(3)
「お邪魔しまーす。」
「あらさーちゃん、いらっしゃい。」
「さわでぃーさん、どうもっす。」
「ごめん、トルコアイス食べちゃったから今ないのよ。」
「ええーちょっと!あ、じゃあ買ってきます!お遣い行ってきます!」
「ギャリギャリさんならあるわよ。」
「あ、じゃあそれで。」
小枝がこうやって流華の家に来る事はこれまでにも度々あるので、小枝と流華の母親である咲和との仲はもうすっかり友達のそれだ。人の親に対して咲和という名前からとってさわでぃーだなんてムエタイ国の挨拶のような響きで気安く呼んでしまうあたりは良くも悪くも小枝っぽいところだ。
求めたわけではなかったが咲和がギャリギャリ君を二本用意していたので遠慮なく流華も一本頂戴し、自室である二階への階段を上がっていった。
「クーラークーラークーラララー。」
小枝のリズミカルなクーラー要求ソングが聞こえてきたので早速冷房のスイッチを点ける。クーラーから部屋の中に涼風が注ぎ込まれてくる。
「おほー涼しかー。」
「あんまりこれに頼っちゃって慣れるのも良くないんだろうけどさ、そうも言ってられないわこの暑さ。」
「ああー救われる。神の救済、ゴッドブレス。」
「そんなクーラーの真下に立たなくって神の息吹は届くわよ。」
容赦のない太陽光を逃れほっと息をついていた所、部屋の扉がコンコンと叩かれる。
「お飲みものどうぞー。」
のんびりした口調と共に咲和が部屋へと入ってきた。両手に支えられたおぼんの上にはコップと大きめの茶ポットが載せられていた。ありがたい気配りだ。
「ありがとうございますー。やっぱり夏はティーですよね。」
「麦ティーの方ご用意させて頂きました。」
「至高!やっぱ夏は麦っきゃないですよね!」
「麦へのその絶大な評価はなんなの。」
「水分とらないとカラカラになっちゃうからたくさん飲んでね。」
「いただきまーす。」
と言ってる傍からコップに並々と注いだ麦茶をごるごると小枝は一気に飲み干してしまった。
「っぷはっ!うます!」
あまりのいい飲みっぷりに導かれ流華も至高の一杯に手を伸ばす。くいっとコップを傾けるとよく冷えた麦茶が瞬く間に体を潤していく。その気持ちよさにコップを置く事が出来ず思わず小枝同様に一気に流し込んでしまう。
「二人ともいい飲みっぷりね。」
「さわでぃーさんも一緒に飲みましょうよー。ほら、自分のコップ持ってきてさ。」
「人ん家の親に居酒屋みたいな絡み方しないでよ。」
「まあまあ。それならご一緒させて頂こうかな。」
咲和は盆を片手に一旦部屋を後にした。すぐにコップを手に戻ってきたところで小枝が気を利かせてポットを両手に構えお酌の用意をする。
「ささ、飲んで飲んで。」
「完璧に飲み屋の親父じゃない。」
「さーちゃんありがとねー。」
さすがに一気はしなかったが注がれた麦茶に口をつけた咲和はやっぱり至高ねと満足気に呟いた。
図らずもいつもの部活動のような三人パーティーが出来上がる。香澄先生はいないが安定感、空気感という所では負けていない。
「ではでは、今日はさわでぃーさんも交えてやっちゃいますか?」
既に小枝はもうこの三人で始めるつもりらしい。咲和だけは何の事か分からず、はてなといった顔を浮かべている。
「何かゲームでも始めるの?」
「ゲームではないかな。でもお母さんも結構好きなやつだよ。風物詩的なやつ。」
「あら、という事はジュンジ・イナガワ?」
「まあもはやあの人自体が風物詩的な扱いになってる所あるけどね。そ、怖い話を小枝に教えてあげる会。」
「いいわねー。お母さん嫌いじゃないわよそういうの。」
遺伝子といういうのはやっぱりちゃんと存在して、どういったルールかは分からないがそれは我が子に間違いなく受け継がれていく。流華がそういった怖い話に興味を持つようになったのも咲和の影響があったからなのかもしれない。
「さわでぃーさんもそういうの好きなんだー。」
「そうね。テレビとかで心霊特集とかやってるとついつい見ちゃうのよねー。怖いもの見たさって言うの?なんだか惹かれちゃうのよね。最近はめっきりそういうの少なくなっちゃったけど。」
「じゃあ、今日はさわでぃーさんに話してもらっちゃう?」
とわくわくした顔で流華の方を見る小枝だったが、流華はううんと首を横に振る。
「えーなんでよー。いいじゃん。」
「違うの。お母さん興味はあるんだけど、すぐ話忘れちゃうの。」
「へ?」
「そうなの。なんだかね、私って自分一人で納得して満足して終わっちゃうタイプみたいで。話を聞いてもそれを話のネタにしようとかってあんまり思わなくて、そのせいか後になってあんまり覚えてないのよね。人に言われると、あ、そんなのあったなってなるんだけどね。私も歳とっちゃったからかなー。」
「まあそういう感じだから、今日は私が話すよ。」
「お、るー自ら。いいよいいよ。るーがどんな話してくれるか楽しみ!うずうず!」
さて、何を話すか。記憶を巡る前に既にこれにしようと思っていた話があったのだが、母親同席になるとは思っていなかったので流華は少しためらいを感じていた。でもだからと言って他の話に切り替えるかと言われれば、あえてこのシチュエーションだからこそやってみていいのかもしれないとも思えてくる。咲和だからこそ分かるものがあるのではないかと思って。
「よし、決めた!」
「わっくわくーのうっずうずー。」
音符が飛び回る程上機嫌な小枝には申し訳ないが、これから話そうと思っているものは、おそらくこれまでの中で最も後味の悪い話だ。
小枝が一体この話に何を思い、どう解釈するのか。
「これは、ある女の子の話なんだけどね。」