0-2
「とりあえず、衛士衆から抜けようと思うんだけど」
突然の紗弓の発言に固まる私と薫。
別に、衛士衆を抜けるのは構わない。
こっちに来て既に一ヶ月程が経って、こっちで生活する術は基本的に学んだし、私より先にこっちに飛ばされた紗弓と薫は、私よりもこっちの生活に問題無いだろうしね。
でも、何故突然?
「え~とね、このままお世話になっていても生きては行けると思うんだけどさ、何か違うと思うんだ。
うち等も動かないと駄目かなって思って」
「それは、帰る方法を探るって事かしら?」
「それもあるけど、それだけじゃ無くてさ、えっとね・・・」
「言い難い事かしら? 私は何を言われてもかまわないわよ?」
「ん。私も大丈夫」
それでも何か考え込んでる紗弓。
そんなに言い難い事って何かしらね。
「えっとね、もしかしたらの話しだよ?
未だ何も決まってないんだけど、もし帰る方法が無いとしたら、さ」
あぁ、帰れない可能性を言い出し難かったわけね。
分からなくも無いけど。
「私は大丈夫よ。その可能性も受け入れてるから」
「ん。私も」
「そっか。そうだよね。
でさ、帰る方法があるなら、一人でも多くの人達が探した方が良いわけでしょ?
でも、帰る方法がもし無いなら、私達ってずっと衛士衆のお世話になるのかな、って」
成る程ね。確かにいつまでも衛士衆のお世話になってる訳にもいかないか。
勿論望めばこのままでも、多分文句は誰からも来ないだろうけど、それだと私達は、この町を離れたら何も出来ないままだ。
「うん、言いたい事は分かったわ。
でも何で今、その話し?」
「かっしー、捕まったじゃない。
あれで、未だに現実感持てない人がそれなりに居て、帰る方法探しが進んで無かったりするのかな、とか思ったり。
あとね、二人・・・紗とマリーも、もしかしたらこっちに飛ばされてて、困ってないかなって思って」
紗も、マリーも、デュアル・クロニクルで一緒にパーティー組んでたメンバーだ。
私が居た頃には未だプレイしてたけど、私で四人が前置き無く居なくなったんだから、それでも続けたのかは微妙ね。
続けていて、近くに留まっている間に飛ばされたなら、探せば会えるかも知れないけれど、二人残ってそれでもクエストを続ける為に、近くに留まっていた保証も無いのよね。
「難しいわね」
「あ、やっぱり未だ、衛士衆抜けてうち等だけで動くのは無理そうかな?」
「そうじゃなくて・・・いえ、私達だけでって言うところはそうかもだけど、それは後で話すとして、難しいと思うのは、紗とマリーがもしこっちに来てたとしても、出会うのが難しいという事ね」
「何で? 色々回って、来訪者の人達に話を聞いて行けば良いんじゃないの?」
分かってないわね、この子は。
「そもそも、来訪者は未だに増えてるのよ?
どれだけの人数、どれだけの町や集落を回れば出会えると思う?
しかも、来てるかどうかは分からないし、回った後の町に来るかも知れない」
「あぁ、そっか」
「しかも、私はあの二人の本名も、姿も知らないんだけど、紗弓は知ってるの?」
あ、目線逸らした。知らないわね。
「ん、私も知らない」
聞かれる前に、薫も言って来た。
この時点で、例えすれ違ってもお互いが分からないのよね。
もしこの状態で、人捜しクエストでも発生したら、無茶苦茶無理ゲーよね。
「まぁ、そこら辺は良いわ。偶然って事もある訳だし、運が良ければ何か情報が得られるかも知れないしね。
問題はもう一つ。最低でもあと一人、足りないわね」
「え~、私達だけで大丈夫じゃない?
未開の地を進むってわけじゃないし」
「普通に考えれば大丈夫だけどね」
「何か不安要素、ある?」
「葛西みたいに、こっちで悪さする馬鹿な来訪者も居るし、魔獣も居る。
こっちの人だって、良い人ばかりじゃないでしょ?」
「ん、前衛足りない」
「あ~、前衛かぁ」
この町の衛士衆には、紗とマリーの事は話しをしてあるので、私達と同じ様にこの町にやって来れば、いえ、保護されればかな? まぁ、ある程度は分かるんだけれどね。
とにかく、一応の手は打ってあるけれど、この一ヶ月程の間に動きは無かったから、私がイン出来なくなってから、流石に辞めたか別地域に行ったかだと思う。思いたい。
それでも気にはなるから、動いて情報を集めてみたいのは確かにあるけれど、今の私達は前衛が無手の紗弓、中衛が私で、後衛に符を使う薫。
前衛の紗弓が、武器も持たないスタイルというところが不安要素なのよね。
「その分身軽だから、何時も通り動き回って翻弄で平気じゃない?」
「疲労が蓄積すれば、動きは鈍るわ。
葛西が集めた連中程度なら、未だ平気だろうけど、もっと早くに飛ばされて来た中には戦い慣れたのも居るでしょうし、そんなのに出会って、運が悪いじゃ済まないでしょ?」
とは言っても、この町で留まっていれば、今後成り行き任せになる。
正直、帰る方法が見つかったとして、それを他人任せにしていたら、私達はただ、方法が見つかる事を待つだけで過ごしていたら、自分達の意思で帰るかどうかを選べるだろうか?
「それよりね、私は、もし帰れた時の方が厳しいと思うのよ」
「え~、何で? 帰れればその方が良いと思うんだけど」
「よく考えてみなさいよ。
あと少しすれば夏休みだから、未だ今はマシかもだけど、それでも既に一ヶ月以上、私達は学校に行ってないのよ?」
「ん。出席不足」
「あ・・・留年とか? って、帰れても、生活で苦労する事になるかも?」
「間違い無く、困るでしょうね」
帰りたいのは当然。
あっちで生まれ、育って来たのだから、当然私達にとっては暮らし易いのは事実だけれど、社会はそこまで優しくないのよね。
それこそ半年、一年くらいなら未だ、大変だけど何とかなるかも知れない。
でも、二年、三年経ったら? 十年経ったら? 戻った私達は、まともにあっちで生活できるのだろうか?
「うぅ。もしかしてこっちで一生過ごした方が幸せかも?」
「でも、家族はあっちに居るのよ?」
「・・・エマさん、どうしよっか。
何か、もし帰れるってなったらうち、凄く悩みそうだよ」
「盲目的に帰りたいってパターンと、むしろ残るパターンが有るわよね、異世界召還モノはね。
でも、現実となると、そう簡単な話しじゃ無いのよ」
「ん。同意」
「ってか、いい加減止めない?」
「何を?」
「その『エマさん』ってのをよ。
何で私だけ未だにキャラ名なの? しかも“さん”付けだし」
「だって、年上だし、頼りにしてるし、名前で呼ぶのは失礼かもだし~」
「だから、本人が止めようって言ってるの。
何だか、一人だけ他人行儀扱いなのは気になるわ」
「ん。寂しい?」
「言うな。分かってるけど恥ずかしいわ」
顔、赤くなって無いよね?
自分で言い出すのは、結構恥ずかしいわ。
「ん。大丈夫。真桜って呼ぶ」
うわ、薫は可愛いわねっ。
あ、紗弓が可愛いのは言うまでもないし。
・・・何で二人共、こんなに可愛いかな。私の立場が欠片も無いじゃないの。
でもまぁ、可愛いは正義よね!
昨日も盛り上がりすぎたかも?
エマさ・・・真桜が色々考えてくれるから助かってるけど、パーティーリーダーとしてどうなんだろうとは思う。
思うけど、私あんまり頭良くないしなぁ。
甘えても良いよって真桜が言ってくれるからそこは甘えちゃおう。無理なものは無理だしね。
とりあえず、衛士衆から抜ける事は、みんな同意してくれて安心。
私一人で抜ける事になってたら・・・多分一日も持たずに死んでるね。
でも、だからこそ、衛士衆に抜けるって言うのは、リーダーの私がやらないとね。
「おはよ~ございま~す」
いつも通りの出勤。
あっちでは私は学生だし、バイトもした事無いから分からないけど、挨拶は基本だよねと思って始めたら、みんなの反応が良かったから、間違って無かったっぽいんだけど、今日は挨拶に返ってくるものは無かった。
「あれ? 何で誰も居ないんだろ?」
本当だ、誰も居ない。
緊急事態なら、宿舎に誰かが呼びに来る筈だし、どうしたんだろ。
「お、三人ともおはよう」
出勤したら休日だった? みたいな衛士衆本陣--と言っても陣屋と呼ばれる施設の中にあるから“陣”なだけで、単なる事務所みたいな感じだけど--内に誰も居ないという状況。とは言っても、未だ高校生だったから休日出勤した会社員はイメージだけどね。
そんな事務所で呆けていたら、奥の部屋からベイセル隊長が出て来た。
この町の衛士衆本陣は、隊長の居住地も兼ねてるから、これはおかしい事でも無いんだけど。
「ベイセルさん、何で誰も居ないの?
今日はお休みだっけ?」
紗弓も同じ様な印象だったらしい。
けど・・・
「紗弓、衛士衆に全員揃ってお休みの日がある訳無いでしょう」
自治組織みたいなものなんだから、全員休みの日があったら大変だ。
「まあまあ。
えっとですね、ちょっとこの町にお客様が来てまして、他の、今日の昼番の人達は色々動いて貰っています」
「ん? 私達除け者?」
「違いますよ。皆さんにはその件に絡んで、少しお話しを聞きたかったので、早出の声掛けはしなかったんです」
私達に、町のお客さんに絡む聞きたい事って何だろう?
そのお客さんが来訪者とか? でもそれなら、この町には他にも居るし。
「とりあえず、座って下さい」
そう言って、囲炉裏端を指されて、私達は座る。
会議とかで円になって集まる時も、ここの衛士衆では囲炉裏端に座るから、何か暢気な印象なのよね。
勿論、夏に向かっている今の季節は、囲炉裏に火は入ってないけど。
「さて、先ず皆さんに聞きますけど、ここ日之本に居る賢者の事は、知っていますか?」
「確か六人、賢者認定されてるとか。
突出し過ぎてる人達の事だよね?」
「突出し過ぎてるって、まぁ、大きくは間違っていませんが」
「紗弓の言い方はともかくとして、要は何か技術や知識に秀でている人の事、ですよね」
「秀でてるという段階で収まるかは微妙ですが、そうですね。
神格を得てもおかしくない水準に至った者に認定が与えられています」
神格を得るレベルって事は、神族じゃないのに、その域に達したという事。
現人神や仙人、生き仏の域だから、聞いた事はあっても、当然実際に会った事は無い。
「その六賢者の一人が、今この町に来ているんですよ」
「へ~、大物って訳ね」
当然、名のある神族程じゃ無いんだろうけど、下級神族を越える知識を持ってるって聞くし、そもそも神族は知識と言って良いのか分からないからね。
土地神や自然神なんかは、そのものみたいなものらしいから、当然専門部分に関してはそもそも、知識云々でそれを越える事は無理だろうし、何千年とか生きてるのも居る訳だしね。
そう考えると、神格を得られる水準の知識を持ってるって、凄いわ。
「ところで、皆さんは今後どうするか、決めているのですか?」
ん? 話しが逸れた?
って・・・
「ねぇベイセルさん、あなた、私達の部屋に盗聴器でも仕掛けてるの?」
「はい? え?」
「何で今日、出る前に話してたばっかりの事を知ってるのよ」
「あれ? 岩崎さん、何か怖いですよ。
って、ちょ、ちょっと待って下さい。
加藤さんっ、どういう事ですかっ!」
「ん、また加藤って言った。
だから知らない」
「いやいや、知らないじゃなくてっ」
あれ? ベイセルさんと薫の様子がおかしい。薫が何か知ってる感じ?
「話しておくって言ってたじゃないですか」
「・・・・・・」
「加と・・・あ~もう、薫さん。説明を」
「ん、『さん』はいらない」
え? 何?
この二人の間に何かある?
「あ~、みんなさ、ちょっと落ち着こうよ。
何か分からないけど、みんながバタバタしてると、うちは余計分からなくなるよ」
「え、紗弓が一番冷静?」
「・・・真桜さん、何かヒドくない?」
まぁ、このままだと、話しが進まないのは事実ね。
「ん、ベイセルに、何日か前に話した」
「何日か前? 話したって、何を?」
「人員増強希望」
「人員増強って、衛士衆の?」
「ん~、パーティーの」
パーティーの人員増強って、どういう事だろう? 衛士衆から抜けて、自分達で動く話しは今日の朝、ついさっき紗弓から出たばかりだし、前衛が足りないって言うのもその流れだった。
何日か前? 何で?