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数値化する世界

 意思が発現する。意思と共に世界の流れが遅くなっていく。

 祝福とは意志の力。意思とはいわば、揺るがない巌のように強大な決意だ。何故、この魔境で、技術ですら到達し得ない理外の力を得た動物達を相手に、まさしく考えるだけが取り柄の「葦」のような人間が生き残れているのか。その理由は詰まるところ、人間に考える力が、他の動物には無い意志の力があったからに他ならない。

 そして、神楽蓮という男は、そんな人間たちの中でも屈指の意思を持つ男だ。


 蓮の視界が侵食される。

 世界が、数字の群れに変わる。敵が、自分が、風が、空が、世界が、全てが、数字に侵食されていく。


 否、侵食ではない。置き換えだ。世界の見え方が置き換わっていく。人間は知っている。あらゆる物象をより簡略化し、より詳細に知り、そして予見する技術を持っている。世界の認識の仕方を置換しているだけなのだ。この祝福は。

 蓮は理解した。この身に宿った祝福を。

 これが、神楽蓮の祝福。その名の意味するところは、証明。


 つまり、『あらゆる物象を数値化して認識する能力』


 それが蓮に与えられた祝福だった。

 一見して無意味に見えるこの力は、しかし、蓮にとってはこれ以上ないほど相応しく、似つかわしい祝福だった。

「狙撃対象の数値化、完了。移動予測、完了。風速計測、完了。自らの身体の制御、完了」

 後は引き金を引くだけ。それでその弾丸は必中の魔弾と成る。


 よって即ち、蓮は証明の言葉を宣誓する。祝福の名を、宣誓する。


「――我が弾丸の必中、『かく示された(Q. E. D.)』!」


 マズルフラッシュと共に弾丸が放たれる。その速度は実に音速の2倍強。そしてその弾丸は必中。いくら魔境の生物といえど、その意思を上回ることは出来ない。


 音速の死が、世界を貫いた。


◆◆◆


 少女は、死を覚悟した。

 いつもの様に川に水を汲みに来ただけだった。しかし、その目的はどうやら、果たせそうにない。戦闘能力の無い彼女には、食料となる動物を狩るような事はできなかった。だから、コミュニティ内で少女に与えられた役割は、毎日の水汲みだった。

 祝福が意志の力ならば、少女の力が弱いのは、彼女の意思はそれほど強くない、と言うことにほかならない。少女自身も、選定されたことは幸運に幸運が重なっただけだと感じていた。


 だから、その巨大なカラスに襲われた時、少女に最早、それをどうしようという意思はなかったのだ。そもそも、彼女の祝福に、その場を逆転するような力はないと少女自身が分かっていた。

 

 その巨大なカラスは上空から襲いかかった。爪でえぐられ、嘴を突き立てられ、最初はあった抵抗の意志も、痛みとともに薄弱になっていく。

 こんな事はたまにあった。そんなときは運良く逃げれたか、或いは仲間が食われた、か。

 狩りの担当が、いつの間にか減っていることもあった。少女よりも強いものですら死ぬのだ。この魔境では。

 もはや意識も薄れ、生きようとする意思を手放す直前。


 つんざく音がカラスの頭を抉り取った。


 少女は何が起きたのか分からなかった。しばらくすると、走る音が近づいてきた。人間の足音だった。少女を心配そうに覗き込む男が、人間であることを認識した時、安堵とともに少女は意識を手放した。


◆◆◆


 蓮は正直に言って、困り果てていた。

 カラスは殺した。あの血まみれの人間は、近づくとどうやら少女だったようだが、少女もしっかり生きていた。しかし、少女は気を失っていた。

「これじゃあ、話を聞くどころじゃないな」

 それに、このまま放っておいても失血死してしまうだろう。まずは血を止めなければならない。持ち合わせている布は着ている服だけ。少女の服を切り取って止血に使うのは忍びないし、そんな真似をするよりだったら、自分の服を破って使ったほうが精神衛生的にもいい。

 蓮が自分の服を破ろうとすると、蓮の背後に、突然(・・)気配が現れた。

 そうだ、『祝福』が理外の力ならば、そういった能力がある事も考慮すべきだった。

「クソ! この一大事に!」

 今からライフルでは間に合わない。腰からナイフを引き抜いて、振り向きながら構える。


 そこには、体の大きな男と、背の高い女が居た。肩幅の広いその男は、両手を上げて言った。

「おっとぅ、脅かすつもりはなかったんだ。そこの女の子、ウチのコミュニティの子なんだ。中々帰ってこないから心配して探しに来たんだよ。アンタに危害を加えるつもりは無え」

 高飛車そうな印象を受ける女も、手を上げている。女は言った。

「うん、大丈夫。危害を加えるつもりはないわ。だから、そのナイフ、仕舞ってくれないかしら?」

 蓮は逡巡する。蓮はまだ、この人外魔境の作法について理解していない。この魔境の中で人々は協力しあっているのか、それとも各コミュニティでの争いが起こっているのか。

 後者ならば、彼らは間違いなく蓮を殺しに来ている。何せ、存在を悟らせない祝福を受けた者がいるのだ。彼らが武装しているようには見えないが、周りに仲間が隠れている可能性もある。

 だが、正直に自分が最近来たばかりだ、と言った所で、自分は初心者ですと公言していることになる。これから戦いが始まる場合、それほど不利なことはない。

 だから、打診することにした。出来るだけぼかした表現をとる。

「……すまない、俺は今、何処のコミュニティにも属してないんだ。こんなこと言うのも何だが、交渉させてくれ。俺は武器をしまう。それで、お前たちはあの少女を何とかする術を持っているんだろう?それで少女を治してやってくれ。それで、」

 蓮は、出来るだけ自分が無害だとアピールするように、ゆっくりと話した。

「出来ることなら、俺の事を、お前たちのコミュニティに入れてくれ」


 男と女は、呆けたような顔をしたが、すぐに言った。

「わかった。約束しよう。俺達としても、コミュニティが増えるのは歓迎だ」


 男の差し出した右手を、ナイフを仕舞った右手で握り返した。

用語解説


『かく示された(Q.E.D.)』:神楽蓮に与えられた、世界を証明する祝福。あらゆる物象を数値化し、認識し、計算する。人間の脳の処理能力を超える認識は不可能。


『コミュニティ』:人外魔境を生き残るため、人類が形成した群れ。或いは集団。受けた祝福によって、コミュニティ内での役割は分担されているようだ。


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