し訳ありません…確かに…ワタクシもより強く、誰よりも強くと鍛錬してこのザマで御座います…」
「だったらさっさとこれ使って証明しろよ、おいお前ら! 俺が何を造ろうとしてるのを分かってるだろ?」
『船長の国でさぁ!』
仲間達は声を揃え答える。それを踏ん反り返り尾を放り投げたヒュモンはゆっくりと言葉を投げる。
「弱い奴は要らねぇ、証明してみろ」
その言葉の意味を理解している亀のミウ族は、それを拾い上げると光悦な笑みを浮かべ先程と同様の魔法を詠唱し始める。それを仲間達が気にする事無く作業していたが、突然手が止まった。先程現れた小さな精霊とは思え無い程に優美舞いながら手を広げたのは何とも美しい女性だった。そしてその手に集まり始める水は渦を巻きながら掌に収まるほど圧縮され、躊躇無くソドラ目掛けて放たれる。
「ん? 何だ? 放った魔法はどうなった? ソドラにぶつかったのか?」
ヒュモンの疑問は至極当然である、ソドラの何処にも魔法が当たった様に見えなかった。そして喰らった当人もそのまま何事も無く正面を向いたまま立ち尽くしている。ただ魔法を放った亀のミウ族だけだ震える手を押さえるのに必死になっている。
「おい? 俺ぁ何だと聞いているんだ! 当たったのか当たらなかったのかどっちだ!?」
息を無理やり落ち着かせてその魔術師は答える。
「こっこれ程までに凄いとはおっ思いませんでした……ソドラ…本当にすまん事をしたな…」
その言葉で一斉にソドラの方を全員が見る、大きな巨体が船に掴まり動かない。そして数秒後、目や鼻や耳や口からゆっくりと血が流れ落ちると、その巨体が船の側面を滑り落ちるように倒れる。叩きつけられた巨体が水面にぶつかり大きく上がる水飛沫が甲板にも降り注ぐ。
「こっこれは…船長! ソドラの後ろ側が無くなってます!」
「ぎゃはははは! 言わなくても分かるわ! 久々に興奮した…良いじゃねぇか! 良いじゃねぇか!」
両手を叩き喜ぶヒュモンに対して、仲間達はあまりの凄さに言葉を失っている。ソドラの胸元に小さな穴が開いている、そして反対側には大きく削がれた様に背中と呼べる部分が全く無くなっていた。
「こりゃぁ良い物を手に入れたな、これで俺の国が出来上がるのもまた一つ近付いたな! ぎゃはははは! そう思うだろ獣ぉ? あぁ?」
ヒュモン達が亀のミウ族が放った魔法に目を奪われている間に、痺れて動けなくなっていた場所から多尾族の男の姿が見えなくなっていた。
「痺れが切れたか…大人しくしてれば良いものを…」
「おい! 獣の野郎何処行った!?」
「居なくなってる!? 探せ! この船からは逃げられない筈だ!」
海賊達は居なくなった男を必死に探し始めた、それをヒュモンがすぐさま怒鳴り制止させる。
「騒ぐんじゃねぇ! 逃げたんじゃないだろ? 頭を使えよおめぇら…」
「あっガキ共の所!」
一斉に海賊達の視線は倉庫に隠れていた子供達の方へ向く、そしてヒュモンの言うとおり子供達に剣を突きつけていた奴らが全員倒された所だった。
「さてさて、勇敢な獣さんよぉ…この大海原のど真ん中でどうするんだい?」
ヒュモンの問い掛けに耳など貸す事も無く、虎の獣人は自身を兄と呼んだ少女に話しかける。
「カリナお前だけでも逃げるんだ、俺の残りの尾に溜めた魔力をお前にやる。お前が蓄えた魔力全てを合わせれば空を駆け大陸まで辿り着ける位は出来る筈だ!」
「そんな! 無理です兄さん! この子達を見捨てて私だけ逃げるなんて!」
「このままだと死ぬか売られて奴隷になるかだ! 俺らの目的を忘れたのか? 賢者様の力になる為に島を離れたんだぞ! この状況で逃げられるのはお前だけだ!」
「だったら兄さんが逃げて! 一人で逃げるなんて私には出来ないよ!」
「押し問答をしている時間は無いんだ! あいつは俺でも勝てない、何か特殊な能力を得ているはず…」
必死に妹のカリナを逃がそうと虎の獣人は説得するが、彼女はこの船で一緒になった子供達を見捨てる事が出来ないと言いながら傍を離れようとしない。それを嘲笑うかのように離れた場所から声が聞こえる。
「別れは済んだか獣ぉ?」
ゲラゲラと笑う海賊達がある一定の距離を保ち、虎の獣人と子供達を取り囲んでいる。
「ふん! 別れなど必要ない! お前ら全員倒すまでだ! どうした掛かって来い!」
子供らを背にして全身の毛を逆立て威嚇する虎の獣人だが、海賊達は近付く事も武器を構える事すらしない。
「何故掛かって来ない! 怖気付いたか!」
「がはは、もう戦いは始まってるんだぜぇ? そしてもう終わるがな」
「何だと……ぐっ!」
突如何かが後ろからしがみ付いた、振り返ると妹のカリナが後ろに居た。そしてそれが切っ掛けだと言わんばかりに子供達がしがみつき始めた。
「何をしているカリナ! それにお前達まで!」
その声に答える者は一人も居らず、ただ必死にしがみ付いている。困惑する虎の獣人を笑いながらヒュモンが近付いてくる。
「種明かしをしようか獣ぉ」
「貴様ぁ!」
「おっと、お前がこいつらを引き剥がせばどうなるか分かるよなぁ? 小さな腕だからと思うなよ、千切れてもガキ共は離す事は無いぞ」
言われなくても解るほど子供達の腕は力を入れすぎているのか酷くうっ血している。無理やり解こうとしても、してなくてもいずれは千切れてしまうのではないかと思うほどだった。
「外道がっ!」
「がはは、俺の能力は【毒】を操り作る事が出来る、そして毒は薬にもなるだろぅ?」
「毒だと…! そうか! あの痺れはっ!」
「そうだ…俺に触れれば痺れる様に細工しといたんだよ。まさに痺れ毒って奴だ、それとお前の周り…ガキ達の周りを良く見てみろよ」
身動きの取れない虎の獣人は、言われるままに周りを見渡す。すると赤ん坊の拳程だろうか、小さなのっぺらとした丸い塊に小さな足の様なものが複数生えた奇妙な者達が蠢いていた。
「何だこいつらは!」
「がははっ! そいつらは俺の能力で作り出した言わば分身だな、愛嬌があるだろぅ?」
「何が愛嬌だ! 子供らの操って…弱い者の命を奪う事に何も感じないのか!」
しがみ付く力は徐々に強さを増していく。だがもがけば子供達を傷つける、何も出来ないままヒュモンに剥き出しの牙で吠える。
「弱い者の命ぃ? テメェが言うんじゃねぇよ獣! お前のその牙! 鋭い爪! それは弱い者を殺しテメェ自身の腹を満たす為だろうが! 弱肉強食、それがこの世界の理。それは陸だろうが海だろうが変わらねぇ!」
ヒュモンの言葉に言い返すことが出来ない。
「そろそろおしゃべりは終わりにしようや、お別れだな獣、有意義にその尻尾は使ってやるから安心しろ」
「ぐっ! 許さんぞ…このう…ら…み…」
突然意識を奪われた様に虎の獣人は倒れた、勿論しがみ付いていた子供達も同時に意識を失う。ただ一人を除いて。
「こいつはぁ驚いたな、俺の催眠毒を解きやがった」
立っていたのは虎の獣人の妹、カリナと呼ばれた獣人の少女だった。しがみついていた事でその腕は青くうっ血しており、だらりと下がったまま動かす事が出来ない様だ。だがその鋭い目は真っ直ぐとヒュモンを睨みつける。
「可哀想な人…貴方を心から愛する人は居ないわ…力で全てを…手に入れる…事は出来ない……」
そう言い終えたカリナはそのまま兄の上に倒れ気を失う。傍に寄り彼女を掴み上げたヒュモンはそのまま方に担いだ。
「いらねぇよ愛なんてもんは…」
ポツリと一言吐き捨てたヒュモンに亀のミウ族が近寄ってくる。
「船長、その女の尾も斬りますか?」
「いや、こいつは俺が貰おう。中々どうした、良い女じゃねぇか…」
「そうですか…。それで船と宝の運搬を如何しますか? 肝心のソドラを殺してしまったので…」
「そうだったな、誰か【メリュブ】を呼べ! 代わりに運ばせろ!」
しばらく経ち停泊している船が大きく揺れ何かが海面から現れる。ヒュモンが呼びつけたのはソドラと同じほどの巨体をもつイカのミウ族だった、見た目は他のミウ族と違いほぼイカの姿をしているが、触腕と呼ばれる長い腕の先には人の掌と同じ形をしている。
「お呼びかしらヒュモン船長?」
「おう早かったな、船とその荷物を運べ」
「あら? ソドラはどうしたのですか? あれが居れば事足りると思いますが?」
「聞いてないのか? アイツはあそこで死んでるよ」
顎でソドラが浮かんでいる方向を示す、それを見るなり波をかき分けソドラの元へ駆け寄るメリュブ。優しく抱きかかえると大粒の涙を溢す。
「うぉぉぉぉぉん! 誰がこんな事を! 殺してやるぅぅぅぅ!」
それを見たヒュモンがいやらしく笑い指差す。
「こいつの実験に付き合わされたのさ」
「なっ! お待ち下さい船長! あれは船長がっ! お助け下さい船長! 船長ぉぉぉぉ!」
「おまえがぁぁぁぁぁ!」
「ワタクシを右腕にしてやるとっ! やめっぎひぃぃぃぃぃぃ!」
長い触腕に逃れる術などない、簡単に巻きつかれた亀のミウ族は容易く甲羅ごと押し潰されてみるも無残な姿へと変わる。
「右腕ぇ? 弱え奴がなれるかよ」
「うえぇぇぇぇん! ソドラぁぁぁ!」
「黙れメリュブ! さっさと運べ!」
「ぐすっ…はぁい……」
体が大きい二人はとても仲が良かった、だがヒュモンにとっては興味も何も無い。部下達もだまって黙々と荷物を運び出し始めた。
「おーしお前ら! 俺達の陸の故郷、バレンルーガに戻るぞ!」
高らかに笑いながらヒュモンは部下達に指示を出し帰路についた。