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ソフィー、私ことお嬢様のメイド


「ソフィー」



 お嬢様の部屋に飾る花を選別していたところ、トーヤ=シノノメの声が耳に届く。声の方へと体を向けると、息を切らせて走ってきた彼の姿があった。約束も何もしていなかったはずなのだが、彼はどうしてこんなに焦っているのだろう。首を傾げる私に向かい、「はい」と言いながらブーケを手渡された。

 環状になっているブーケは青の花を基調としたもので、小さく白の花が交ざっている。使っているリボンまで、花をメインにさせるため細いものを、という気遣いまで見受けられる。まるでプロが作ったような出来栄えに感心してしまい、ほう、と思わず感嘆の声を漏らした。凛とした印象を与えるブーケに思わず顔が綻び、じいっと見つめる。愛おしそうに指先で撫でると、トーヤ=シノノメからの視線を感じて顔を上げた。

 視線が絡まると、ふい、と彼は顔を背けてしまう。



「何でしょう? トーヤ=シノノメ様」


「別に。ただ、……その、気に入った、か?」


「はい。素晴らしいですね、これはトーヤ=シノノメ様が?」


「ああ」


「器用なのですね。教わりたいくらいです」



 そうすれば私もお嬢様に作って差し上げることができる。ここまで綺麗に、とは言わないけれど、ちょっとした慰みにはなるのではないかと思うのだ。それに、一緒に作ってみるのも面白いかもしれない。お嬢様は好奇心旺盛な方だから、きっと進んでやり始めるだろう。

 だが、ふと、考えてしまう。それなら、お嬢様は私よりも彼と一緒に作った方がいいのではないかと。好きな人と何かをするのは、きっとどんなことよりも嬉しいのではないだろうか。少々寂しくもあるが、エレナの言ったことを念頭に置けば、私が出しゃばるときではないのだ。

 不本意ではあるけれど、非常に不本意ではあったけれど、もごもごと口ごもらせながら彼にお願いをするために話しかけた。



「トーヤ=シノノメ様」


「何だよ。何か言いにくいことか?」


「お嬢様、シルフィア様にブーケ作りを教えることは可能ですか?」


「俺、説明とか上手いからいいけど。ソフィーは?」


「私は、そこまで器用ではありませんので結構です。では都合がつけば」


「じゃあ、やらねえよ」



 なっ、なんて男! さっきは了承したくせに!


 恨みがましく彼に視線を投げかけると、わざとらしく肩を竦めて溜息までつかれた。その仕草一つ一つに何とも腹が立つ。私だって悪意があって結構です、と言ったわけではない。お嬢様の恋心を想えば遠慮するのが人ってものだ。人、というか私、と言ってしまえそうだけど。

 腕を組み、お姉さま方に言わせれば綺麗な顔を歪ませ、私が思いもよらなかったことを彼は口に出した。



「教わりたい、って言ったのはソフィーだろ。なのに、何でシルフィアが出てくる? 本人に聞いてもいないくせに」


「それは、そうなのですけれど。お嬢様はこういうものを好まれるのです、お菓子作りだって出来てしまうのですよ!」


「ソフィーだって出来るだろ」


「私は出来て当然です。メイドですから」


「ならソフィーとシルフィアは同じだろ。菓子作りが出来て、ブーケ作りに興味がある」



 妙な理屈をつけて、一人で勝手に頷いている。私とお嬢様が同じだなんて恐れ多い、もし、他の人が聞いていたら失笑ものだ。まず、身分が天と地のように違う。気品も、御淑やかな面も、他者を思いやれる優しさも、私には敵わないものばかりである。それを目の前の男はあっけらかんに、同じだ、と言いのけてしまった。

 本当に、今、ここに私たち以外の人がいないことに安堵した。いつもこの方の発言は私をひやひやとさせ、妙な緊張を与えるから迂闊に人前で話ができない。ともすれば、私も失言を犯してしまいそうで、人前での会話は慎むに限る。

 そう心に刻みつけて、どうにか約束を取り付けようと、また話を続けていく。



「私がいないから教えられないだなんて、ずいぶん子供じみたことを御言いになさるのですね。ああ、でも、年下ではありましたね、私より」


「だから何だよ。別に一回り年が違うわけじゃないだろ」


「では、子供ではないのなら教えて下さいますね?」


「だから、察しろよ!」


「察しろ、って何を」


「だから」



 無理やりに腕を引かれ、そのまま彼の胸へと頭を押さえつけられる。以前にもあったこの状況に、すぐさま離れるよう腕に力を込めたのだが、なかなか腕の中から抜け出せない。年下とはいえ、男と女の力の差は歴然としている。為す術もなく、そのままされるがままになっていたのだが、不意に顎に指をかけられた。

 じっと夜のような目の色が私を映し込み、ぼんやりと私はそれを見つめていた。そのまま顔が近付いたのだが、拒むには指が動かせず、どうしたらいいのか、なんてぐるぐると思考がまとまらない。

 ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐり、これから起こることに対して、彼の独特な服にしがみついてしまった。



「ソフィーに客人、それは余所でやってくれ」



 ばっ、と飛び退いて体が離れると、呆れたと言わんばかりの表情を浮かばせたルドルフさんがいつの間にか庭園の中に佇んでいた。全く気付かなかった私は、何と言ったら良いのか、言葉が何も浮かばない。もっと機転がきくと思っていたのだが、特にこれといった対処法が出来ずに終わってしまった。

 恥ずかしくてその場から立ち去ってしまいたいが、とにかく、ルドルフさんには誤解を解いておかなければ、と必死になって掛けるべき言葉を考える。しかし、トーヤ=シノノメの方はルドルフさんを睨みつけるように鋭い視線を送り続けていた。

 ルドルフさんは何のその、彼の視線など簡単に受け流して私へと口火を切った。



「ソフィー、そろそろシルフィア様の元に行かなくていいのか? 遅れるぞ」


「そ、そうです、ね! では、失礼いたします」



 一礼をしてから去ったけれど、結局逃げるような形になってしまった。そんな自分を恥じながら、足はお嬢様の元へと着実に進んでいる。

 先ほどの出来事を振り払うように、途中で立ち止まって頭を振った。大事にしたかったブーケまで、今は憎たらしいものに思えてしまう。けれど、やはり無下には出来なくて、いつの間にか視線はブーケへと注がれる。


 からかっているだけなのだ。


 そう、思いたい。






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