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蘇生勇者と悠久の魔法使い  作者: 杏子餡
呪われた多尾族と嘆きのセイレン
116/125

番外編 レイモンドの陰と新たなる陰謀

 多くの人達が行き交う巨大な駅に、今日もルサ鉄道が運営する魔導列車が到着する。タダルカス王国は、皇太子の無謀で残酷な悪制により治安悪化の一途を辿る。隣国とも一食触発の状態で、何時争いが起こるか分からない程に緊迫していたが、ある一人の青年により一夜にしてこの腐敗した国は変わる。そしてそんな国に、一人の女性が訪れた。


「四千年ぶりに帰るなんて…ふふ…町の面影を探す方が難しいですね…」


 駅を吹き抜ける風に揺れる髪を押さえながら、メイド服をまとった水色の髪の綺麗な女性が列車からゆっくりと降りて来る。レイモンド王国が闇に襲われ崩壊してから四千年過ぎた。その直後にタダルカス王国が建国され、それを聞いたノルとメルは当時複雑な気持ちだったが、新たな命と新たな場所を得た彼女らにとって関係のない事だと思いつつ、いつか足を運びたいという気持ちを心の隅に置いたまま、訪ねる事無く今に至っている。


「ようこそタダルカス王国へ!」


 駅の出入口で元気良く挨拶をする兵士達が入国手続きを行っているのを確認して入国者の列に並ぶ。


「あ! ご無沙汰致しております! どうぞお通り下さい!」


 列に並び暫くすると兵士達はノルの顔を見るなり敬礼をし、即座に道を開ける。満面の笑顔でノルを見る三人の兵士を引き気味で通り過ぎて駅の外へと出る。


「誰かと勘違いしているみたいね…まぁ予想はつくけど、仕方ないわ…城に急ぎましょう」


 一人呟きながら城へと足を向わせる。最近起こった騒ぎにより、国外に出ていた人々が徐々に戻りだし国全体が活気を取り戻しつつあった。だがそれは表向きで、未だに治安の悪い場所も多く、少し路地裏に目をやれば、開放されたが行き場の無い元奴隷や、陰に生きる者達などが妬ましくこちらを眺めている。


「…」


 この国に奴隷として捕らえられ、皇太子に殺された獣人族は全員ロロの大迷宮三十階にある獣人の国へ移り住む事が出来た。だが皇太子の私利私欲による奴隷制度に便乗し、他種族の奴隷も少なからずこの国で売り買いされていた為に、それを知った王直属の兵士達が先頭に立って国中の奴隷達を解放した。

しかし奴隷解放の最中、王国の再建に反対する者達の一部が暴徒化し、それを鎮圧する為に兵士達は駆り出され、解放された奴隷達を保護する事が出来ずその結果、住む場所も働く場所も無いまま今だに救済される事の無い状態が続いていた。


「混乱している国なんて今までも沢山見てきた…この国に限った事じゃ無い…」


悪政の元凶だった皇太子に賛同していた貴族達は全て国外追放され、皇太子も罪を償う為に自身が手に掛けた町や村などの、謝罪と復興を行う旅に出たらしい。


「…私にはもう関係の無い事…これはタダルカスの問題よ…もう帰る場所が違うのだから…」


 眺める目を合わせる事無く自分自身に言い聞かせる。メルからこの国に何が起こり、どう治まったかを聞いた。もしこの場所にあの人が居れば躊躇わずに手を差し伸べようとするだろう。だが闇の王が蘇りもし倒す事が出来ずに我々が死んでしまえば、差し伸べた手も無意味となる。だから今は必死に堪え我慢する。本当は力になってあげたい、そう思いながらも足早にその場所から通り過ぎようとした。


「あの! すみません! お待ち下さい!」

「ん?」

「ああっ! やはり貴方様でした! お逢いしたかった!」


 突如一人の女性がノルの目の前に駆けて来る。もちろんこの国に知り合いは居ない、その顔を見て記憶を探っても目の前に立って居るのは始めて会う女性だ。となると考えられるのはメルだろうか、あの子が訪れた時に知り合いになった、もしくは知り合いを演じ金銭などを要求する輩のどちらかだろうと即座に考える、だがその顔を見て勝手な判断してしまったと直ぐに反省する。


「いえ私は…」


 本当に困っているという事には気が付いたが、人違いだと断ろうと思ったその時、ノルは近づいてきた女性の涙に只ならぬ何かを感じる。


「申し訳御座いません! 二度もお二人に助けて頂いた大切な命なのに…守る事が出来ませんでした!」

「え?」


 人通りの多い場所で女性はしゃがみ込み、周りも気にせず泣き出してしまう。その様子を歩く者達は何事かと歩きつつも視線を向ける。


「取り合えず落ち着いて下さい。ここでは通行の妨げになりますので移動しましょう」

「ううう…はい…」


 ノルはそう女性に伝えると、腕を優しく引き上げて街路の端へと移動する。それでも泣き止む事の無い女性に白いハンカチを取り出すと涙を拭う。


「誤解されていると思いますのでお伝えしますが、私は貴方の知ってる人物ではありません。おそらく私の双子の妹と勘違いされているようです」

「え! うそ…そんな! ではあの方は! あの賢者様とはご一緒ではないのですか!?」

「はい、申し訳ありませんが今回は私一人です。それでも宜しければ事情をお聞きしても?」


 女性はゆっくりと頷く、確かに余りにも他人行儀な感じがするのは別人だからだろうとノルの顔を見る。そしてノルも彼女を見て思う、見た目は少し上だろうか、顔はやつれ身なりは汚れ、この国で起こった事変により哀しくも生まれた多くの被害者の内の一人だろうと。


「うう…私は以前に子供を皇太子の馬車に轢かれ、それを助ける為に兵士に殺されました。ですが偶然居合わせた賢者様と貴方様の妹様に救われ、その夜に家に来た兵士達にまた殺されました」

「その話は確か…馬車に轢かれた母子を救ったが、妹を狙う皇太子に目を付けられて、無い罪を着せられたら時にまた殺された家族が居たと聞きました。ですが、その後また生き返った筈ですが…」

「やはりあの兵士達は皇太子の差し金だったのですね…確かにその通りです…そこで私達はまた命を失いました…そして、会うことなく三度も賢者様に助けられた…」


 涙を拭いながらも必死で話す女性に、ノルは空いた手を握りしめ落ち着かせる。


「それで命を守る事が出来なかったと言うのはどういう事でしょうか? 私が見た限り貴方はまだ命がある様に見えますが」

「…はい…私は生きています…私だけは…」


 止まる事の無い涙はハンカチの許容を超えて染み出している。


「貴方のご家族に何かあったのですか?」

「…はい…主人は殺されました…子供は連れて行かれました…」

「…なるほど…それで、その相手を知っていますか?」

「はい…知っています…あなた方を探して来いと言われました…でなければ子供は奴隷市場に売ると脅されて…道行く多くの方々に尋ねましたが、私達が生き返ったあの日に駅から何処かへ向ったと耳にして、諦めながらもどうして良いのか分からずにいました…」


 ノルの記憶では、皇太子を倒し王を生き返らせた後に奴隷だった獣人達を引き連れて迷宮の三十階へ連れて行った事を覚えている。


「出会える筈が無いと諦めていました…でも、また戻ってくる事を信じるしかなかった…本当逢えるなんて…うう…」

「それで探して来いと言われたのと貴方の旦那さんが殺されたのはどれ位前ですか?」

「どちらも一週間程前です…」

「そうですか…旦那さんは殺されたと言っていましたが、そろそろ海へと還る頃…ギリギリですね…その場所に案内してください。間に合えば良いですが、お子様を助けると同時に旦那さんの死体を見つけたら回収します」

「え!?」


 女性の反応は当然だろう、だがノルはそんな事お構い無しという目をしている。そしてその瞳に嘘が無い事に気が付いた女性はゆっくりと頷く。


「殺された場所に夫の死体があるか分かりません…ですが私の子供もその場所に居ると思います…ですが、ほっ本当に、いっ良いのですか? 私の話を信用して良いのですか!?」


 本当は行かせたくないと言わんばかりに女性はノルに尋ねる。しかし問題無いとノルは頷き女性の頭を優しく撫でる。


「大丈夫ですよ、私は見た目以上に凄く強いんです。それにあの人がこの場所に居ても、貴方を信用して助けに行こうと言うでしょう」

「ああっ! 本当にありがとうございます! あなたに出逢えて本当に良かった!」

「ふふ…それは子供と旦那さんを助けてからにしましょう」


 大粒の涙を流しながらも女性はすぐさま移動を始める、ノルはその後をしっかりと付いて行く。だがその心の内は怒りに満ちていた。

 路地に入り女性は奥へ奥へと進んでいく、すれ違う人の殆どがまともな生活が出来ていないであろう様子が伺える。ノルの今回の目的は、タダルカス王へ闇の王が復活するとの報告とその支援依頼である。だがこの国の現状を目の当たりにして心が揺らいでいた。


「この国の兵を今借りるのはあまり得策とは思えないですね…恐らくロロ様もこの国の現状の全てを把握されてはいない筈…たとえ闇の王を倒した所で国がこの有様では、復興に時間がかかりますね…」


 女性の後ろを追いながら一人呟くノル、大陸の人々を救う為に闇の王を倒す。だがその後、人手不足により復興が出来ないとなれば本末転倒である。

 そんな事を考えていると女性の歩く速度が徐々に落ちてくる、それはその場所が近くなってきているからだろう。そしてノルも路地に建ち並ぶ民家の上や窓からの怪しい視線に気が付いていた。


「こ…この場所です…!」

 

 案内されたのは他の民家と左程変わらないレンガを積み重ねた古びた家だった。


「家の外に居て下さいとは言えないですね…一緒に来てください。貴方は私が護ります」

「はっはい…!」

「緊張してますね。では、突入前に気合を入れましょうか………」


 ノルは何かを呟きながら両手を上に伸ばして手を一つ叩き何事も無く扉に手を掛ける、しかし鍵が掛かっていた様で扉が開く事は無い。


「……あ! すみません! 合言葉があります!」

「ああ、なるほど…いえ、その必要はありません」


 ノルの意味不明の行動を眺めていた女性だったが、合言葉を思い出しノルに伝えようとする。それを断りつつ触れたドアノブを離す事無くそのまま引くと、鈍い木の割れる音と共にドアノブは引き抜かれて扉がゆっくりと開いた。それを確認すると躊躇無くノルは扉の中へと入って行く。


「おいおい! 誰だお前! あ”? 扉が壊れてるじゃねーか! お前が壊したのか? いや…なわけねーな」

「おいどうした? ん? おお、やっと来たか。期待なんかしてちゃいなかったが、本当に連れて来るとはな!」


 扉に入ってすぐ目の前に立っていた男が壊れた扉に驚いていたが、その奥から現れた男の言葉を聞き直ぐに表情を変える。


「ああ…この女が例の…」

「へへへ…やはり上玉だな…連れの男はいないのか?」

「そっそんな事よりも子供は無事なんですか! お約束通りお連れしました! 子供をかえして下さい!」


 その言葉を無視するノルの後ろから震えながらも声を上げる女性に対して男達はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。


「まぁ待て待て。お前の子供は無事に帰せるかどうかは、まずはその女をゆっくりと味見してからだな」

「ははっ! そうだな! お前はこの女を連れてくる取引に応じたんだ、その取引を成立させるには本当に本人か調べないと子供は帰せないな」

「なっ何故ですか! 連れて来るだけだったはずです!」


 女性はノルの前に出て庇う様に両手を広げる、子供の為とは言え命の恩人にそんな事させないと恐怖に怯え唇を噛み締めながらも男達を睨みつける。


「あらら、じゃぁ子供はどうなっても良いんだな?」

「まぁ待てよ。そんなに粋がっているが、お前の旦那がどうなったか見てなかったのか? こうなっただろ!」


 男は言葉と同時に剣を抜き、女性に振り下ろす。だがそれを覚悟していたのだろう、目を瞑ったまま動く事はなかった。それをさも卑猥な笑みを作りながら手加減無く切先は女性の頭部に向う。


「なっ何だお前……!」


 その言葉に女性は薄っすらと目を開けた、男が握っている剣が彼女に触れる事無く目の前で止まっている。怯えながらも視線だけそのまま上げていくと、その鋭い剣先を二つの指だけで掴んでいる白い綺麗な手が後ろから伸びている。


「はぁ…何処の国にも貴方のような者達は居るのでしょうね…それでも助けを求めて来たこの方を私は助けたいと思います。その力が今はあるのですから…」

「くっ! ふざけやがって! おいお前ら出て来い!」


 男が声を張り上げると奥の部屋から次々と別の男達が現れる。そしてノルを見るなり歪な笑みを浮かべた顔に変わり、歓喜の声を上げる者も居た。


「はは! こりゃぁ良い女だな! で、どうするんだ? 商品にするよりも俺らの道具にしたいぜ!」

「そりゃいい考えだな! じゃぁ始めに押し倒した奴が一番って事でどうだ?」

「がははは! それで行こう!」


 狭い部屋に現れた男は十名程、だが開放された奥の扉の先には更に人が居るのが分かる。そしてその部屋に微かに見えているのは無残に床に転がる裸の女性達だった。小さく舌打ちをしながら下衆な男達の声に嫌悪するノルは、表情を崩す事は無く真っ直ぐと男達を見ている。


「貴方は座って目を瞑ってて下さい、私が良いと言うまで絶対に目を開けても動いても駄目ですよ」

「はっはい!」


 怯える女性をそのまま座らせ目を閉じさせる。


「さて、残念ですが私の身を捧げる人は決まっております。それと、長い戦いの中で魔物以外に本気を出すのは今回が始めてかも知れません」


 剣を握った指先に更に力が入り、その柄を握ったままの大柄の男を剣ごと持ち上げる。


「なっ何だ! かっ体が持ち上がっただと!」

「この野郎! 離しやがれ!」


 入り口に立っていた男がノルの後ろから抱きつこうとする、その瞬間にもう片方の手が振り上がり後ろの男の頭が大きくぶれて吹き飛ぶ。


「やりやがった! この女! 逃がすんじゃないぞ! 捕まえろ!」

「貴方達が逃げたくなるかもしれません」

「うるさい! 一気にかかれ!」


 未だに持ち上がったままの男を囮にしながら三人が容赦なく飛び掛かってくる。そしてその隙間からは別の男が短剣らしき物をを投げつけてくるのが見えた。ノルその飛んで来る刃をを軽く頭を動かし避けると、掴んでいる剣先を横に動かし飛び掛る三人の男達を振り払った。


「がぅ!」

「ぐあ!」

「ぎひっ!」


 そんな声をあげて一気に横へ飛びながら壁にぶつかる。ノルが掴んでいる剣の腹で振るった為に、体が切れる事無く吹き飛ばされる形になった。ただ、振られる前に咄嗟に剣を離した男は、その隙を窺い殴りかかってくる。だがその拳がノルに触れる事は無く、振り戻された剣に胴を真横に斬られて宙を舞う。


「あがががが!」


 ドチャッと言う音が聞こえると同時に、掴んでいた剣を倒れた男の頭に投げるとそのまま絶命した。


「無駄です、降参して下さい」

「くそっ! やはり本物は只者ではないかっ! お前達! 俺は下に行く、暫く相手してろ!」

「えっ! そんな!」

「つべこべ言うな! 女一人にやられる訳には行かないんだよ!」


 今までニヤニヤとしていた男達だったが、ノルの強さを目の当たりにして表情が一変する。そして意味深な発言をした一人の男が奥の部屋へと消えていった。


「どうする? 逃げるか?」

「馬鹿言え! そんな事したら俺らが先に殺されるだけだぞ!」

「それよりも私が本物とはどう言う意味ですか?」


 明らかに雰囲気が変わる男達に、ノルは本物と言われた意味を尋ねる。


「俺ら下っ端が知る訳ねーだろ!」

「そうですか…」

「なぁ俺は手を出さない、見逃してくれ!」

「おっおい!」


 一人の男が敵意が無いと武器を捨てて両手をあげた瞬間に、ノルはその男の頬を平手打ちした。それはまるで突風が吹き抜けたかの様に男は回転しながら宙を舞い、止まる事のない頭は体を待たずに何処かへ飛んでいった。


「そうやって助けを求めた方々を何人殺したんですか!」


 床に伏せて動かない女性達が奥の部屋に見える、それが視界に入る度にノルの苛立ちは募っていく。


「来なさい【クリオネ】!」


 ノルが声を上げると目の前に人一人分の魔法陣が展開され、その中から半透明の体に同色の翼の様なものを優雅に羽ばたかせながら、人と変わらない大きさの奇妙な生物が現れる。そしてその生物の周りを、同じ形をした白色と黒色の人の頭程の生物達が十体ずつ同様にヒラヒラと翼を動かしながら空中を泳いでいる。


「なっなんだ! 魔物が現れたぞ!」

「スライムの亜種じゃないか? 見た事無い形だが」

「魔物ではありません、武器です。貴方達が人に与えた苦痛を身をもって味わいなさい! 黒は殲滅、白は私について来なさい! マザーはその女性を守護を任せます!」


 現れた武器【クリオネ】は、無言のまま各々が指示通り行動に移る。まるで空中を漂うが如く黒と呼ばれた小さな武器は、フワフワと男達の方へと進んでいく。


「はっ! 何が武器だ! てんで弱そうじゃねーか! びびって損したぜ!」

「全くだ! さっさと倒して俺らも逃げるぞ! あの女は強すぎる!」


 ノルを囲んでいた男達は、徐々に距離を開けつつ逃げる算段をしているようだったが、それを無視するように奥の部屋へと進み始めたノルとその後ろを揺らめきながら付いて来る白と呼ばれた武器達を見ながら、手に持つ武器は黒と呼ばれた武器に向けいつ斬りかかるかを狙い澄ましていた。そしてノルが奥の部屋に入った瞬間に一人の男が黒に斬りかった。


「げはは! 今のうちに逃げようか!」

「おい待て! お前の剣何かおかしくないか?」

「あ? …確かに手応えが無い…か?」

「早く剣から手を離せ!」


 その鋭く鈍い光を放つ剣は、黒の頭部のような部分にしっかりと食い込んでいる。だが男の手に何かを斬った感覚は全く無く、それが逆に強い不安へと変わる。男は言われたとおり即座に剣から手を離す、すると黒にめり込んでいる剣がまるで砂で出来ていたかのようにボロボロと音も無く崩れていく。


「なっ! 剣が崩れていくぞ!」

「おい! こいつら何かがおかしいぞ! 気をつけろ!」


 その男の叫び声に呼応するかの様に黒の頭部が真っ二つに割れ、中から透明な六本の長い触手が現れる。不気味な触手は一本一本が自ら意思をもっているかの様に奇妙な動きをしながら何かを探し始めている、それを見た男達は各々が恐怖に息を呑む。そして一瞬動きが止まったと思った触手達が、一斉に目の前に居る男に襲い掛かりその腕に一本が巻きついた。


「痛っ! いたたた! 何だ! 腕が…腕の感覚がぁぁぁぁ! イダダダダ! ひっ! うっ腕が溶けて!」


 黒いクリオネ達の捕食が始まった。


「ようやく始まったみたいね…」


 奥の部屋に入り、気を失い倒れている女性の傷を見ているとノルの耳に男達の悲鳴や断末魔が聞こえてくる。呼び出した武器【クリオネ】は、通常の武器とは異なり自動認識で相手を攻撃する黒いタイプの武器と特殊能力を持つ白いタイプの生体武器である。ノル自身は普段こんな武器を使う事は無い。だが故郷、レイモンド王国があった場所に蔓延る悪だけはどうしても許す事が出来なかった。


「あ…な…たは……?」

「成り行きですが、この場所に囚われている方々を助けに来ました。もう大丈夫ですよ」

「…あり…が…と……う……」


 汚れたベットに伏せている女性の傍に近寄ると打撲や裂傷、そして甚振られた顔が腫れている。閉じているのか開いているのか分からない程の瞼から一滴の涙が零れ、かすれた声で感謝の言葉を伝えた女性はそのまま息を引き取った。優しく女性の頭を撫でたノルは立ち上がり周りを見渡す、だがその他の女性達も既に命が尽きていた。


「…白、彼女達を取り込みなさい」


 白いクリオネに指示を出したノルは、強く残る気持ちを抑え付けて先に進む扉に手を掛けようとした、その時に中から叫び声が聞こえてくる。警戒レベルを一つ上げて扉の取っ手を握る、何の変哲も無いただの扉だがそのドアノブに触れた瞬間に何か奇妙な懐かしさを感じる。

ガチャリと鍵もかかっていないその扉をゆっくりと開け、その奥に立つ人影に目を奪われた。


「えっ何故! メル! 貴方こんな所で何をしているの!」


 他の部屋よりも薄暗い為にはっきりと見えた訳ではないが、部屋の中央に立ち逃げた男の頭部と胴体を別々の手に持ってたメルが目の前に居た。彼女は返り血を存分に浴び、まさにそれがドレスコードだと言わんばかりに拭き取る様子すらない。そんな光景と突然現れた妹に戸惑いを隠せないノルだったが、その隙を突き千切られた男を無言のまま無造作に投げつけてきた。


「くっ!」


 視界を遮られる様に投げつけられた死体をかわし即座に視線をメルへと戻すが、その場所には既に妹の姿はなく、変わりに地下へと続く階段が現れていた。


「ついて来なさいって事ね…でもどうしてこんな場所にメルが…それにこの階段…何処かで見た様な…?」


 黒く着色された階段に小さく発光する青い光の球が埋め込まれている。不振に思いノルはメルに念話を繋ごうとするが、何かに妨害されているらしく会話する事が出来ない。ノルは小さな溜息をつき、まるで誘うかの如く部屋の中央に現れた地下へと続く階段を下り始めた。

 緩やかな螺旋状に続く階段を下りて行くと、その途中でノルは足を止める。


「そんな…まさか…!」


 薄暗い壁に彫られている掌ほどの小さな紋章に、そっと指をなぞり確かめる。間違いなくレイモンド王国の紋章だ。


「なぜこんな所に…」


 ノルは逃げた男の言葉を思い出す。「やはり本物は…」と言っていたあの言葉には、ノルの偽者が居るという事で間違いないだろう。では先程現れたメルも偽者だと考えた方が良いだろうか、暫く思案した後に後ろからフワフワと宙に浮きながら付いて来ている武器【白クリオネ】一匹を掴むと、頭の部分に腕を押し込みそして引き出す。


「念の為に持ってきて良かった…」


 引き出したその手には、刀身が薄緑色をした短剣を一振り握り締め、その柄は華やかに装飾されている。その短剣の中心には壁に彫られているのと同じレイモンド王国の紋章が刻み込まれており、ノルはその紋章を親指で一擦りすると少しだけ強く握り締めた。

 かつてレイモンド王国が崩壊した後、オートマトンとして蘇ったノルとメルは酷く落ち込んでいた。その時、ロロルーシェは自身の部下であるドワーフの名工に一対の武器を作らせ二人に渡した。風の精霊の恩恵を受けたその武器にはレイモンド王国の紋章がはっきりと打ち刻まれ、遠い存在からの贈り物を受け取った当時の二人は流せぬ涙を悔むほど喜んだ。そして一振りはノル、もう一振りはメルが所有して、家族の絆をしっかりと繋ぐ物として大切に保管してあった。


「ここは…まさか王国の地下通路…!?」


 黒い階段を一番下まで辿り着き現れたのはレイモンド王国が有事の際に、王族が脱出する為に作られた地下通路だった。青く魔法加工されたレンガで作られた高さ三メートル幅四メートル程のその通路は、数千年経ったのに全く古びていない。


「どうして…稼働しているの…?」


 ノルは戸惑いながらその先に感じる複数の気配に気が付き足を進める。この王国の地下通路を作ったのはルルル、当時の【ルーシェント・ルゥイス・ルットモント】だ。魔導工学に秀でた才能の持ち主で、若干二十歳で宮廷魔法技師の主任にまで上り詰めた天才である。その彼女が地下通路建設に従事した際に組み込んだのは、絶対の魔法【王族が許可しない限り立ち入る事が出来ない】だ。それなのに、今ノルが歩くこの場所は天井に埋め込まれた照明が煌々と輝き、あの日のまま時間が止まっているのではないかと錯覚してしまう程に過去の遺物であった面影が無い。

 周りを見渡しながらノルは足を止めた、当時は無かったものが視界に入ったからだ。


「かわいそうに…」


 先を進む壁際に新たに設けられたであろう鉄格子が見え、その部屋中には大勢の切り刻まれた人の亡骸が重力を無視して浮遊している。よく見るとその鉄格子の出入口部分に何やら闇の魔法が掛けられた錠が取り付けられ、しっかりと固定されていた。ノルは先程短剣を取り出した白クリオネの中に腕を押し込むと、中から丸い透明な珠を取り出す。その中にはイサムが蘇生魔法を閉じ込めてあり、それを錠に当てた瞬間に扉はドロリと溶けてゆっくりと亡骸達が地面へと降りてくる。


「彼らを取り込みなさい」


 階段上で亡くなった女性達と同様に、白クリオネ達に指示を出しその体内へと保管させる。そこへ足音が近付いてくる。


「ようやく出て来たわねメル、この武器覚えてるかしら?」


 そう言ってメルに似た人物に短剣を見せる。だが相手は表情も変えずにただノルを見て敵対行動を取り始めた。


『…シンニュウシャ ヲ ハイジョシマス』

「そう…でも嬉しいわ、偽者だと確認出来たから」


 メルにそっくりな女性は、片言の言葉を話しながら腰に下げているショートソードを鞘から抜くと構える。同様にノルも身構えクルクルと数回手の中で風の宝剣を回して偽メルを挑発する。その挑発に応えたのではないだろうが、偽メルはノルに素早く近付き剣を突き出してくる。


「本物はもっと早いですよ」


 突き出された剣に自身の短剣を当て懐に潜り込むと、そのままスライドさせながら偽メルの肩口を斬り上げた。ノルの一連の動作が一瞬だった為に斬られた事に気が付かなかったのだろう、そのまま距離を開けて次の攻撃に移ろうと身構えようとした。だが自分の腕が上がっていない事に気が付き、斬られた場所を見つめるとバチバチと火花を上げながら大きく損傷した腕がダラリとぶら下っていた。


「オートマトン? いえ…何かが少し違う気がしますね…?」


 その言葉の通り偽メルは、垂れ下がった片腕をもう片方の手で徐に掴むとそのままくっ付ける。すると斬られた場所がそこだけ別の意思があるかのように奇妙に波打ちだし、互いを求めるように接合し始めた。


「ちっ! 先程の死体がやけに綺麗に切り取られていると思ったら、貴方の部品として使われていたのね…」


 そこへ別の足音が偽メルの後ろから近付いてくる。ノルは身構え、現れる誰かを待つ。


『いやいや、彼女だけの部品ではないよ』

「誰?」


 現れたのは、三十歳位で銀色の髪は整える事無く無造作に伸び、白いシャツとサンダルを履いたこの場所には似つかわしくない風貌の男が偽メルの後ろに現れる。


『おやおや、お忘れですかノルファン殿下? …まぁ当時よりも若干ですが若く見えるかも知れませんね』


 男は両手を肩まで上げて少しおどけた様な格好を見せる。ノルは目を細め遥か記憶の中にある彼を探し、その目が大きく見開く。


「まさか! 【ルゼン・トールマン】! そんな在りえないわ! …いえ…もしかしてノイズの仕業!?」

『ふふ、残念ですが彼女の仕業では無いですね。まぁ持ちつ持たれつの関係ではありますが…。王国からお暇を頂いたので、更なる研究を行う為に別の地方へ行っていたのが幸いしましてね…』

「お暇を頂く? 貴方が王国技師の称号を剥奪されたのは貴方自身が招いた結果ですよ」

『は! 何を言う! 私がどれだけ国の為に貢献してきたと思っているのですか?』


 偽メルの隣に立つと彼女はルゼンの方に頭を乗せる、それを優しく撫でながらノルを自慢げに見ている。


「くっ! 貢献ですって? 亡くなった方々を切り刻み人造兵士を作ろうとしたくせに!」

『はははは! 死んだ人を使って何が悪い! 王国の為に食べる事も寝る事もない、まさに夢の兵士じゃないか!』

「それは死者に対しての冒涜です!」

『ははははは! お前らが何を言う! コアの存在自体がこの世の理を越えているじゃないか! それこそ冒涜じゃないのか?』


 ルゼンは偽メルの服の隙間から手を入れると、ノルに見せ付ける様に胸を触る。それはまるで愛し合う男女の戯れの様で、偽メルは仄かに頬を赤く染めて淫悦な表情を浮かべる。


「やめなさい! 不快で汚らわしい! 妹の姿を辱めるような事を続けるようなら許しませんよ!」

『ふふふ、どう許さないんだ? 私の作った人形をどう使おうが殿下には関係の無い事でしょう? あなた方は当時、その美貌で何人の男達が憧れたと思っているのですか? 勿論私もそうでしたよ』


 そのまま後ろに立ちもう片方の手でメイド服のスカートをたくし上げその中へと手を入れる。


『アッ!』

「やめなさいと言ってるでしょう!」


 駆け出したノルは、目にも止まらない速度で短剣をメルと手を回しているルゼン目掛けて振り下ろす。だがそれは容易く弾かれ、その場にはもう一人予想していた人物が立っていた。


「やはり居たようですね! 私の偽者!」


 弾かれた反動を使い空中で回りながら後ろに飛び、再び身構える。まるで鏡を見ている錯覚に陥るほどに似ているノルの偽者は、ショートソードをこちらに向けて微動だにしない。


『ふふふ、似ているでしょ? エルフの国で解体した貴方の部品を使っていますからね。お蔭でようやく残り半分の階層に進めましたよ』

「ちっ! やはりそうでしたか! この場所が動いている時点で気付くべきでした!」


 ジヴァ山でノイズに捕まったノルは、エルフの国でコアを封じられたまま解体されていた。だがイサムのお蔭で完全に解体される前に救われ、今は彼のコアとして再び肉体を得る事が出来た。


『ただ残念な事に、邪魔が入ったらしく全ては解体出来なかった様ですね。何と言いましたっけ、黒髪のいかにも女性に好かれ難そうな顔立ちの青年の名は?』

「貴方に言う必要は無いですね。それに、彼は女性に非常に人気があります。自身で作った人形で、何かを満たそうとする輩とは違います」

『ふふふ、あの大人しかった殿下が言う様になりましたねぇ。そのついでと言っては何ですが、最下層の扉を開けて貰いたいのです』


 王国の地下通路は、ロロの迷宮には到底及ぶ事は無いものの、もしもの為に居住エリア等が設けてありその中にはルルルが造った研究施設もある。恐らくルゼンはその施設を使って彼女らを作ったのだろうとノルは考える。そしてその最下層に王族のみが立ち入る事が出来る場所がある、ルゼンはこの場所を知り尽くしているが、その場所にだけはどうしても入る事が出来なかった。


「嫌だといったら?」

『力ずくなんて言わないですが、上の女性が悲しむかもしれませんね』

「クズね…」

『何とでも。ではこの子達と愉しみながらお待ち致しておりますよ』


 ルゼン達はそう言うと黒い靄に包まれ消えてしまう。


「待ちなさい! くっ卑怯な…! …一先ず上に戻り報告しましょう…」


 ノルはそう言い残すと、白クリオネ達を引き連れて引き返していった。ただ拳は強く握られ、言い表せない怒りが込み上げていた。

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