←火口の園Ⅱ→
私は、何の準備もしていなかったので、カルロスのあまりにあまりな文句をそのまま懐にしまいこんでしまった。
自然と、手や足があったまってくる。後ろにいる奴を盗み見ると、環境の悪い積もった火山灰の上で片膝をつきハットを胸に掲げ、朗らかな笑みを浮かべていた。
「ハッハッハッハ!見かけどおりの慇懃な小僧だ。だが、こいつの本性は共に過ごすほど熱せられた鉄の如く伸び長くなる。どうにかしたかったら、お前がさっさと導いてやらんとな?ただ燃やされるだけでは、組むなどというのは徒労でしかない」
「はい。ご助言ありがとうございます」
先ほどと変わらぬかしこまった姿勢で、切れの良い返事をした。その蒼い目は師匠を尊敬と羨望の眼差しで捉えている。カルロスは私たちと異なる淵術師の一派であるが、師匠の名はあちこちに轟いているのでその噂を耳にしているのだろう。放浪癖のある師匠はフラフラとさ迷い歩き、そのだらしない態度からは想像もつかない酷い功績を立て続けているのだ。
しかし・・・本当にそれだけなのだろうか?確かに師匠は素晴らしい人だ。が、それ以前に眩しいほどの美人。カルロスも、あまりそっち関係に興味なさそうな人柄だが、男であれば皆その美貌に同じ夢を見るものだろう。なんせ私の唯一尊敬する師なのだから。
「炎。全く・・・、そう細々するんじゃない」
「・・え?あ、ハイ」
私は叱られた意味が分からないので、とりあえずうわべだけの返事をしておいた。
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金髪の女性はため息とともにその声を聴いていた。
(・・・やれやれ。これでは、先が思いやられるな)
黒髪をもつ少女の師匠は、実に人らしい熱い感傷を、心の中で呟いた。
「・・・」
それから、目の前で悶々とする弟子を軽く一瞥して、カルロス青年の隣に「存在している」謎の男に目を移す。
不肖の弟子とその相棒の会話に、一切の首を入れず淡々と見守っていた者。黒きその身なりは妙に火山と同化している奇妙。
(この人間・・・)
――――――――。
(どこを見ているんだ?)
その考えは、意見というより、その一言にたどり着く段取りをすっ飛ばした確信に近い感情だった。もともと彼女はモノの本質を
直観で見抜く癖があったので、思わずそう表現してしまった。らしくない、起伏のない感想であろう。
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「・・・・・。」
「師匠?」
黙り込むのを目にして、私はいぶかしげな面持ちを浮かべる。彼女に沈黙というのは珍しいことなのだ。
「なに、気にするな。ところで炎、その青年は誰だ?淵術師・・・・のように見えるが」
「はい、本人によれば淵術師だそうです。それも、伝説であると」
「伝説?」
「はい、伝説の淵術師だと言ってました」
「・・・伝説だと?・・・ふーん・・・・クッ・・・・・・ハハハハハハハハハハ!!」
快活な大音声が火口に響く。体を折り曲げ、腹を押さえ、目じりにうっすら涙を浮かばせる。
「・・師匠?」
師匠はこれまた珍しい大笑いをした。彼女はいつも堂々としていて、よく笑う。しかし、そこに大がつくというのは弟子である私さえあまり見たことがない。
「へーえ。やたらと笑ってくれるじゃないか」
その演芸じみた場面を目にした「謎」の青年がゆらりと会話に入ってきた。
「聞いていると、あなたは黒炎の師匠だという。本当かな?俺には信用できないな・・・」
そんな言葉をろうろうと、発しながら火口へのふちを乗り越えて真っ直ぐこちらへやってくる。両手を後ろにくみ、真面目な面持ちである。
「黒炎は、とても素晴らしい淵術師だ。人を導く黒き炎を扱い・・・、邪悪の根元を断つ勇気がある」
「良かったな、褒められているぞ」
ニコニコと、師匠は私を覗き見る。いや・・・、師匠?険悪なムードですよね?これ?
「それにひきかえあなたは・・・まだよく知りもしない人間を目の前にして、自重のかけらもない見下した笑いをする。それは、人の関係図を描くのに苦労しませんか?」
「おー。お前の言うとおりだ。私は人と、交友?というものを結ぶのが苦手だ」
他意のない返答をしらっと返す。
「ハハ。でしょうね。交友は大事なものですよ。自分自身では気づくことのできない様々な価値観を与え与えられる。幸福や不幸でさえ、人は自分一人でその存在に気付くことは不可能だろう」
そして私たちから3m程の距離まで近づいて、ピタリと停止した。赤が一杯の視界に、黒き人間がたたずむ。
「黒炎はこれからさらに、想像もできない偉大な淵術師へと成長する」
「うん。それはつまり?」
・・・初めて、その青年はニヤリと笑んだ。口元を歪めて、実に不愉快だと、その感情を隠しもせず前面に押し出した。
「あなたが上にいては下が困るんですよ・・・。」
「成程」
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おいおい、君も初対面でなんということを言っているんだ。と脳内で冷静に突っ込みをいれたが、現実ではそれを挟ませない、ピリピリとした緊張が走っていた。なんとなく上を見るとカルロスが困ったように片膝をつき続けている。火成岩と、格調あるラウンジスーツ。マグマの光と緑色の髪。ついでに優しげな微笑。
((ブハッ・・・))
この場に合わない不自然な格好を見て、吹き出しそうになるのをやっとの思いでこらえる。・・・ああ、うん。いや、え?
どういう状況?
師匠と、コウコ・ホエン君を交互に見る。二人は全く異なる笑顔を見せて対峙している・・・。コウコ・ホエン君はここに来るまでずっと無表情というか、表情はあるにはあるのだがすごく分かりにくい感じだった。それが今、初めて強い感情というものを見せた。しかし、あろうことかその大きな口元に邪悪な笑みを浮かべてしまっている。反対に、師匠はコタツでみかんにTVを見ているようなほのぼのとした笑みだ。余談であるが師匠は自分の部屋にコタツを置いてよくダラダラとする。彼女によると、コタツは人という種が見出した、床への新たなる干渉だという。
なにやらよく分からないがコタツに愛さえ届く思いを抱いているのは確かだ・・・。私にそういう執着したアレはないけども、うん、私もコタツは好きだ。ハイ、余談でした。・・・・・・え?誰に言っているんだ私。
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・・・この感じ。宙に浮いたような、現実にいて夢の中にいるようなふわふわとした五感。これは、多分、文字通り蚊帳の外。という状況なんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
時間にして1分あったかなかったか。
≫≫≫≫
≫≫≫≫
≫≫≫≫
「・・・・・・・ッ!?」
ひどく驚いた黒服の青年がいた。
≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
「う・・・うわわっ!?」
ドシャリ。
倒れてしまった。
デジャヴ。
「何故だ!?」
疑問。私も疑問。
「ほー。口だけじゃないんだな、青年。これほどの強さは久しぶりに見たぞ」
外套を待っていない方の手を顎に寄せて、師匠は感嘆のそぶりで黒服の青年を見つめる。
「私が笑ったのはあざけりが理由ではなかったのだが・・・誤解させてすまなかった。間違いなく、お前は類を見ん炎を持っている」
私には理解できない、何かで通じ合った会話を交わす。その言葉をうけたコウコ・ホエン君の戦意が、しおしおと消えていくのが手に取るようにわかった。
「・・・すいませんでした。俺も、カッとなってよく考えず動いてしまった。その言葉は、自分にとって大事なものなんですよ。・・・が、しかしあなたを試してみたかったのは確かです。いずれは手合わせをしていたでしょう」
謝罪とその理由をさっさと述べる。
「しかし、何故負けたのです?自分にはよく分かりません」
「おー、そうだな。お前の火力も、そのコントロールも大したもんだ。しかし、推進力が足りなかったな」
「推進力、ですか?」
噛みづらい食べ物を無理に噛むがごとく、師匠の放った言葉を解釈している。よほど噛みにくいセリフだったのか、
世界が止まったと錯覚するほど彼が醸し出す雰囲気は度し難いものだった。
「そうだ」
にべもなく。
「火に推進力なんて・・・なんのために・・・・」
「知りたいか?」
「教えてくれるのですか?」
ああ、天に動いている星という星が、その光を一斉に自分へと向かって注ぎ、ここがスポットライトになっている。そんな印象がみてとれた。
「うむ。そのかわり、青年よ。私の弟子になれ」
しかしスポットライトは、必ずしもただ照らし出す、という訳でもないらしい。
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「・・・分かりました。これからよろしくお願いします。俺はコウコ・ホエンと申します」
「ああ」
「炎、そういう訳だ。彼について、良き計らいを期待しているぞ」
師匠は普段と何一つ変わらない態度でそう言ってのけた。
「ちょっと納得も何もないのですが・・・・」
即断即決。しかしこの意味の分からなさは、いつものことといえばいつものこと。常人や、どころか淵術師でさえも彼女が何を求め何をしているか理解できない。そんな行為が功績になって、これまでの時間を作り出してきたのだ。
その天才はドテンと後ろに倒れこんだ、どういうわけか敗者で同じ弟子になった男をアゴ指す。
「・・・?赤い、ですね」
目を移すと彼の足もとの地面が真っ赤に光っている。それも、くっきりと彼の足の形をしている訳だ。
火を起こす時に使う種火のような、燃え上がる一手前の状態。・・・28cmはあるな
「分からんか」
「?」
「私たちは互いに地面を通し、足の裏を焦がし合っていたのさ」
「・・・・は!?足から炎を出したのですか!?」
足から炎は出せません。正確に言えば炎は視界に入れておかないと、すぐにコントールがきかなくなってバラバラになってしまう。熟練の者でさえ、必ずこの過程を踏む。
そんなところから炎を出すなんて、制御技術の長い歴史を塗り替える勢いだ。だが真に恐るべきは、それを可能にした黒服の青年だろう。いったい何者なのか・・・?
カルロスのように足に纏う者たちも、一度は炎を手に収めているというのに。
気になって、チラリと盗み見る。しかし黄緑色の炎を持つ彼は、その言葉を糧とするように耳を澄ませ、目を閉じていた。
わずかな嫉妬も見せず目の前の経験をすぐにいかす努力をする。
「・・・・・。」
彼の突出した才能は、そういうところに原因があるのかもしれない。
「こ、黒炎・・・」
茫然と倒れこんでいた男がわなわなと声を絞り出す。
「黒炎、確かに負けてしまったが失敗というものは取り返せると俺は思う!」
またこの感じ。何故そこで弁明なんだ?教えてもいない私の名前も知っているし、いつかどこかであったのかしら?
一瞬あてのない答えを探そうとしたが、すぐにやめて向き直る。
「あーはいはい。もうそれもひっくるめて後で聞かせてもらうわ」
「え!?」
「それより師匠、今日あったことをお話ししたいのですが」
「だろうな。まあ、立ち話もなんだ。中で聞こう。」
「何か用事があったのでは?」
「ああ、レリオートの奴らに頼まれてな。が、特に面倒な用でもなかったし、行かなくていいだろう(!?)。オイ炎、サッサと門を開けろ」
大胆不敵な言葉の最後に、自分のプライドをボロボロにした、正直考えたくもない文字が混じっているのを聞いて、プロの演劇者もひいてしまうくらいのガックリをやってしまう。
話をしているうちに、湧き出たマグマが窪みをすっかり塞いでしまっていた。
「はぁ・・それが、どういう訳か開かないのです。」
「私がいたからだろう。このゲートに入れ違いできるほどの労わりはない」
そうなんでしょうか。今まで何度も出入りしていて、入れ違いなんてあったことはありませんが・・・。
ふと見上げると、夜空が白々と明けてきているのに気付いた。うっすらと輝く星が、私の傷ついた心をなぐさめる。
・・・どちらにせよさっさと入ってしまうことがベストだろう。考える時間が、今は欲しい。
祈るようにホウキを握って、呪文を唱える。
「-----我、ここに名を冠するもの。黒炎」
「-----いざ異界より誓約に従い、隠された真の道を示せ」
何故かわからないが、赤い炎が当たり前のようにホウキから飛び出して、マグマに落ちる。すると、聞いたことのあるゴゴゴゴゴゴという音を響かせながら、当然のように火口に大きな穴が開いた。かたまったばかりの溶岩石が階段になって奥まで続いている。
「ええええ・・・・・開いたわ・・・・」
私は力が抜けてフニャリとホウキにもたれかかる。
「そうだね・・・・」
カルロスの同情的な声が聞こえる。疲れがドッとやってくる。
「だめだ。今日一日でもう私・・・私・・・・・」
「・・・・・・・・・黒」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあいいか・・・・」
(・・・いいんだね)「フッ」
(・・・いいのか)「ふーん」
(いいんだな)(開き直ったな・・・)
――――――立ち直りが早いのもまた彼女の特徴である。
それから私は、めげずに体をしっかりと起こして、くるりと振り返り次のような提案をした。
「部屋に作り置きのパンがあったわ。ああ、お腹すいた。分けてあげるからさっさと行きましょう」
スタスタスタスタ・・・・
(((腹が減っては戦が出来ぬ、か・・・。)))
とっとと先導する黒炎に続いて、一同は呆れたように、ぞろぞろと後を追った。
―――――切り返しが早いのも、また彼女の特徴なのだ・・・・