共存する人類
「それで、どうやってその女の子を助けるつもりだ?」
蓮の質問に、肩幅の広い男は答える。
「そいつぁ簡単な話だ。俺に任せておけ」
肩幅の広い男はそう言って、少女に近づいていく。その大きな手を少女にかざすと、男の目から赤い光が迸る。その赤い光を、蓮は知っていた。
「意志の力……、それがお前の祝福か!」
「その通り。俺の祝福は生命の修復。命が失われない限り、生きる意志が失われていない限り、その傷を癒やす祝福だ」
男の手から、暖かい光が溢れる。
「――我が祝福の名を宣誓する。『復活する大祭』」
その光とともに、少女の肉体が、血まみれの服が、修復されていく。
光が収まると、少女はすっかり本来あるべき様相に戻っていた。
「凄いな。その力があれば、この魔境で生きることなど容易いだろう」
そういう蓮の言葉に、男は苦笑を返した。
「へっ、そうでも無えぜ。なかなか制限がキツイんだ、コイツは」
「そんな物か」
ここで、辺りを警戒していた背の高い女が言った。
「会話もそこまでにしておきなさい。そのカラスの血の匂いに釣られて狗共が来るわ」
蓮も意識を集中するが、気配は感じられない。しかし女は言う。
「あいつらの中にも気配遮断ができる奴が居るわ。貴方がこのカラスを殺してから何分経った?」
確かに、蓮がこのカラスを撃ちぬいてから20分は経過している。野生動物ならもう既に、このカラスを虎視眈々と狙っていてもおかしくない。
「分かった。今からお前たちの拠点に戻るんだな?」
「その通りだ、先程はああ言ったが、まずは俺達のリーダーに会ってもらうぜ。この魔境でもっとも怖いのはコミュニティの内部崩壊だ。俺達も生き残るために人を選ばなきゃならない。そこは理解してくれ」
蓮は頷く。それを見た男は満足気に笑った。
その様子を見た女は言う。
「じゃあ、行くわよ」
女はそう言って、隠蔽の祝福を使った、らしい。祝福の名は呟いただけのようで、その音を聞き取ることは蓮には出来なかった。
「これはあくまで気配を遮断するだけ。目視されてからのフォローは出来ないわ。気を付けて」
そう言って女は歩き出す。男は少女を背負うとその後を付いて行く。男は振り向いて手招きした。蓮はジュラルミンケースを背負い直し、その後を追った。
◆◆◆
「ここが俺たちの拠点だ。俺らは『ネグラ』って呼んでる」
そこにあったのは、鉄筋コンクリートの2階建て建築だった。例に漏れず、植物に侵食されている状態ではあるが。ここで蓮は、あることを思い出した。
「そういえば、植物たちも皆祝福されているのだろう? 危険ではないのか?」
「お前、不思議なことを聞くなァ。まるで、つい最近『永久不可侵』の外から入ってきたみたいだな。さっきもそうだったな。まるで人間を警戒してる、みたいな」
蓮は自分の発言を顧みて後悔した。先程はあれ程警戒していたのに、此処についた途端注意が緩んだようだ。なんと言うべきか悩んでいると、男は笑いかけてきた。
「ハハッ、気にすんな。ここじゃあ人間同士助けあうのは当たり前のことだ。別にお前をどうこうしようってことじゃ無え。安心しろ」
そう言って蓮の肩を力強く叩いた。それを見た女は、顔を少し綻ばせた。
「そう、安心していいわ。それにウチには居るのよ。貴方と同じように、外からやって来た人が」
「……そうなのか?」
もはや蓮が外から来た人間だということは隠せないようだ。蓮は居直る事にした。その様子を見た男は、破顔して言う。
「ハハハッ、それで良い。あんまり精神張り詰めても、狂い死んじまうぞ」
「じゃあ、植物の事は心配しなくてもいいのか?」
「たまに危険なのも居るが、大体、やけに成長が早いだとか、千切ってもまた生えるだとか、そんな感じだぜ」
そうか、と返す蓮。ここで女が口を開いた。
「おしゃべりもいいけど、早く長老のところに行きましょう」
蓮は女の言葉に、聞きなれない言葉を見つけた。
「長老?」
その疑問には、男が答えた。
「ああ、俺らのリーダーさ、みんな長老って呼んでんだ」
さ、行こうぜ、と言って建物の中に入って行く。蓮も、その後に付いて行く。
◆◆◆
蓮が通された部屋に居たのは、長老というのも頷ける、シワだらけの細い老人だった。
「ほう、ヌシも外から来たのか。儂らの『ネグラ』の一員に加わりたいらしいのう」
そう言って長老はよっこらせ、と立ち上がった。つかつかと蓮に近づいてくる。
「うむ、儂らも人員不足で困っておるのじゃ。相当に曲者でない限りは、儂らもヌシを受け入れるのにやぶさかでは無い」
そして老人は言う。
「で、ヌシよ。わざわざ外からこの魔境にきたのであれば、何か目的があるのじゃろう?」
そう言って蓮の目を覗き込む老人の目は、嫌に鋭い。しかし蓮は動じない。
「俺は、人を探して此処に来た」
「人? それだけの為に、かように物騒な所に来たと言うのかのう?」
蓮は思う、この老人は侮れない、と。長老と呼ばれるだけはある。この老人は、コミュニティに加わりたいという者たちをこうやって選別してきたのだ。このコミュニティを守るために。
(そうか、ここに居るということは、この老人だって『永久不可侵』に選定された者なのだ)
だから蓮も、敬意を払うことにした。隠し事は、無しだ。
「俺の片思いだった。ある人の話で、この魔境でまだ生きていると聞いた。また、会わなければならい」
老人は少し、驚いた顔をした。
「……そうか。うむ、分かった。今日からヌシは儂らの家族じゃ。歓迎する」
差し出されたのは、老人のか細い手。しかし、その手からは意思を感じた。この魔境を生き抜く、意思が。
「ありがとう。これからよろしく頼む」
蓮はその手を握り返した。
◆◆◆
部屋を出ると、先ほどの男と女が立っていた。男が背負っていた少女は、どうやら何処かに寝かせてきたのだろう。その場には居なかった。
男は言った。
「今日から仲間だな。俺は本願寺譲だ。よろしく頼むぜ」
「私は嘉宮美夜よ。よろしく頼むわ」
蓮は、二人の目を順番に見て、無表情だった顔で笑う。
「ああ、俺は神楽蓮だ。よろしく」
そう言う蓮を見て、譲は意外そうな顔をした。
「何だ、お前。笑えるのか」
「……どういう意味だ?」
「いや、ずっと辛気くせえ顔してたからよ」
「失礼だな。こいつは生まれつきだ」
そうかい、済まなかったな、と言って譲は笑う。調子の軽い奴だな、と蓮は思った。
すると、美夜が、思い出したように言った。
「此処で暮らしてるのは、私と、コイツと、跡香……、さっきの女の子のことね。それと長老の他にあと二人いるわ。後で挨拶でもしておいたら良いんじゃないかしら」
「その二人は何処に?」
譲が答える。
「一人は物資の輸送をしてる。夕方にもなれば、物資も集め終わって戻ってくるよ。もう一人はその護衛だ」
ふと蓮は思い出す。確か、蓮の他にも居ると言っていたはずだ。外から来た人間が。
「外から来たというのは?」
「その護衛の奴だ」
成る程。確かに、外からこの中に行こうと思えるならば、それに相応しい腕っ節はあったのだろう。そう思って蓮は納得する。譲は言う。
「そいつらが帰ってくるまで、まったり待っていればいい」
譲がそう言ったので、蓮は分かった、と頷いた。
と、その時だった。
「美夜さん! 譲さん! 居ますか!?」
急に、大声が階下から聞こえた。この声の主が例の『輸送係』だろうか? 声の主は言う。
「やばいっす!でけえのに襲われました!タケさんが危ない!」
どうやら、まったりは出来そうにない。そう思って蓮は、ジュラルミンケースを背負い直した。
用語解説
『復活する大祭』:本願寺譲の祝福。そこに生きる意思がある限り、その生命を修復する。
『ネグラ』:長老と呼ばれる男が中心となっているコミュニティ。本拠地は2階建ての廃ビル。
登場人物の整理
『神楽 蓮』:主人公。狙撃を得意とする。
『本願寺 譲』:体の大きな男。『復活する大祭』の祝福を持つ。
『嘉宮 美夜』:気配を隠ぺいする祝福を使えるようだが、詳細は不明。
『?? 跡香』:苗字はまだ不明。カラスに襲われていた少女。
『???』:長老と呼ばれる男。祝福の詳細は不明。
『???』:資材の輸送を担当する男。祝福の詳細は不明。
『???』:輸送担当の護衛を務める人物。外から来たらしい。