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地上に取り残されたディアナはマックスの元へと戻り、ボーっと入り口を眺めていた。
「どうしよう…念話も繋がらないしなぁ…」
『気にする事は無いよリトルレディ! のんびり待つのもたまには良いもんさ!』
「ねぇマックス、魔導AIって何なの? コアじゃないのに話たり考えたり出来るのなら、それはやっぱり命なのかな?」
『簡単な事さ! 一緒に楽しんだり悲しんだり悩んだり、様々な思いを感じる事が出来る存在なら、それは命と呼べるはずだよ! だからマックスには命がある! そうさ! ルルルガールもそう言ってた!』
ブォンブォンと空ぶかしながら、マックスは自慢げにエンジンの回転数を上げる。ディアナが暇を持て余さない様に色々な話していると急に会話が止まる。
「ん? どうしたのマックス?」
『ふふふふ! 少し忙しくなりそうだねぇ…』
「それってどう言う……?」
ディオナの話途中でマックスは急に高らかにアクセルを踏み込みターンを決める。
「きゃぁ! どうしたの!?」
『おっとごめんよ! この先の門を見たかい? 闇の障壁で封がしてあっただろう?』
「そう言えば、触れたら危険なものだと感じて、引き返したんだった」
『そうそうそれ! それが消えたみたいだよー! だから、これから敵がワサワサその穴から出てくるはずさ!』
「え! そうなの!? どうするの!?」
イサムがダジュカンを倒した事により、闇の障壁が消えて、その中にいる魔物と化したリア族の魔物が今にも飛び出しそうな勢いで入り口へと押し迫っていた。
それを察知し、リア族の巣の入り口から徐々に離れていくマックス、そして誰かに連絡を取り始めると同時にフロントガラスに突如映る周辺地図、そこには現在地と五ヶ所の赤色のターゲットと二つの仲間を表す水色のマーカーが見える。
『ヘイ! フラッシュ! オニオン! ようやく出番が来たよー!』
『おうマックス! やっと来たかー!』
『これ以上待ってたら錆びて動かなくなっちゃう所だった!』
マックス同様になにやら陽気な声がスピーカーから聞こえてくる。そして宣言した通りに、それはまるで決壊したダムの様に溢れ出して来る。
『きたきたきたぁぁ!』
『それじゃぁ各自思いっきり楽しんでくれ!』
『また後でねー!』
通信が切れ、マックスもその黒く溢れ出した塊を視認する。地図に映り出させているのは敵の数と特徴で、その横に対応する武器が表示される。
「いまの誰?」
『はははー! 気にしない! じゃぁ、一気に行きますよー!』
その言葉と同時に車体の上部にある蓋が勢い良く開き始める。その数は十枚、均等に前方から左右一枚ずつ開き始めると、その中にはファミリーサイズのペットボトル位だろう長い筒が九つ垂直に並べられており、その代物は炎を吹き上げながら空へ向けて射出される。
シュポポポポポポ!
上空に打ち上げられたその筒の合計は九十、その筒がある一定の場所まであがると周囲を覆う外装が外れ、その中に更に小さな筒が横向きで無数に並べられている。
『二年も待たされたんだから、少しは楽しまないとねー!』
「え! 私はどうしたら良いの!?」
『はっはっは! リトルレディは振り落とされない様に掴まっててねー!』
バシュッと放たれる小さな筒が、巣の奥から現れる様々な異形の者達一体一体に向う。そしてその筒が触れた瞬間に、あり得ない程の衝撃が周囲を包み、広がる爆炎が更に他の魔物を巻き込む。
『ビンゴー! はっはっはー! 吹き飛んでしまえー!』
「きゃぁぁぁぁ!」
車体が揺れる度にディアナが叫び声を上げる。マックスの放つ攻撃に、なす術も無く蒸発していく魔物達。そして次々とその残骸を増やして荒野を走り抜けていった。
●
深い深い闇の中、エリュオンはリア族の女王に完全に溶け込み、その懐かしい空間に身を委ねていた。同化した事で女王の目を通して外が見える。そこには地面に這い蹲り涙を流すイサムの姿があった。
『ああ…本当にイサムは意気地無しよね…とても弱虫で泣き虫…』
微笑みながらエリュオンは、ぼんやりと外を眺めている。
『でも、これで良いのかも…イサムには、ノルもメルもテテルも、タチュラもディアナも居る…私一人居なくても…』
そこで言葉が詰まる。涙が溢れてくる。どうしようもない事だと考えても抑える事が出来ない。
『あれっ? なんで…体はもう無くなってしまったのに…どうして涙が…』
魔物と化したリア族の女王に完全に取り込まれたエリュオンは、精神だけを残して他は全て溶けてしまった。悲しい感情に揺れながらも、どうでも良いと思える程に虚ろで儚く、その精神すら今にも消えようとしていた。そんな意識が朦朧としているなかで、小さな光を遠くに見つける。
『あれ…? 何で闇の中に光が見えるんだろう?』
そう思うと気になって仕方が無い。エリュオンは涙を腕で拭い、その光に意識を向けてゆっくりと進み出す。抵抗も無く闇の中を小さな光へと向い、そしてそれが何か直ぐに分かった。
『貴方、この体の持ち主…リア族の女王ね』
『…誰だ……私の中に溶け込んだのはお前だな……』
だが女王は左右をキョロキョロと見回すだけで、エリュオンが見えていない様だった。
『あなた目が見えないの?』
『ははっ良く分かったな。もう数十年になるが、最早光すら感じる事も出来ない』
『そうなんだ…』
『それで、何故こんな場所に居るのだ? 私の元へ部外者が来る事はあり得ないのだが?』
まるで今の現状が全く分かっていない様な言葉に、エリュオンは少し苛立ちを覚える。
『今どういう状況か理解してないみたいね。このリア族の巣は、魔物の巣と化しているわ! 勿論貴方もね!』
『なんだと! そんな馬鹿な! いつ魔物に落ちたと言うのだ!? 現に今も食事の最中だったはず!』
女王の言葉に、エリュオンは視線を同期させると女王の触覚に掴まって宙吊り状態のイサムが見える。
『イサム何やってんのよ! 女王食べちゃ駄目ぇ!』
だがその言葉を言い切る前に女王はイサムを食べて即座に飲み込む。
『ああ! イサム! 女王吐き出して! 今食べたものを吐き出しなさい!』
『無理を言うな! 最近は年を取ったせいか食も細い! やっと飲み込んだものを吐き出せなんて、老人を虐めるのも大概にしてくれ!』
エリュオンを言葉など聞くことも無く、女王はそっぽを向いて空中で横に寝そべる。エリュオンは、マイペースな女王に心底腹が立ち、声が大きくなる。
『いい加減にして! 女王良く聞いて! 貴方の娘、クルタナが来ているわ! それでもそんな格好で今を見ず、悠々としていられるの? 貴方は魔物としてクルタナ達を襲っているのよ!』
『そっそれは本当か!』
ガバッと起き上がるリア族の女王は、声のするエリュオンの方向に顔を向ける。
『もう巣のリア族達、そして食べられていた人達全てが魔物に成り下がっているわ! そして私も貴方に取り込まれた! それでも現実を見ずに魔物として生き続けたいの? こうして意識があるのは、必ず理由があるはず! それを思い出して!』
エリュオンの真剣なその言葉に動揺を露にする、そして何かを思い出した様にハッと顔を上げる。
『そうだ! あの声、ダジュカンと言う奴が配下の者達と現れ、今まで以上に強い兵を育てるなら任せて欲しいと頼んできたのだ! 私はもう視力を失い、子を産む事ももう無い。だからより強い兵を作る事のみが生きがいとなっていた…まさか、そのダジュカンが原因だったのか!?』
『そうよ! 闇の魔物…ダジュカンに私は掴まり、貴方の中へ取り込まれた!』
『あの時…大きな力が体の中へと流れてきた。咄嗟に意識を自分の中に閉じ込め、そして…駄目だ思い出せない、記憶が途切れたようだ…そうか、私はその時にもう魔物になっていたのか…なんて事だ…』
女王は両手で顔を覆い後悔に涙を流す。エリュオンは傍に寄り添い抱きしめた、三メートルはあるだろう大きな体を持つ女王と共に、彼女も一緒に涙を流す。
『大丈夫よ女王…さっき貴方が食べた人…イサムが私達を浄化してくれるわ…必ず…』
『そうか…お前の心が伝わってくる…愛しているのだな…確かにその雄は、まだ私の腹の中で生きているな』
『まだじゃないわ、迷っているのよ…魔法を使えばいつでも出れる。でもそれは私を殺す事になるから…』
『悪い事をしたな…今まで人を当たり前の様に食ってきたが、お前の感情が伝わりようやく人も私達も同じだと気が付いたよ…既に遅いのだがな…』
『そうね…私も遅かったかな…ふふっこれって後悔ね…』
深い暗闇の中でエリュオンとリア族の女王は、まるで昔から知っていた友の様に和やかに会話をしていた。あとは死を待つのみと二人は覚悟し、その時をただひたすらに待っているのだった。