0-3
「えっとさ、薫ちゃんの説明だとよく分からないから、ベイセルさんが説明して欲しいかも?
ほら、うちはあんまり、頭良く無いから」
と言って笑う紗弓。
いや、そこは笑うところじゃ無いでしょ。
「まぁそうね。説明よろしく」
「そうですね。
あれは三日前でしたか・・・」
三日前の夜、薫がベイセルさんに、前衛向きの人が居たら紹介して欲しいと、話しをしたらしい。
動きやすい様にと、衛士衆でも私達三人は基本的に、固まって動ける様になっていた。
ベルセイさんも、最初は衛士衆の組として不足している、私達への前衛補充と考えたらしいけど、そうではなかった。
薫は、私達の最近の言葉や態度から、近い内にこの町を離れ、情報を集める方向に行くと考えていたらしい。
・・・私と紗弓って、そんなに分かり易い感じだったのかしらね?
ともあれ、衛士衆内で私達の組が前衛不足でも、別にそこまできっちり組んでないと危険という事はほとんど無い。
でも、情報収集とかで町を離れるなら、バランスが悪いと命取りに成りかねない。
ゲームなら再挑戦も出来るけど、今の状態は現実だ。望む望まない、認める認めないに関わらず現実なんだ。
実際に目にした事ばかりではないけど、私達の様にこっちに飛ばされた来訪者には、葛西の様に現実逃避して悪さに走るのだけで無く、この現実を受け入れられず、帰る為に馬鹿な試しをする人もそれなりに居るらしい。
所謂、死に戻り。
デュアル・クロニクルと言うゲームでは、死に戻りは拠点への帰還ではなく、ログオフだった。これは再ログイン時に、デスペナるティーが加算された状態で拠点に現れる為の仕様だったらしい。
つまり、この現状がありがちなオンラインゲームに取り込まれた系なら、死に戻りは現実への帰還になるわけ。
でも、実際に考えれば分かるんだ。そんな事は無いし、これは現実だって事が。
だって、怪我をすれば血が流れ、痛みも感じるし、部位欠損したらよっぽど運が良くないと治せない。敵を倒してもその死体が消えたり、アイテムをポップする事も無い。
敵も味方も、死ねばその場に死体が残る。
それなのに、死に戻りに期待をかけるなんてのは、現実逃避なのか、生きてる事からの逃避でしかない。
勿論、通常ならそうそう危険がある訳じゃ無いけれど、問題はやっぱり来訪者。
私達もそうだけれど、それなりのゲームキャラクターステータスが、こっちに飛ばされた時に上乗せされているらしい。
戦いなんて知らないし、武器の扱いも知らない私達だけれど、相応に強い状態になっていた。
そんな来訪者の中から、悪さをする連中が出ているんだから、急激に危険性が増しているらしい。
・・・理性とか、道徳観無いのかしらね?
あるいはオレTUEEEEとかやって、理性とか捨てた形での現実逃避なのかしら?
まぁ、葛西も逃避している実感は無かったみたいだから、無意識なんでしょうけどね。
ともかく、そんな状態で女三人、前衛不足で方々回るのは自殺行為か、あるいは女の安売り行為になるのは分かり切った事。
とは言っても、簡単に増員出来る訳でもないから、薫は先手を打ったみたい。
「で?」
「ん?」
「『ん?』じゃ無いでしょ。
薫は帰らない選択をしたのに、何で情報集めに出るわけ?
人員の補充って事は、薫は一緒に行くって事よね?」
「ん~、二人は決めて無いと思ったし」
「思ったし?」
「この時を逃したら、見て回る機会、無くなると思った」
成る程ね。確かにこっちでは、あんまり町を出て、色々歩き回るとかしないらしいし。
帰らずにこっちで暮らすなら、そうそう出歩く事も無くなるのかも知れない。
けど・・・
それは建前よね。歩き回る事があまり無くても、全く無いわけじゃない。
では何故か。その答えは多分、簡単に思い付いた“あれ”だろう。とは言っても、決め付けはダメな選択肢だから、確認しない訳には行かないでしょうね。
「あの、色々思うところもあるでしょうけれど、取り急ぎ今日の仕事にも絡むので、皆さんとしてどうするか、教えて貰えますか?」
そう言われて気が付いた。もう今日の勤務時間に入ってたわね。
薫への確認は、後にするしか無いか。
「んとね、別にここが嫌って訳じゃ無いんだけど、やっぱり自分達の事だから、色々回って情報収集したいなって思ってるんだけど」
「そうね。紗弓の言う通りだと、私も思ってるわね」
「成る程ね。薫さ・・・コホン。薫と同じ感じですね」
あの二人、いつからそういう関係になったんだろ。
まぁ、薫が望んだ結果ぽいからいいけど、知らない内って何か水臭い感じで、納得行かないかも?
「そこでですね、完全な前衛という訳では無いんですが、折角なので賢者様に、皆さんと同道して貰うのはどうかな、と思いまして」
「は?」
何を言ってるんだろ?
この日之本っていう国に、六人しか居ない中の一人でしょ?
私達と一緒になんて、どう考えても無理でしょ。
「賢者様に話しを振るにしても、皆さんの都合や意思も有るでしょうし、とりあえず会ってみるというならば、今日はそれを踏まえた配置にします」
「配置って」
「一応、町の案内を兼ねて、衛士衆から何人か出す事になっているので、会ってみるなら皆さんがそこに、という感じですかね」
成る程、だから仕事の話し、って訳ね。
「ちなみに、案内兼護衛、ではありません。
案内兼監視、ですね」
「監視? 何。危険な人なわけ?」
「いえいえ。ただ賢者様ですからね。
好奇心というか、何というか、非常に旺盛な方なので、突発的に何かしでかす可能性も否定出来ませんし」
「おいおい、失礼だな。
来ているのが分かっていて、そういう事言うのが、本当に失礼だぞ」
急に入り込んできた第三者の声に、私達は入り口を見ると、そこには長身の男の人が居た。・・・男の人?
見た目は二十代半ばくらいに見える。でも雰囲気はもっと老齢な感じ。でも、十代後半の様にも見える、不思議な印象。
赤みがかった灰色の髪に、濃い紫色の、山伏か修験者が着てる様な服装。手には、単に木の棒にも見える長い杖を持っていた。杖の先には鈴が幾つか付いているけれど、鈴の音はしない。
特徴的なのは頭の上にある、三角形の耳。明らかに獣人族、おそらくは猫かしらね。
私も、動きからすると紗弓と薫も気が付かなかったけれど、話しぶりからするとベイセルさんは気が付いていたらしい。
「儂は、雅章と申す。深淵の賢者と呼ぶ者も居るな」
「ちょ、深淵の賢者って」
「衛士衆からすると、賞金首じゃな」
そもそも六賢者自体、あまり人前に出て来ないので、所在不明ばかりと聞く。
とは言え一応の居住地はあるので、それなりには出向く事も出来るらしいのだけれど、深淵の賢者は居住地も不明で、放浪の深淵とも呼ばれている。
宮内からの呼び出しにも、この数年は一切応じていないので、生死不明とさえされていて、情報に懸賞金がかかっていたはず。
「賞金首とは、穏やかじゃ無いですね。
別に捕縛指示や、生死問わずと言う指示は受けていませんよ?」
「ベイセルは相変わらず暢気じゃの。
儂が今、この黒竜郷に居るという情報だけでも、確か二十銭じゃろ?」
「誰もそんな情報を流しませんよ。
流した途端、宮内から巡視隊やらが大量にやって来て、面倒なだけです。
町から発った後で、立ち寄ったという情報を流すのが利口でしょうね」
「知人を売るか。儂も人付き合いを考えんとなぁ」
やれやれという感じこそ出していても、顔は笑ってるのはおそらく、この賢者とベイセルさんとの間では、お決まりのやり取りなんだろう。
六賢者の中でも、一番所在不明と言われる深淵の賢者と、ベイセルさんとの関わりが分からない。
「私が西方より流れて来た目的が、世界樹の支樹だったのは、以前言いましたよね?」
「うん、聞いたよ。
元々住んでいた場所の森が、微妙に合わなかったんでしょ?」
そう。ベイセルさん達小神族は、自然と豊かさを司る、森に住む民だ。
森とは言っても、中心に世界樹、あるいはその支樹を持つ森だけに住むらしい。まぁ、そこから離れて生きるのも居るらしいけど。
ベイセルさんは生まれた森の空気が何となく合わない、森から離れる者と同じタイプらしいけど、かと言って、森そのものから離れて暮らすのも良しとしなかったらしい。
それで、世界を渡り歩いて、この日之本に来たって言っていた。
幾つか回って、ここ黒竜郷の近くにある支樹の空気が気に入って、住み着いたらしい。
「日之本に来て始めに行ったのは、別の支樹でしたけどね。
ともあれ、その頃目的は違うものの、同じ様に支樹を回っていた雅章さんと出会って、一緒にここまで旅をしたんですよ」
「は~、そういう知り合いなんだ」
つまりは、ゲームか現実かの違いはれど、私達みたいに、いわばパーティー仲間って事になるわけね。
そんな人の情報は、流石に売れないか。
深淵の賢者こと雅章さんは、千四十一年前に仙となった、つまりは仙人なんだとか。
仙となる前は色々やんちゃしたという事らしいけど、仙となった今では世俗にとらわれない存在らしい。
獣人種、特に猫人族かと思っていたのだけれど、それは仙となる前の存在の姿を若干残しているからだとか。
「とりあえず薫、に、前衛と言われたものの年頃の女性だけの組ですからね。なかなか条件の合いそうな方も居なかったので、雅章を呼んでみた訳です。
加えて、情報についても検証についても、好条件ですしね」
いや、それで賢者の一人を呼び出すって、どうなんだろうね?
色々オーバースペックな気がするんだけれど。
「とりあえず、問題無ければ皆さんに、町の案内に就いて貰いたいと思っています。
お試しみたいなものですね」
「お試しって・・・」
「ふむ。流石に年頃のお嬢さん方に、儂の様な爺を案内など、退屈かも知れんのぅ」
「いえいえいえ。そういう意味では無く」
「出涸らしですからね。
仕事として就いて貰った上で、問題無ければ同道という形で良いかと」
「ずいぶんな言い様じゃの。
否定は出来んが」
何か、そういう流れなのかしら?
でもさ、大物よ。しかもかなりの。
それを何で、私達が選ぶみたいになってるのかしら? むしろ逆なら未だ分かる。
いえ、逆なら私達ごときが選ばれる訳は無いんだから・・・訳分からなくなって来たわねぇ。
「うん、よく分からないけど、賢者様を案内すれば良いのかな?」
「ん。そうみたい」
え? 何で二人共普通にしてるの?
「良いみたいですね。
では、とりあえず昼まで案内をお願いします。昼食は手配しておきますから」
「ふむ。見目良いお嬢さん方に案内して貰えるとは、たまにはベイセルからの呼び出しにも応じてみるものじゃな」
あれ、何か私だけが、話しの流れから取り残されてるんだけど。私がおかしいのかな?
何だか訳が分からない状態のまま、紗弓に手を引かれて本陣から外へ。
二人が賢者と話しをしているけど、混乱状態の私は、話しの内容も頭に入って来ないまま、引き摺られる様に連れられて行った。
雅章と三人が連れ立って出て行った。
これで第一段階はクリアといったところでしょう。
後は午後に、理由を付けて戦闘連携の確認をさせて、組む方向に流れを付けないといけませんし、本当に面倒な事です。
気疲れで思わず溜息を一つ吐き、懐から遠話機を取り出す。
「あの人に一報入れておかないとですね」