再始動⇒
改稿が好きです
↖ ↑ ↗
世界に対する答えとは、生存なのだろうか?
闇とは何故あるのか?ならば
炎とは何故闇を照らすのか。
←どうして死があるのか。 →
安心してほしい。
ほとんどの人間はそれに答えず土にかえる。
出さなくてもいい答えなのだ。
そしてそれもまた、一つの答えなのかもしれない。
↙ ↓ ↘
これは世界真実を探求する宿命持った人間の話である――――。
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「うーん。なんていい夜なんだ!ワイン片手に、情熱的なクラシックでも流して身をゆだねたい」
「まだ言ってるの?うっさいわねー」
「フ。分かってないなぁ。こういう夜はいい朝を迎えた日でないと拝めないものだ。朝はなんていうか、夜の美しさを引き立たせる良い役者だと思うね。うん、うん」
はぁ。この男はすぐこれなのだ。髪の毛を緑に染めて、上下を灰色のラウンジスーツできめて、黒の生地に黄色の刺繍が入った山高帽ならぬハットを頭に乗せて。目は見事な碧眼で、肌は白い。身長は180あるだろう。スタイルは悪くない。
それから―――腕組み足組み気取ったポーズで窓際の壁にもたれかかっている。
キザ野郎の完成版というのは多分コイツのことだ。どこかの酔っぱらった出版社がキザ野郎大全なんて全く需要層が想像できないトンチキなものを出すなら、すぐに切手を貼って、LCC速達で送り届ける自信がある。
「あなた」
楽しげな笑みを絶やさずに、彼はこちらに顔を向ける。
「なんだい?君もこの輝く夜に浸りたくなったかい?永遠を思わせる広さがあり、人の夢が星々のきらめきに変身したような幻想的な夜に。それとも、ちょっとした詩でも浮かんだのなら、是非とも聞かせておくれ」
「仕事の時間よ。その狐に化かされたような、ロマンス大冒険顔を止めて」
私は腕についている古臭い時計にポトリと目を落とした。時刻は深夜3時を回ろうとしている。
「おっと、そうだった。こんな美しい夜月はめったにないけれど、仕事だったら仕方がないね」
「そんなにみたいなら早く終わらせればいいのよ」
そう言って隣に立てかけておいたホウキを取り、ベンチに手を付き組んだ足を直して立つ。
確かに、今日は月の光が強く感じられる。その理由はこうだ。ここは70階はあろう高層ビルの最上階。
展望室として造られたこの階層は、例によって壁が大きなガラス張りで出来ていて望遠鏡がいくつか置かれている。
ただビジネスマンが息抜きに利用する以外の使い道がなかったせいか、特に見栄えしない絨毯と横長のベンチが数個あるだけだった。
空が近い上に人けが無いため、部屋全体から目に見えそうな秘密の香りがただよう。電灯の黄色い光がなんとはなしにふんわりしている。それに静かだ。もし小さな音を立てでもすれば何倍にも拡大されてどこまでも反響し、重大な事件が起こった気がすることだろう。人間の世界にしては現実主義とかいう個性が、邪魔以外の何物でもない。例えるなら、新聞ばかり読んでいるお堅いおじさんはお帰り下さいな?という感じ。
――見れば部屋の電灯の光が窓ガラスに反射して、とある女性の姿を映し出していた。
黒いブルゾンに白いクルーネックケーブルのニットを着ている。そこそこ値段の張る灰色のジーパンを履いて、動きやすい格好を意識した外見だ。靴は黒のニーハイ。ヒールのない健康なものだ。
髪は肩口にかかる程度までおろしていて、黒い。
目は残念なことに隣で優雅に仕事の支度をするやつと同じ碧眼である。顔はそれなりに整っている。歳はーーーそこの青年と同じくらいの18~20に見える。何の変哲もない、茶色のホウキを面倒くさそうに右手でブラブラさせて、左手を折り曲げて腰に当て電車でも待っている感じだ。・・・よく見れば口が不満げに尖っているのが映っていて、こっぱずかしくなり、素早く背中を向けてしまった。
「よしよし、用意はできたよ」
「そう。じゃあやるわよ」
手をひらひらと振り合図をしつつ、コツコツと壁に歩み寄って電気のスイッチを消した。パッと暗くなった。広い空間設計をされた高い展望室ではあったが、大きな窓から入る街の電飾や月の光が結構あるため予想通り室内はかなり明るかった。よし。
それから部屋の真ん中に行った私は、ホウキをバトンみたいにぶんぶん振り回して呪文を唱える。
「我、ここにその名を冠するもの。黒炎」
黒は私の姓で、炎は名前だ。
「いざ異界より誓約に従い力への門を開け。」
はっきりとした口調でそうしめくくった。
すると、足元に揺らめく赤い炎が急に表れて、ぐつぐつと円の形に広がっていく。炎が半径1.5m程広がるのを確認してから、私は続編の呪文を口にする。
「炎よ、収束して集え」
煮えたぎる炎が急に背伸びをするように高くなったと思えば、そのままホウキに向かっていき、吸収されてしまった。そのかわりにホウキは真っ赤な光を発している。
「ほう。やはり君の火は勇敢に荒ぶりつつも見とれてしまうような、正確無比な呪が練りこまれている。流石、かの高名な師を持つだけのことはあるよ」
「はいはい」
「はっはっは、では、今度は僕の番だ」
フッと笑みを崩して真剣な面持ちになる。片手をボトムスに突っ込んだまま、もう一方の手を仮面でもを外すかのように顔の前に掲げる。
「我、ここにその名を冠するもの。カルロス・チェーザレ。いざ異界より誓約に従い力への門を開け」
カルロスの周囲に丸い高速回転する炎が現れて、そのまま取り巻いてしまった。私の炎とは違い黄緑色をしていて、かなり機敏で統率のとれた動きをする。
「炎よ、収束し、ここに集え」
ヒュウンと、炎は履いている靴に集まり、私のホウキと同じくまばゆい光を放ちだした。高級そうな牛革のウエスタンブーツだ。
「それで、今日はどうするんだい?」
一連の儀式を終えたカルロスが、真面目な調子で聞いた。
「そうね。今日のやつはすばしっこいわ。多分、一度でも気を抜けば倒されてしまう。ま、あなたが気を抜くことはないでしょうけど」
「はっはっはっはっは!なるほど、君は僕のことを思った以上に評価してくれて
「で、いつも通り、私がとどめをさすわ。あなたは隙をみせるまで注意を惹きなさい」
「ふむ。今回の敵も君の領分なんだね。了解したよ」
私の炎はーーーなんていうか特別だ。普通の炎とは違って、少しやんちゃというかなんというかーーーー
「君の炎の強さといったら。どんなものでもたちまち見るも無残な黒い炭に・・・」
「うっさいわね!」
炎は本来、こういう使い方をするものではない。もっと神秘的で優しいものである。夢を魅せる幻惑的な火の揺らめきや、澄んだ空気を焚き付ける厳粛さ。見る者によってはその美しさに言葉をなくすのがつねだ。でも私のに限っては何故か・・・
ああ、いや、今そんなことを考えていても仕方ない。
私はいささか緊張感をなくした深夜の部屋に、殴るように左手を突き出して、人差し指をピンと伸ばす。仕事だ、集中しろ。
「炎よ、聖を備え、魔をここに映せ。」
指先から、白い火がマッチのようにシュボっと着火した。そしてそのままフルフルとずり落ちて、まるで水たまりに向かう水滴のように、地面にしたたり落ちた。この動作に、会話を混ぜるという砕けた説明など必要ない。カルロスはハットを用心深くかぶり直し、火の落ちたところを注視している。怪奇的な儀式が行われる合図がこの行為そのものにあるのだ。
床の表面が波紋を立ててざわざわと広がり部屋の端にたどり着き、やがて奇妙に静まった。途端におよそこの部屋には似つかわしくない、ギュルギュルという音がして、渦潮のように目の前の空気が複雑に回転し始めた。
突然そこにブラックホールが出来たと評してもいいくらい、不自然な光景だった。
「{[
~~~~⇉➔⇈↗┏➩?┛⇈↞~~~~~~
]}」
「ッ!」
何かが閃光となって、その空間から飛び出る。
速い。
私はサッと横に転がってなんとか回避する。
その何かはそのまま向かい側の大きなガラスに衝突したが、ガラスが割れる気配は一切なかった。質量がないのだろうか。
「これは・・・グロイわね」
素早く膝立ちになり、目の照準を相手に合わせ、観察。思わず顔をしかめてそうもらした。
その何かには、丸太ほどの足が一本ぬっと生えていて、四本の腕がしっかりと丸い胴にくっついている。長い指は・・・7本。
人でいう頭の部分に、クチバシだけが慎ましやかについていた。全身は絵の具のような赤い色をしている。
グロテスクなそれは、全身をロボットダンスのように小刻みに揺れ動かし、ゆっくりとガラスの上に立ちあがった。
「平面に立っているのか?いったい何を練習したらそんな真似ができるんだろうね?まったくもって興味深い。言葉って理解できると思う?黒炎?」
のほほんと話す彼はこれでもいつも通りだ。この状況で少し驚いているようだが。
「カルロス、ふざけている場合じゃないわ。チッ、この閉鎖的な場所では不利ね。素早さはこれに裏付けされたものだったか。こんな大事な情報を逃すなんてね。してやられたわ」
戦闘の構えをとりつつも、苦虫をかみつぶす表情を隠せなかった。
----私たちは、自分たちの事を淵術師と呼んでいる。太古の頃から続いている伝統性があって、火を使いこの世界の真実を探求している。何故そんなことをする必要があるかは、もう誰にもわからなくなってしまっている。
実に気の遠くなるような古い歴史を持っているのだ。そして、やはりというか様々な儀礼儀式を行っている薄気味悪い連中だ(自分でいうのもなんだが)。
淵術師が生息する数は基本的には、中世ごろに大変多く量産された純粋魔法使いに×2をして3で割ったぐらいかもしれない(私の感覚を信じるのであれば)
また、常識ある淵術師は日の目を見ない。それぞれ淵術師には尋常でない強い目的意識があり、各々が様々な思惑の内に生命を遂行している。だから、世の中にはびこる光や言葉が苦手。知識を求め闇に深く深く潜っていく態度は、極限の集中力に似た真面目さがあるのだ。この真っ直ぐな感情を否定されたくない気持ちは誰にでもあると思う。私たちはそれを専門としているだけだ。
ああそうそう、最初に淵術師は真実を探求するのが素性である・・・とはいったものの、根っこがそうであるだけで見つめている先は何やら不可解なモノばかりだ・・・。
その中でも極めて奇妙な儀式があり、こういう「何か」を退治するというのがそれだ。
淵術師たちは、この「何か」のことを「ブグ」と呼んでいる。ブグはこの世のどこかに必ずあるという歪に潜んでいて、直接的な害はない。火を使い、呼び出さない限りはそこに居座り続ける見えないカビのようなものだ。
ただ、往々にして伝統や慣習なんてものはとっくに意味がなくなってしまっていても続けなければならない面倒くささがあって、今日も今日とて仕方なしに退治へと駆り出されている始末だーーー。
「黒」
カルロスには私の名前を呼ばせないように強く言いつけている。なんとなーくムカツクくからだ。
「僕がとどめをさそう。動作から見てきっとあれは直線的な動きをすることだろうし、立体空間的な攻略は僕のソリテが得意だ」
ソリテとは淵術の呼称である。私は日本で学んでいたが、カルロスはフランスで学んだ。淵術には流派が多くあって、黄緑色の炎はソリテ淵術と呼ばれている。
「危険ね。あの手をみなさい」
「手?四本ある」
「そこじゃない。指よ」
「指」
指が四つの腕に七つずつ、計28本。よく見れば、一つ一つが物凄い筋肉質で覆われている。
「強力なグリップだわ。あれじゃ、どうやっても絶対に追いつかれる。壁をつかみ、最高速で走る新幹線がレールなしで直角に曲がるような力押しの移動をとるのよ」
「ゾッとしないね。確かにそれでは却って逆境をまねくだろうね」
肩をすくめてみせる。
彼の炎は、一定範囲の空気を強く燃焼して一時的な真空を作り出す。それを利用して空気抵抗をなくし高速の移動を行い、敵と戦うのだ。しかし敵を燃やすための炎は長い時間をかけて安定した状態で熱を高め続けなければならない。その一時的な炎に厚みはないのだ。
さらに移動しながら、なんてのはもってのほかだ。また、赤い肌をしているブグは例外なく炎に強いことが良く知られている。
我が物顔で部屋を飛翔するようなブグが相手では安息の時間など作れるはずもなし・・・。この状況では分が悪いといったところか。
気味の悪いブグは動きを止めてこちらの様子を窺っている。クチバシが鳥類のよどみなき眼を連想させる。見ると一本だけある足が膨らんできていて、既に動き出す気配があった。
「ふーむ。こんな緊迫した時こそいい詩が思いつきそうだねぇ。そうだね、この状況・・・、」
「私が退治する。カルロスは囮ね?」
ブーンとその閃光の如きスピードに似つかわしくない擬音がして、こちらにブグがまっすぐ突っ込んできた。私はすぐにホウキを突き出して迫りくるブグにかざす。ブワッと炎が現れて、灼熱が赤い体を焼いた。
「今よ!」
もがくブグの隙をつきパッと二人は散って、位置につく。
壁際に背を向けて、私は防護呪文の詠唱をした。ホウキから炎が現れて、身を守る盾となり姿を完全に覆い隠した。
「{[⇉➔↗➩?△⇈↞]}」
歌のうまくない人間が人生を諦めてしまったかのような暗い奇声をブグは出す。
・・・もしかしたら、燃やされてケッコー怒ってるんじゃないか?ブグは真っ直ぐに私を見て足に力を注ぎこんでいる。・・・しかし、ブグに感情があるなんて聞いたこともない。
「----オイオイ、僕はそんなに魅力がなかったかな」
人影が疾風の様にブグの眼前にあらわれたかと思うと、クルリと回って足をかける。
切り裂く勢いで繰り出された足払いは軽々と怪物を地面に叩きつけたが、その面持ちに全く動じる様子はなく、のそりと起き上がり小刻みに体を揺らす。目の前にいるカルロスを完全に無視して、再び黒炎をジロリと見つめる。
懐に走りこんだカルロスは黄緑色の炎を足先に絡ませ、イカズチのように腕に突き刺す。
少々ダメージを受けてよろめいたブグは、またひっくり返るも、今度は指を地面叩きつけ、食い込ませて、ビタリと止まった。クチバシが穏やかにカルロスの方へと向き、しばらく停止する。それから何の予備動作もなく、ブルブル動く大足で地を打った。
「ハッ」
歪んで見えるほどのスピードを殺すことなくヌルリとかわし、胴体の上に着地。貴公子は緩やかに崩れたスーツの裾を払ってハットの位置を正す。四本の腕がすぐさまうねり出し、余裕の彼を捉えようとする。
「遅すぎるよ」
足元からブワッとイエローグリーンの炎が舞い上がり、襲いくる全ての腕を焼き焦がす。
そこでブグは、天井に押し付けてやろうと全力で足を伸ばしたがその瞬間、いつの間にか下に降りていたカルロスが踵をつついて転ばした。
・・・・私の予想した通り、この怪物にも怒ることがあるようだ。
雄たけびをあげ、見境なく、もう手と足を振り回してカルロスを掴むことに必死だ。
クチバシが泡を吹いてカチカチと噛み合わさる。
「黒、まだかい?」
「-----いいわよ」
ブグの前に立ちふさがっていたカルロスは不意に、彼女が見えるように、体を横にずらした。
黒炎の身を守っていた炎がいつの間にか収まっている。
それがブグの視界に入った時、雰囲気が残酷な色調に変わった気がした。予想だけれど、多分こう思っている事だろう。
「「そういえば、アイツは最初オレノ体をヤイテくれたんだったな」」
(・・・嵌った)
ブグは地面をダッと蹴って、恐ろしい勢いで黒に迫る。
「炎に導かれし真なる力よ、炎の力を纏い、顕現せよ。」
ブグが標的の体に衝突する・・・
私は目開いて、静かに囁く。
「転炎地」