時限式の猛毒
「あんた、誰っすか?」
蓮を見たその男は、素っ頓狂な声で聞いた。その男は随分と若い――高校生くらいだろうか――見た目をしていた。その男に、蓮は言う。
「今日からここで世話になる。神楽蓮、だ。よろしくとでも言いたいところだが、どうやらそんな状況では無いらしいな」
蓮の言葉を聞いて、若い男は理解できない、といった顔をしていたが、譲や美夜の様子を見て理解したらしい。
「は、はい!俺は太陽、松森太陽って言うっす!よろしく……、じゃないっす!そんなことしてる場合じゃないっす!そうなんすよ!実はさっき、物資を集めてる途中、デカイ狼に襲われたんす!」
そういう若い男、太陽は、随分と慌てている。そんな太陽に、美夜が言う。
「タケさんがヤバイのは分かったから、少し落ち着きなさい。回収途中の物資はどうしたのよ?」
「あ、はい。持ってきたっす。どちらにせよこれを持ってこないことには意味がありませんし」
蓮が疑問を挟む。
「物資とは何だ」
それに答えたのは譲だ。
「武器弾薬、といえば分かるか? 此処から8キロ先ぐらいに、元軍事基地があるんだ。毎日そこから、少しづつこっちに持ってきてるんだ」
「成る程。分かった。話を続けてくれ」
太陽は話しだす。
「うっす、軍事基地で物資かき集めてた時、急にデカイ狼の群れが襲ってきたんすよ。その狼は、触れたところから周囲を爆発させる祝福を持ってたっす。それで、タケさんが此処は俺に任せろ、お前は皆に伝えに行け、って……」
「待って、太陽くん。君の能力なら、タケさんを連れて逃げてこれたんじゃないの?」
「出来たっす!けど、そうしちゃ駄目だったんす!奴ら、あの基地の地面を掘り始めたんすよ!」
「それの、何が問題なのかしら?」
美夜のその問に答えたのは、譲だ。
「生物兵器研究か」
その言葉は、蓮にも聞き覚えがあった。
「その軍事基地は、12年前に出来た基地だな? 聞いたことがある。地下に、生物兵器研究用のウイルス培養施設があったはずだ」
太陽は我が意を得た、とばかりに頷く。
「そうっす!このままじゃこの辺り一帯の、それを防ぎきれるギフト持ち以外は死んじまうって!あいつらを倒しきらないとヤバイ!そう言ってタケさんは……!」
「わかったわ。私も行く」
美夜の言葉に、譲は慌てたように言う。
「おい馬鹿、お前の能力で何が出来る!? 相手は『群れ』だといったじゃないか。お前が気配を隠して一匹倒して、一度見つかったらもう、どうも出来ないだろう」
「でも、譲。あんた一人が行った所で何が出来るっていうの?」
「それは、そうだが……」
ここで蓮は、ふと思いつく。
「美夜、お前の祝福は、見つからなければ問題ないのだよな?」
「ええ、そうだけど……。何か、策があるのかしら?」
蓮は顔を、美夜から太陽に向ける。
「太陽、狼は何匹いた?」
「えっと、20匹っす!それは数えてきたっす!」
蓮は考える。恐らく、勝算はある。蓮は質問する。
「12.7×99ミリNATO弾はここにあるか?」
その質問に帰ってきた答えは、芳しくないものだった。
「いや……。汎用性の高いパラベラム弾と、サブマシンガンを優先的に持ってきている。軍事基地にはあるだろうが……」
取りに行く余裕はないだろう。そう譲は言う。しかし、
「俺はここに来るとき、弾丸を20発持ってきている。そのうち一発は、さっき使っちまった。19発。それが今の残弾だ」
それを聞いて、譲は残念そうに言う。
「足りんな。ここいらの狼の視力は1.5キロはある。それより長距離からの狙撃ともなれば、流石に全てを当てることは出来ないだろう」
その言葉を聞いて、蓮は笑った。
「ムリだろうな。普通は」
そう言ってジュラルミンケースを、片手でコンコンと叩く。
「だが、俺とコイツなら――」
蓮の射撃可能なレンジは祝福なしで2キロメートル。ならば、祝福を手に入れた蓮ならば、
「――余裕、だ」
◆◆◆
「じゃあ、蓮さん、信じるっすよ。行きましょう、その作戦で」
そう言うのは太陽。譲と美夜は未だ不安げな顔を浮かべている。
その作戦は至って簡単だ。19匹を蓮が仕留め、最後の1匹を美夜が仕留める。そしてその移動方法は。
「テレポーテーション、か」
そう、太陽の祝福は、いうなればテレポーテーションとでも言うべきものだった。その力は、現在地から対象地に対する瞬間移動。
「その変わり、半径9キロ以内で、しかも一日3回まで、っていう制限付きっすけどね。『永久不可侵』も超えれないっす」
そう言って太陽は、蓮と美夜の手をとる。
「俺と一緒になら、手で繋げる人数、つまり、俺合わせて3人までならテレポートさせられるっす」
だから、
「譲さんは連れていけないっす。二人とも、失敗は許されないっすよ」
深呼吸、ひとつ。
「最高の狙撃スポットに移動するっす。俺に出来る最高はそれだけ。だから、蓮さん。まだ会ったばかりの貴方に頼むのも、難っすが……。お願いするっす」
深呼吸、ふたつ。
「行くっすよ」
深呼吸、みっつ。
意思の赤が、太陽の目から迸る。
「――対象は基地より2.0キロのビル屋上、基地に対する最高の狙撃地点」
宣誓する。祝福の名を。
「宣誓、『瞬間移動する兎!』
視界がゆがむ。体が引っ張られる感覚。蓮の体が、戦場へ送り込まれる。
用語解説
『12.7×99ミリNATO弾』:蓮の愛銃『BCCアポロンA3カスタム』の仕様弾丸。蓮は20発持ち込んでいたようだ。
『瞬間移動する兎』:松森太陽の祝福。1日に3回だけ、半径9キロに瞬間移動出来る。ただし『永久不可侵』を超えることは不可能。