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(あの赤黒い足は一体なんだったのだろうか・・・)
私は鼻の下をこすって、湿気でべとついた髪を一瞬さわる。
・・・濃い泥土の匂いがした。
上では曇り空が大量の雨粒を抱えきれなかったのか、迷惑にも土がぬかるむ程度にザァザァ雨や音をこぼす。
傘・・・では防ぎきれないので、レインコートを二枚重ねではおる。背中にあるリュックサックは非防水性なためコートの中だ。少々不格好になってしまう。
歩く道に急な坂が突然現れるため、注意して足のおろす場所を探す。ホウキを杖にしてしまうことも考えたが、こんなところで傷でもつけて、戦いのときに不安が残るようでは未熟者にしても始末が悪い。
「よっと」
そばにあった樹のひだを無理くり掴んで、体を前進させる助けにした。まだ目的地は先だ。そう考えたら汗がじわりとにじみ出す。
両手を腰に当て後ろを振り返えり、仲間に声をかけた。
「みんな、しっかりついてきてるわね」
「ああ、もちろんだよ」
自分と同じようにレインコートをはおった男が
返答する。普段の洒落た格好とは正反対の見た目だった。まあこの大降りの中じゃあ、対策のしようもなかっただろう。
「・・・」
「?なんだい?」
「いや、そういう姿のあなたを見るのは初めてだったから・・・その、」
行き過ぎるくらい身だしなみに気を使う男は、ドロがはね、雨に濡れ、精神的にまいっているに違いないだろうし・・
「ハッハッハッハ。お気遣い感謝するよ。確かに、まさかこのようなところに来ると分かった時は大変だと思ったけどね、同時に心待ちにしてもいたんだ」
「どうして?」
「ふむ。実はこのところ厄介な問題が発生していてね。このままではどうにもならなくなるだろう・・・。そんな暗雲立ち込める未来が見え始めていたんだ」
スッと表情が硬くなり、沈み込んだ顔をする。
「しかしこの場所は、新しい風を吹き込んでくれた。この森林、雨、そして僕。この三つが凝り固まった価値観を、吹き飛ばしてくれたんだ」
「はあ」
「今の僕は、過去の僕をまさに超越した立場にある。それほどの新鮮な風だったのさ・・・・丁度いい、ここで一つ、吟じてみようか」
「遠慮します」
私の顔をみたカルロスがびくっとした。
「それより、あいつはどこなの?姿がみえないけど」
「おや?先ほどまで確かにいたはずなんだが」
私は彼と一緒になってキョロキョロと周囲を見渡した。人間の胴とだいたい同じ太さの木が狭苦しく散らばっている。
木の根っこが入り組んでいる場所も多く、無意識に歩きにくい印象を覚える。雨と相まって、風景イメージそのものが人間を吸着してくる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ザアと降り鳴る雨の音の端で、かすかにそれとは違う、異様な音がする。
私たちは打ち合わせたように耳をそばだてる。
↲ーーーーーーゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ、ゼェーーーーーー↱
・・・。
カルロスがぬかるんだ坂を慎重に下って、かなりしんどそうな声のほうへ歩いていく。
・・・
少し時がたって、二人の人物が鬱蒼とした森の奥からフラフラと近づいてくるのが見えた。
↲ゼェーハァー、ゼェーハァー↱
「あの・・・大丈夫?」
↲ゼェーハァー、ゼェーハァー↱
カルロスの肩にべちゃっともたれかかっているその男は、今さっきまで海の底へ素潜りしていたような長い息遣いをしている。
私たちはすぐそばにあった樹に近づき腰を下ろした。雨は完全にしのげていないが、心なしかまだマシな気がした。またそこはたくましい根が張っていて土の泥がつく心配もいらなかった。その人物が十分に回復するのを根気よく待つ。
十分は経過しただろうか。ようやく息が整ってきた。レインコートのフードがついた首をがっくりと下げていまだに肩を上下させているが、声はもうだせる調子だ。私は肩に手をかけて覗き込んだ。
「大丈夫?」
「・・・なんとか」
大丈夫ではなさそうな疲労困憊の面持ちで答える。
「意外と、体力はなかったのね」
「君たちがありすぎるんだ!」
キッとこちらを睨みつけ、またすぐにうなだれる。
「まさか国境を足でこえて、その上現地まで直行だとは、想定の範囲外だ・・・」
「仕方ないでしょー、私たちは人目を気にする必要があるんだから」
「だからって!この時代は道具がとても便利な発達の仕方をしているじゃないか。もっと暗くなるのを待って、それなりの航空機で侵入すればいいだろう?」
「できるだけリスクは減らしているの。それに本部の意向だししょうがないわね。「一度我々の存在が明るみに出れば、そのもみ消しに作業にどれほどの資本を費やさねばならないと思うんだ?」らしいわ」
「それは君のお師匠さんの言葉かな?」カルロスが興味深げに尋ねてきた。
「まあね。ちょっと神経質なところがあるのよ」
「くっ、聞いていたよりも資金に余裕が無いとは・・・。長い伝統と格式のある組織ならば各界にコネクションを持つのは当然のことだろう!何故これほど自由度が低いんだ!」
ああだこうだと喚き散らす。不満を言うだけの元気はあったらしい。
「僕ら淵術師はその長すぎる歴史のために、内紛も多かったんだ。多くの流派が存在するのもそのせいさ。それに、真実を探求するという目的は誰であれ影をつくりやすい。組織としての行動はやりづらいものがあった。またその秘匿性は政治への介入を淵術師同士で牽制する役目を担っていた。非公式の了解があったんだよ」
「・・・うむ。しかし、いくらでもやりようはあっただろう」
「ハッハッハッハ。そこは至らぬ僕の不徳がなすところさ!」
「いや、それはカルのせいではない。・・・すまない、大人げなかったよ」
「なあに、お互い様さ!ハッハッハ!どうだい、ここは仲直りの証に一つ吟じてみようかーーーッ!?」
カルロスは私の顔を見てビクッとして、しゅんとした。
軽い溜息をついて雲がひしめきあう空をなんとはなしに見上げる。今私たちが向かっている場所は森の奥にある森のどこか。そこは今いる場所とたいして変わらない風景が広がっているのは確かだ。というのも、ブグを索敵するために飛ばした火がとある森の一帯に反応を示したためである。淵術師の仕事とはいえ、まともな交通機関を使えず宿も使えず、討伐を行えばすぐとんぼがえりという一本調子の活動形態にはまあ文句の一つもでるだろう。その反応は当然だといっていい。私といえば、ここしばらくカルロスとコンビを組んで、この奇妙な儀式をやりくりしてきたので多少は慣れっこになってしまっている。
ところでーーーー
「そろそろ日の入りが近いわね。暗くなると森はかなり危険な場所になるわ。加えてモンスーンの影響で発生した雨雲が、土と視界を悪くさせているしね。できるだけ現地に急いだ方がいい。立てるかしら?ええと・・・?」
チラリとカルロスを見やる。キラッとした白い歯が返ってくる。いやそういうのじゃないんだけど。
「なっ・・・!?信じられない!俺の名を忘れたのか!」
いったんは普段の冷静さを取り戻したが、また元気になってしまったようだ。
「いや違うのよ、その、あなたのことをなんて呼べばいいのか迷って」
少し申し訳なさそうに微笑みを浮かべる。それをみた男はなんだという感じで、
「俺の名はコウコ・ホエン。コウとでも呼んでくれ。あまり見かけない名前だろうが、」
人のこと言えないけどもそう思う、
「俺は自分自身気に入っていてね。気軽に声をかけてくれると嬉しいよ」
「ええ、コウ。もう体調は良くなった?」
「ああ。これだけ休めば大丈夫だ。黒炎」
あぐらをかいていた膝に力を入れて立ち上がった。その状態から見て疲労は深く残っているが、大分回復しているのが見て取れる。
「それでは、目的の場所に向かうとしようか」カルロスがスッと立ち上がってリュックサックを背負いなおす。
彼自身もいくらか疲れをとることに成功したようだ。
それに返答して腰を上げ、私は目的地へと向かう。しかし、まさか組む人数が3人になるとは思ってもいなかったな。
振り返って二人がしっかりついてきていることを確認した後、今度こそ足取りを真っ直ぐにした。
何故、チームが3人になったか。それは少し時をさかのぼる必要があるーーーー
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