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ひどく、気に入らなかった(過去)

 少し細い目に、仏頂面に近い表情。黒と白のコントラストがされたメイド服を着てはいるものの、この態度は何なんだ、と言いたくもなる。髪も適当にひっつめただけ、という、あまりにも女らしくないメイドだった。

 だが、「姫様」という言葉に反応して、さっと人が通れるように体をどける。彼女もそれを見て後ろに下がり、姫様を中へと通したのだ。

 ふわりと、甘い香りが漂った。恐る恐るといった様子で部屋へと踏み入れたのは、まるで童話から出てきたかのような女の子だ。淡いピンクのドレスに身を包み、頬はうっすらと赤みを帯びていた。綺麗な金の髪を揺らし、にこりとお姫様は笑ったのだ。


「お疲れであるところ、申し訳ありません。私、第三王女であるシルフィア=レーガンスと申します。是非、挨拶を、と思いましてこちらへと参った次第です。あの、お名前をお聞きしても?」

「東雲、燈也です。あ、いや、燈也、東雲」

「トーヤ様、ですね。先ほどは驚いたでしょう、私、こうして客人の方とお話するとは夢にも思いませんでしたの」

「てっきり、俺みたいに頻繁に訪れる人がいるのかと思いましたけれど……」

「いいえ。確か、五十年ほど前だったと。それに、もう帰られてしまって」


 シルフィアの言葉に、どきりとした。五十年前ということには驚いたけれど、その後、帰れた、と言っていた。こんな訳の分からない場所から帰ることが出来る。それだけで、彼女がここへと足を運んでくれたことに感謝した。

 だが、先ほどからメイドの視線は冷たく突き刺さる。余所者、と言いたげな視線に辟易するが、どうせメイドとの関係なんてないに等しいはずだ。俺はほっとしながら、シルフィアとの話を続けていく。花のように笑い、俺のいた世界の話に耳を傾ける彼女とは気が楽だった。

 だが、シルフィアは思い出したようにメイドの傍へと歩みより、彼女の紹介をし始めた。


「すみません、紹介をしそびれてしまいました。こちらはソフィーというの。私の侍女ですが、友でもあります。是非、トーヤ様とも懇意にしてもらいたいですわ」

「申し遅れました、ソフィーと申します。トーヤ=シノノメ様、また、シルフィア様にお話をお聞かせ下さい。姫様、そろそろ」

「ソフィー、まだ話していたいわ」

「では、改めてお茶会など開いてはいかがでしょうか? そのとき、たくさんのお話を聞かせてもらいましょう」


 ソフィーの提案に、ぱっと顔を明るくさせたフィーリアは微笑みを浮かべながらこちらへと再び顔を向けた。


「トーヤ様、よろしいですか?」

「ああ、喜んで」


 シルフィアは嬉しそうにソフィーへと笑いかけた。すると、ソフィーは口角を上げ、そっと彼女に対して微笑んだ。あの仏頂面はどこへ行ったんだ、と言ってやりたい。それほどまでに、彼女の表情は劇的に変化したのだ。

 思わず、見入ってしまうくらいには。

 だが、シルフィアの去り際、一礼してから出て行った彼女に対し、ソフィーは凍てつくような視線を俺に向けて去って行った。なるほど、自分の主人と懇意にするのは気分がよろしくないらしい。俺はにやりと笑い、ざまあみろ、と思った。

 シルフィアは俺に興味がある。話す機会だって、これから増えるのだろう。あの女の苦い顔をするのが目に浮かぶようで、苛立ち始めていた気持ちはかき消されていった。


 それから、目論見通りシルフィアと話す機会は増え、ソフィーが苦渋の表情を見せることも増えた。何日か経ってもソフィーを好きにはなれず、また、この国にも愛着はもてなかったのだ。

 そのせいだろう、と、自分でも分かっている。日に日に、眠ることが出来なくなっていった。眠る度に、自分がいたところの夢を見る。正直、居心地がよかったわけではない。この容姿で異性からはちやほやされるも、同性からはやっかみを受ける。家族も仕事のことしか頭になく、華道のことばかり押し付けてくるばかり。華が嫌いなわけではない、けれど、それだけしかないのかと思いたくもなかったのだ。

 眠れない日々というのは、想像以上に辛いものだった。日差しはきつい上に、何をしようとしてもやる気自体が訪れない。シルフィアとのお茶会も苦痛になっていき、悪くなっていく顔色を隠すにも気を遣わなくてはならなくなった。

 面倒だな、と思っていた矢先のこと。お茶会も終わり、ようやく自分の部屋へと戻る最中のことであった。後ろから、トーヤ=シノノメ様、と落ち着き払った声で呼ばれて振りかえる。

 当然、その先には気に食わないメイドが立っているのだけれど。


「何だ? ソフィー」

「もう少し、上手く隠して下さいませ。あれでは、姫様も心配をされます」

「何をだよ」

「体調が悪いのならば、はっきりとおっしゃってくださいと申しております」


 要するに、こいつは姫様のお顔を曇らせるのが嫌なだけなのだ。本来ならば、こうして俺と話すことも嫌で仕方がないのだろう。どこまでも自分本位な考えに、はは、と乾いた笑いが漏れた。笑うつもりなんて全くなかったのに、気がつけば、そんな声を出している。

 そして、彼女に近づいた。俺の様子がおかしいことに気付いたのか、すぐに後ずさるも素早く壁へと閉じ込めるようにして押さえつける。

 不快そうに見つめる目に、もう、限界だった。


「んな目で見るんじゃねえよ。お気に入りのお姫様をとられたくらいで、人に八つ当たりなんてみっともねえな」

「そうですね。それは、貴方にも当てはまるようですが」

「ああ?」

「嫌っていらっしゃるからといって、八つ当たりはみっともなく思います」


 ガタン、と大きな音を出して彼女擦れ擦れに拳を振りおろした。パラパラと壁が剥がれ落ち、仏頂面が僅かに驚愕の面立ちへと変貌を遂げる。

 だが、すぐに彼女の眼差しは細められた。哀れみのような、同情のような想いをこめてこちらを見ていたのだ。


 ひどく、気分が悪くなった。俺は、何でこんな奴に同情されなければならないのだろう。何で、こんなことをしでかしているんだろう。


 すぐに拳を戻し、息苦しい自室へと歩み始めた。憎たらしいと思っていたはずのソフィーの顔が、何故か真正面から見れなかった。



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