(7)
小枝が始めに言っていた意味が分かった。
この話はそもそも成立していない。
いくつもの矛盾点から生じるずれ。
この話は不幸が偶然に重なっただけで、本当は愛情に満ち溢れた母娘の生活の話。
しかし、そこに投げ込まれた憎悪の欠片。
それは内側から生じたものではなく外側から作為的に投擲された悪意なのだ。
「分かったのはこの話は本来あるべき道筋からひどく捻じ曲げられているという事。外側の犯人。つまりこの話のいわば作者である人間。こいつのせいで母娘の生活は超絶バッドエンドストーリーに変えられてしまったわけね。」
「でも、なんでそんな事……。」
「あたしが解釈出来ないって言った理由はそこん所なの。それが分からないのがこの話の一番怖いとこね。ゆかりちゃん目線で書かれたこの話。どんな理由があって、どういう経緯があって誰がわざわざこんな話を流布させたのか。」
「ねえ、ちょっと思ったんだけど。だとするとこの話もいわゆるオリジナルから改変されてるって事になるのかな?この話自体が完全な創作のオリジナルって事はないのかな?」
「それはつまり、この話に出てくる内容は事実でもなんでもなくて、作者の頭の中だけでゼロから造り上げられた話かどうかって事だよね?」
「そう。」
「どう……かな。ただ人間って嘘ついたり話つくったりする時ってね。完璧じゃないんだよ。何か一つの嘘をつく時でもどうしても本当の情報が入ってしまうものなの。例えば浮気をした男がいて、それを怪しく思った彼女が彼氏を問いただす。”昨日あんたは何やってったんだ”って。男はその日確かに浮気をしていた。でも正直に言うわけにもいかないから嘘をつく。”昨日は友達と映画を観に行ってたよ”って。もちろんその相手は友達じゃない。でも映画を観たのは事実。みたいに、どうしても自分の記憶、経験とかがそこに出ちゃう事が多いの。だから多分この話もそういう事なんじゃないかなって。」
「そっか。」
「なんかごめんね。助けてあげられなくて。」
「そんな事ないよ。やっぱあんたの頭の出来は違うよ。うん。」
「あんがと。」
「それに、ちゃんとあんた助けてるじゃない。」
「ほえ?」
これで今回はよかったのかもしれない。結局は都市伝説なんてつくりものだ。もし小枝の言うように犯人というものがいたとして、その理由にまで足を突っ込んでしまえばそこには更に研ぎ澄まされた悪意があるに違いない。そんなものにまで触れる勇気はない。
それに小枝は助けてあげられなかったなんて言うけど、小枝の説の通りなら本当の母娘は救われている事になる。どこまでが作者の悪意かは分からない。でも少なくともお母さんはお守りにあんなひどい事を書いてはいない。もしかしたら旅行先で事故になんてあってないかもしれないし、ひょっとしたらそもそもお父さんだって生きてて三人仲良く暮らしているのかもしれない。そう思いたい。そう思いたかった。作者の思惑になんて飲み込まれたくなかった。
最初はこの話をした事を後悔した。でもそれも今は良かったと思えた。
小枝のおかげで、もう一つ知る事が出来たからだ。
それに改めて意識を向けると思わず目頭が熱くなって危うく泣きそうになるけど、本当に嬉しかったし、ちゃんと感謝しないといけないと思った。
“自分の子供ってどうしたってかわいいものよね。”
そう言いながら咲和が流華に向けた優しい視線。
ありがとう、お母さん。
今度お母さんが好きなプリンでも買ってきてあげるよ。
読了どうもでした。
このお守りの話、他にも何パターンかあるみたいだったのでこれを読まれて、「あれ、何そのパターン?」ってなる方もおられるかと思いますが、題材としてこちらを選ばせて頂きましたという事だけ書いておきます。