ルドルフ、兄のような庭師
「ソフィー、あのね、また、お願いがあるのだけど……」
可愛いお嬢様のお願いを聞き入れないなんて悪魔です。そうは言っても、またあの客人とお茶がしたいために呼び出す羽目になったのだが。昨日の今日ということで気持ちは進まないが、相手はどうせけろりとした態度でまた私と接するのだろう。
案の定、黄色い声を辿れば彼が中心にいた。
そしていつも通り彼の名を呼ぶ。
(あら? 聞こえなかった?)
いつもならば縫うようにして彼女たちの間から近づいてくるというのに、今日は綺麗なお姉さま方と楽しく談笑したままである。更に少し声を大きくして呼んだのにも関わらず、彼はこちらに気づかずに楽しそうに会話するばかりだ。
しかし、このままで引き下がるわけにはいかない。お嬢様が悲しむ顔を私は見たくないのだ。叶えられない願いを言ったわけではないのに、出来ませんでしたなんて言葉は言いたくない。
綺麗なお姉さま方の不興を買うことになるのを覚悟し、無理やり彼女たちの間へと割って入った。
「失礼いたします、トーヤ=シノノメ様。シルフィア様が是非、一緒にお茶がしたいとお誘いに」
「すみません、今はまだ彼女たちと話しているのですが」
「それは残念です。シルフィア様の可愛らしい御顔が、悲しみの色を堪えることになってしまうのですね。楽しみにしていらしたのですが、……そうですね、無理、なのですね」
「トーヤ様っ、私たちのことなどお気になさらずっ!」
「ええっ、どうぞ! シルフィア様の元へ!」
お嬢様は第三だとしても王女は王女。国王も溺愛するほど、彼女は愛されているのだ。そんな方が悲しむところを見た途端、城内は騒然とする。冷静な目で見れば親ばか以外の何物でもないが、これは言わないお約束である。
渋々、といった様子で彼は私に黙ってついてくる。いつもの軽口も何もない、静かな間だけがあるだけだ。そんなに彼女たちと別れたのが嫌だったのか、と表情を窺おうと振り向いたところばっちりと目が合ってしまった。
彼も私の方を見ていたということが分かり、私の方から話しかけてみる。
「どうかなさいましたか? 気分がどうしても優れないというのならばお嬢様には私から断りを入れますが」
「会いたくなかっただろ」
「気にしたのですか?」
「男に泣きついたくせに」
「ああ、あれはシノノメ様でしたか。訂正すれば泣きついたわけではなく慰められただけです。こう見えても私、花を見るのも摘むのも好きなのです。おかしいでしょう?」
からかうために言ったのだが返事がない。彼を見れば表情は暗く、雰囲気も沈んでいる。言い過ぎた、と後悔するには遅く、他にどんなふうに取り繕えばいいのか想像がつかない。
ああ、もう、こんな雰囲気になるために言ったことではなかったのに!
「シノノメ様! その、言い過ぎました、先ほどの言葉はなかったことにして下さい。それではお嬢様のところへ」
「ソフィー、あれは、恋人か?」
「兄がいたらあんな感じだとは思いますが」
「違うんだな?」
「はい」
息をゆっくりと吐き、いきなり屈んでしまった。
やはり、体調が思わしくなかったのだろうか? 無理をさせなければよかった。
そんなことを瞬時に考えて、手を差し伸べる。きょとんとしたまま私の手と顔を交互に見やり、笑った。意地の悪そうな笑みではなく、安堵した表情を浮かべていたのだ。
差しのべた手を予想以上の力で掴まれ、引き寄せられた体は彼の腕の中に収まってしまった。
「離して下さい、こんなところを見られてしまったら私は」
「ずるいだろ、一人だけなんて」
「ずるいも何もありません。第一、ああなったのは貴方が」
「悪かった、ごめん。だから、あんなことするな」
「……貴方は私の親か何かですか」
「鈍いやつ」
離されたと同時に顔を見れば、頬が少し赤いように見えた。もしかすると、実は相当恥ずかしかったのかもしれない。可愛らしい一面を見たところで、また、隣に並んで歩きだす。
お嬢様は彼とのお茶を楽しみにしているのだ。早く彼女の元へと送り届け、楽しい時間を過ごしてもらおう。不本意なのは相手がこの男という点だけだ。
そんな考えを私がしているとは露知らず、今度は彼の方から話しかけられた。
「ソフィー」
「何でしょうか?」
「今度、俺が花を選んでやる」
「私は似合いません」
「悪かった。だから、選ばせてくれ」
「……お嬢様に選んで下さい。とても喜ばれます」
きっと、お嬢様はこの男に選んでもらったものならば、花でも、お菓子でも何でも喜ぶ。ここ最近、いつも話の中心が彼のことになっているのだから、貰った日は一日中その話題にもなるだろう。私にとっては癪な話だが、お嬢様の喜ぶことを考えると、それが一番良い気がした。
だが、彼は一向に頷かない。人当たりの良さそうな笑みを浮かべるだけで、頑なに私の提案を飲み込むことはしなかった。
どうしてですか、と問いかければ、すぐに彼は返答をする。
「聞こえなかったのか? 俺はソフィーに、って言った。シルフィアに花を選ぶのはお前がやることだろ」
「少しくらい、いいではありませんか。人が違えば感性も違う。お嬢様の気分だって変わります」
「悪い方向に行ったらどうするんだよ」
「お嬢様はそんなこと思いません。お嬢様のことを想って選んだものを、無下にするような方ではありませんから」
彼女は喜ぶ、優しい声で笑ってくれる。恋をした相手から貰えたときは、余計に。
喜んで、幸せなのだ。
「分かった、選ぶよ。気に入ってくれればいいんだけどな」
「そうですか。必ず、お喜びになります」
「ついでに、お前にもな」
まだ諦めていなかったのか、意外としぶとい。
「私のことは別に」
「ついでだ。勘違いするな」
「誰がしますか、誰が」
結局、押し切られて了承するような形となってしまった。きっぱりといりません、と突き返すべきだったのか。
しかし、もう遅い。お嬢様の部屋までは目と鼻の先。隣には人当たりの良さそうな笑みから一変し、意地の悪そうな笑みを浮かべた客人が歩いている。
お嬢様、この方とでは分が悪すぎます。恋をするなとは言いません、ですが。
もう少し、性格のよろしい方でお願いしたい所存です。