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蘇生勇者と悠久の魔法使い  作者: 杏子餡
呪われた多尾族と嘆きのセイレン
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 バレンルーガは水の国と呼ばれている。壮大な海と、それを見下ろす山々から流れ込んでくる綺麗な河が重なり合う場所に建てられた街々と、その中央に聳える水の精霊が創り上げた魔法の城のその美しさを一目見ようと足を運ぶ人が絶えない。そして、リア族が闊歩する大地を命がけで渡る冒険者や商人等が全体の約一割、残りの九割は大陸を迂回しながら遥々海を渡り訪れている。

 だがこの一年、水の国を訪れる者は一人も居ない。何故なら、原因不明の事故により船は全て沈み、陸に到っては訪れた痕跡すら残らない。それが今のバレンルーガ、訪れたら最後二度と故郷の地を踏む事は無い死の国と化している。


 そしてそんな危険な場所だと知らずに足を踏み入れたイサム達は、意気揚々と入り口から突入したものの思わぬ敵に遭遇し、入り口に引き返して立ち往生していた。


「…で、どうする? あのサイズは初めてだよな? あれ…勿論倒せる…のか?」

「そんなの分からないわよ! 私の攻撃見てたでしょ、倒すどころか増えたじゃない!」


 イサムに詰め寄るエリュオンの袖を、ヤレヤレと言う感じでネルタクは引っ張って落ち着かせている。


「まったく! 落ち着きなよエリュオン! それでイサムさん、蘇生魔法は本当に効果無かったんですか?」


 国の中心にそびえたつ大きな水の城の少し上から、薄紫色の膜がドーム状にバレンルーガ全体を覆っており、その膜の効果は、コアと同様に死者を魔素の海へと還す事を止める効果があるようだった。それは城の上空から外壁にかけて広がり、そして山の様に積み上げている人の死体を、永久に逃さないと思える程に包み込んでいる。勿論その人の山は、この国で暮らす者達や訪れた人々で間違いないだろう。ただ明らかに普通の死体と違うのは、人々を捕食し巨大化した【スライム】の体の中である事ぐらいだろう。


「ああ…なんと言うか、蘇生魔法が吸い込まれて消えていく感じと言ったらいいか…この膜の中だと魔法が上手く使えないみたいだな。ちょっと待っててくれ」


 そう言うとイサムは躊躇無く紫の膜の中へと入り、何やら両手を動かして操作する。しかし何も起こる事は無く、膜の中に入ってきたイサムに気が付いたスライム達がのっそりと向きを変えてこちらへ向い始める。それに気が付いたイサムはすぐさま膜の外へと出る。


「な? 今エリュオンに念話してその後に【呼び出す】をしてみたんだが発動しなかった。どうやらこの紫色の膜の中は魔法が使えないって考えた方が良さそうだな」

「なるほど、だからエリュオンが斬ったのに燃焼の魔法が発動せずにただ二つに分かれたんですね」

 

 イサムは直接スライムに触れて蘇生魔法を掛けた、だが効果は現れず、ただスライムの中へと消えていった様に感じた。そして魔法効果無い事を確認したエリュオンが、勢い良く斬りかかるが大剣の効果による燃焼も、それで蒸発して消えるような事も無く、スライムはただ二体に分かれただけだった。


「んもう! 魔法が効かないならどうするのよ、あいつら炎の攻撃に弱いんじゃなかった!?」

「確かに炎を使うのが一番だとは思うけど…」

「そうですね…通常はそう言われています、捕食されている方々ごと蒸発させるしか無いはずなのですが…あの姿…うぷっ」

「大丈夫かディアナ?」


 ディアナが傍に来たその本体を見た瞬間に屈み、自分の口を押さえる。だがそれも無理は無いだろう。多くの人を飲み込んだスライム達は、ディアナが知る本の知識を遥かに上回る醜悪な姿形をしていた。紫の膜が移動区域である為に、まるで壁を登る様に一定まで上がると下に落ちて来る。それを横目で見ながらエリュオンは、自らの剣を地面に突き刺して斬れない相手に地団駄を踏み、そしてそれを見ながらネルタクがやれやれと落ち着かせている。


「あのスライム達って、一匹一匹が相当な数の人を取り込んでると思うんだ。もしかしたら、この膜だけが原因じゃなくて耐性持ちを吸収して火に強いのかもしれないし…ほら、ここはミウ族の国なんだから水系に特化してる奴等も沢山居るはずだよ」

「それは分かるけど…じゃぁどうやって突破するのよ。このままここに居ても埒が明かないわよ」

「そうだな…それなら俺が…」

「妾が囮になりますわ」


 ディオナの背中をさすりながら、イサムは自身が囮になり隙を作ると言い出したが、そこに声を挟んできたのは肩に乗っていたタチュラだった。膜の中で蜘蛛の姿に戻った彼女だったが、現在はまた人の姿へと変え、乗って居た肩からヒラリと飛び降りイサム達と変わらない大きさへと姿を戻る。飛び降りた勢いで舞う白い綺麗な髪をゆっくりとなびかせながら、タチュラはイサムに向かって跪く。


「どういう風の吹き回し? それとも何か良い案が浮かんだの?」


 地面に刺したフレイムタンを抜き肩に担ぐと、見下ろす様にタチュラに問いかける。一瞬細く長い眉が少しだけ動き、エリュオンへと向きなおして立ち上がる。そして両手を軽くあげ、少しだけ溜息をつきながら小さく首を横に振った。


「はぁ…ご主人様が囮になるなんて耐えられませんわ。それと、ただ馬鹿みたいに斬るだけの貴方じゃ、あのスライム達を倒せるとは到底思え無いですわね」

「はぁ!? 何ですって! もういっぺん言ってみなさい! あいつ等よりも先に燃えカスにしてあげるわ!」


 担いだフレイムタンをそのままタチュラの首へと振り下ろし、ギリギリで止めた。勿論タチュラも斬られるとは思っていない為、身動き一つしないでエリュオンを見つめ返している。


「おいおい」

「貴方と遊んでいる暇は無いですわ、このままここに居ても日が暮れるだけですし、ご主人様は先を急いでいると言う事をお忘れですか?」

「ぐっ…」


 止めに入るイサムをよそに、言い返せず言葉に詰まるエリュオンはゆっくりと剣を下ろす。


「今回はタチュラが正しい、喧嘩してる暇は無いからな。それでどうやってスライム達を引きつけるんだ?」

「それですが、先に妾の糸で複数の分身を作り突入します。そのまま外周を回るようにスライム達を誘き寄せますので、ご主人様はスライムと戦わずに城へと向えるかと思いますわ」

「分身って魔法じゃないのか? それにスライムを触った瞬間に思ったんだが、あいつら液体みたいに全然掴めなかったぞ、お前の糸って水が駄目なんだろ? 攻撃が通用しないのに本当に大丈夫なのか?」


 バレンルーガに向う途中の河の上で、タチュラは水の中では糸を操れないと見せてくれた。他に有効な攻撃手段ない場合は逃げ回るしか出来ない。


「問題ありません、分身は魔法では無く妾の特技(スキル)ですわ。それともし取り込まれそうになったらご主人様の場所まで飛びます」

「いやさっき試したが、呼び寄せるのが無理なら飛ぶのも無理じゃないか?」

「それは分かりませんが、それならそれで何とかなると思いますわ」

「本当に大丈夫なのか…?」


 タチュラはそこまで深く考えている訳ではなく、ただイサムが囮になるのを防ぎたかっただけの様に見えた。だが勿論それだけではなく、しっかりと結果は出すと言いそうな顔でイサムを見ているので、無下に駄目だとは言えずに言葉に詰まる。そこにディアナがスライム情報を補足する。


「ちなみに、もしスライムに取り込まれたら、全身の穴と言う穴から入り込まれ、体内からジワジワと溶かされるようです。あのスライムに取り込まれたミウ族の方々を見て気が付きました、彼らは水の中でも息が出来る為…窒息する事無く…生きたまま体内からゆっくりと溶かされたようです…あの顔はそんな…うぷっ!」


 だったら言わなければ良いのにと思いながら、イサムはディアナの背中を擦り介抱する。それにそんな話を聞いた所でタチュラやエリュオンが怖がる事は無く、寧ろその捕まると死ぬと言う命の駆け引きに目を輝かせているようだ。


「大丈夫かディアナ? お前らなぁ…もう少し怖がれよ」

「どうしてよ? 取り込まれなきゃ良いでしょ、それにあいつ等全然遅いし、掴まる気が一切しないわね」


 その言葉にタチュラが頷く。


「それに関しては同感ですわ、スライム達と早く戯れたいと思っております」

「…はぁ…そうか…わかった。だけど無理するなよタチュラ」


 これ以上は話を続けても同じだと気が付いたイサムは、囮を買って出たタチュラに許可をだす。それを聞き、嬉しそうに頭を下げた彼女に対して羨ましそうにエリュオンが見ている。


「ねぇイサム、私もちょっと考えがあるんだけど」

「駄目だ、逃げながら試しに敵を斬るつもりだろ?」

「ぐっ! そっそんな事しないわよ!」


 口を尖らして白々しい態度を取るエリュオンだが、指を上空へと向ける。


「そうじゃなくて、中に入った時にちらっとだけ見えたんだけど、城の上空の膜ギリギリに何か居た様な気がするのよね。もしかしたらそれを倒したら膜が消えるんじゃない?」

「そうなのか? てか城までかなり距離があるのに本当に見えたのか?」

「何よ! 疑ってるの!? ネルタクあんたも見えたでしょ?」

「え? 気が付かなかったけど…でも中心があそこだから何かあるかも知れない」


 ネルタクはそう言うが、この世界の視力をイサムが疑う事は出来ない。そこで作戦を考え直す為に、突入前に体の中へ戻したユキを呼び出す。


『お呼びでしょうか主様?』

「ああ、ユキはこの膜の中に入れないってのは間違いないんだよな?」


 突入する際に、まるで弾かれるように中には入れなかったユキは渋々イサムの体へと戻った。


『その通りです。触れた時に少しだけですが妹の魔素を感じました…この膜で国を覆った時に多少ですが力を貸したのでしょう。膜を張った者を倒せば恐らくは消える代物だと思います』

「なるほど、それじゃぁユキはエリュオンと膜の外側から城真上にいた何かを倒す加勢に回ってくれ、俺ら三人はタチュラがスライムを引き離してる間に城へと向う。それで問題無いか?」


 イサムは仲間達を見回して作戦の確認をする。


「いいわ、ユキは真上まで行ったらそこに居る奴を引っ張り出すから待機して」

『良いでしょう、どのみち中へは入れないので任せます』

「僕も問題無いよ」

「わっ私も大丈夫です!」

「では、妾が突入したのを合図に始めましょうか」


 互いが互いを見合わせて頷く。そして各自が武器を確認した後に、タチュラが袖を振るい小さな白い蜘蛛達を呼び出すと一斉に膜の中へと突入し始める。それと同時にエリュオンも膜の外側を駆け上がっていき、ユキがそれに追従する。


「よし! スライムが反応してタチュラと子タチュラに向ったな、俺らも行くぞ!」

「イサムさん、上を見ないでくださいね」

「イサム様、早く行きましょう!」


 突然訳の分からない事を言うネルタクの言葉に反応して、イサムは上を見てしまう。駆け上がるエリュオンのスカートから見える下着に気が付き急いで下を向く。


「イサムさん! だから見ちゃ駄目って言ったんです!」

「駄目と言われたらつい反応するだろう!」

「私も男の人は良く知りませんが、やはり見たいものなのですかね」

「さっさと行くぞ!」


 これ以上言われない様にイサムは紫の膜へと飛び込み、その後にネルタクとディアナが続く。タチュラのお蔭でスライム達は見渡す範囲には居らず、イサム達はそのまま城へと駆け出した。


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