鈴の音は不快でした
初夏。
セミの鳴き声が大合唱となって田舎道を演奏する。
猛暑や酷暑と言われる夏で、今日は39℃を記録したそんな炎天下の日。
夏休みも真っ只中で宿題はまだ手を付けておらず、丁度同じく宿題を手付かずの健太の家に向かっているところだった。
白の帽子を深くかぶり、薄い生地のTシャツと短パンで友達の健太の家に向かうも、そのTシャツは水でもかぶったかのようにびしょ濡れ。
肩から下げたショルダーバッグも濡れそうな勢いだ。
数日前の小学校での出来事を一馬は思い出す。
熱くて汗をたっぷりかいた体育のあと、隣の女子の桜木さんが言ったひと言、「かずまくん臭い」
この一言が一馬の人生を大きく揺るがしたのだ。
これだけびっしょりと汗をかけば臭いのだろう。
自分の匂いだからあまり気にならないが、そうは言ってられない。
一馬は健太の家の近くになるとどこかで着替えれる場所を探した。
そう、ショルダーバッグの中に勉強道具以外に着替えを用意してきたのだ。
こうなることを予測しての行動だった。
一馬は辺りを見渡す。道路で着替えるわけもいかず、森の茂みに隠れて着替えることにした。
浅いと道路から丸見えのため深くまでまずは潜っていく。
みんみんみんみんとうるさく鳴く蝉たちの大合唱が頭上からよく聴こえる。
無視して奥まで進むといい感じの大木があったのでその後ろに隠れて着替えることにした。
大木をぐるりと右に回る。
するとその大木には何やら白い紙が張ってあることに気づいた。なにやら文字が書いてあるがまだ習ったことのない漢字でわからなかった。とりあえずそのまま右回りで1周してみる。幹に等間隔で張ってあることに気づきすこし不気味な気配を感じた。
とりあえずさっさと着替えて健太の家に行くために今度は反対に回って道路から見えないように隠れてズボンとTシャツを脱いだ。パンツは替えを持ってきていなかったため、しまった…と思いながらも一度脱いで雑巾のように絞ってみた。
やはり、大量に汗をかいていたためベチャベチャと音を立てて汗がパンツから滴り落ちる。
シャラン。シャラン。
突然、鈴の音が聞こえた。
シャラン。シャラン。
大きい音。小さな音。
2つの鈴の音が近づいているようだ。
(…あれ?)
一馬は鈴の音が聞こえた事で物凄い鳥肌が立っていた。サワサワと肌をすこしさすって、人が近づいて来てるなら裸はマズイと絞ったぱんつを伸ばして勢いよくはく。
その時、一馬は気づく。
先ほどまでずっと煩かったセミの大合唱はいつの間にか一匹たりとて鳴いてやしなかった。
シャラン。シャラン。
何か空気が違った。重たいというか、息がしずらいというか、兎に角、嫌な気分になる空気を一馬は感じ取っていた。
ズボンを取り出し、すぐに履く。その後すぐにTシャツを今まで無いくらいのスピードで頭と手を通した。
前方にかがんで進み、別の木の木陰に隠れる。
きっと隠れる必要なんてないかも知れないけれど、それでも怖くて隠れてしまった。
ここから覗いて人だったらゆっくり去ればいい。
そのまま覗いているとそれは現れた。
大人の2倍から3倍は大きいのではないかという体躯。
真っ黒な髪の毛がダラッと下がり、まるで馬のたてがみのように長い首を髪の毛が覆っている。
顔は薄い眉に薄い目、小さな鼻に、裂けている大きすぎる口。人間のように見えるが四足歩行しており、長い爪のある長い手足をドサドサと動かして大木の周りを回っている。その横を小さな、と言っても小学生の自分と背丈は変わらないおかっぱの女の子が巫女の姿、顔には能面を付けた状態で小さな鈴を鳴らしながら歩いている。
化け物の存在が恐ろしすぎて震えが止まらない。
その化け物は裸で、歩くたびにあらわとなった乳房が揺れるが、なにも魅力を感じなかった。
その化け物は腕に鈴が乱雑に巻きつけてあり、それが大きな鈴の音であったようだ。
小さな女の子がすっと止まった。そして鈴を4回、大きく鳴らす。
その立ち止まった所、よく見ると汗まみれで捨て置いたTシャツと短パンが落ちているではないか。
着替えたばかりだったのに嫌な汗が大量に背中を流れる。固唾を飲み込み、飲み込んだ音がしないように慎重に流した。
大きな女はその衣類を見て大きな口を開ける。その口からは想像よりも長すぎる舌が伸びていき、その衣類を舌で絡め取るとそのまま口の中に入れてしまったのだ。
(うげぇ………)
怖さと気持ち悪さから吐きそうになったが根性で我慢する。ゆっくりと茂みから動き、道路の方へ木陰を渡り歩いて逃げる。
一馬はクラスで自慢があるとすれば、それはかくれんぼが上手な事であった。
息を殺し、裸足で忍ぶ。
こんな状況でも思い浮かぶは忍者。自分は忍者になったつもりで木陰を渡り歩く。
道路が見えた。たまに車が通る。お~いと声を出したい気持ちを抑えながらゆっくりと道路の方へ駆けていく。一馬は何となくだが、助かった安堵感か、後ろを見た。
すると、先ほどの大きな女の手がゆっくりと自分の首元まで伸びていた。
その爪が服をかすめるとTシャツが胸の部分から腹までバックリと裂け、それを見てにっこりと弧を描く顔は捕食者の目をしている。
「うわぁーー!嫌だぁ!」
一馬は大声を上げながら敗れたTシャツを脱いで大きな女の目元をめがけて投げつけた。
『あ、あぉん』
大きな女がうめき声をあげ、直撃したシャツを手で取ろうとしたのだろう。ジャララランと鈴が激しく鳴った。
何が起きているかは分からない。兎に角振り返らずに一目散に走り抜けた。森と道路の境目についたとき、最後に聞こえたのは小さな鈴の音が2回。
道路に飛び出た瞬間、車と衝突した――
ミーンミンミン
大合唱とブレーキ音が鳴り響く中、たおれたアスファルトの上で赤い自分の血と、森の方を見ると、そこにはただの木々だけで、あんな化け物は居なかったようにただ佇んでいた。
「……いやいや、いないよそんなお化け」
病室にて、見舞いに来た丸坊主でタンクトップに短パン、何故か虫取り網を持ってきた健太が鼻水をすすりながら一馬の話を否定した。
「ホントなんだって。それで怖くて逃げたら轢かれたんだから」
「ふーん、ホントなら俺見てみたいな。おっぱい」
「はぁ…………まぁいいや。それで宿題持ってきてくれたんか?」
「いや、俺まだ終わってないから一馬が退院したら一緒にやろうぜ。」
頭をかいて笑う健太に少し呆れつつも早く退院して宿題を一緒にやることを思い描く。
「…今度は僕ん家に来てな」
「いいぞ。じゃ、またな!おっぱい、おっぱい…」
病室を去っていく健太を見て一抹の不安を覚えながらも、お母さんが病院食だけじゃ満足できない自分のためにコンビニでおにぎりを買ってきてくれるのを今か今かと待ち続けるのであった。
そして数日後、退院した一馬と健太が一緒に宿題をやることはなかった。




