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第三夢十夜 映画館のある市場(第二十三夜)

作者: 前田雅峰
掲載日:2026/07/16

※ 各著作をKindleで電子出版しています。 https://www.amazon.co.jp/s?k=前田雅峰&i=stripbooks&dc

 私は古い市場を歩くのが好きだった。屹度(きっと)子供の頃母に手をひかれて連れて行ってもらった近所の市場の賑やかな感じが好きだったからだろう。その名残だ。加えて大人になってから思い至った理由もある。それは大資本が建てる巨大なショッピングセンターと違って、個々の店が如何にも私達と同じ普通の家族に拠る経営なのだという安心感親近感があるからかも知れない。商品の値段だってその店の裁量一つで決める事が出来る。何とも家庭的で庶民的ではないか。何かを買ってお金を落とす、どうせならそんな個人商店で品物を買ってあげたい。

 それでも既に人通りがそんなに多くない市場の中を私は上機嫌で歩いていた。所々シャッターが閉まっている店があるが全体的にこの市場にはまだ生気がある様に見えた。文具店でも生き残っているならばボールペンやノート数冊でも買いたい。それに私はよく郵便をするから封筒と便箋も。

 しかし市場の中の或る交差点で何気無く両側を眺めた私は思わず目を見張った。片方はアーケードも無い普通の細い道だったのだがもう一方が屋根付きの、謂わば其処(そこ)から別の市場が続いている様な感じの通りだった。しかしその通路の屋根は少し先で途切れ、明るい穏やかな陽射しが通りを照らしていた。道の片側に樹木も数本植えられていて濃い緑の葉が美しい。私はその道の方に折れ曲がり、気持ち良さそうな木陰の所にまで歩いて行った。だがその場所に着くと私は呆然としてしまった。其処(そこ)には現代では最早全く何処(どこ)にも見られなくなった様な石造りの大きな映画館があったのである。

「何だ……、此処(ここ)は……」

 思わず私の口が勝手に喋ってしまった。私はその建物の前面、すなわち私の歩いてきた市場の枝として伸びている短いアーケードに立って眺めた。何一つ看板らしいものはかかっていない。貼り紙も無い。けれども道に面した側に小さな入口らしい通行路があり丁度その入口に切符を買う為らしい窓口がある。それによく見るとその周囲には大きなベニヤ板が張り付けられており、其処(そこ)が本来興行中の映画のポスターを貼る場所の様に見えた。

「やっぱり此処(ここ)は、昔映画館だったのに違いない。今はもうやっていないけれども」

 私がそう思っていると建物のその入口から人が出て来た。私は驚いてその人物を見詰めた。それは頭の禿げた八十にも近いと思われるお爺さんで、完璧に襤褸(ぼろ)になった作業着を着て僅かに背を丸め腰を曲げて歩いていた。しかし表情は極めて穏やかで話し掛けるのに何の躊躇も感じなかった。私は早速このお爺さんに声を掛けた。

「お爺さん。此処(ここ)は元映画館ですよね? そうでしょう? お爺さんはこの映画館の主人さんでしょう?」

 私はこの挨拶を出来る限り愛想良く口にしたと思う。果たしてお爺さんは私を見上げ穏やかな表情と仕草で答えてくれた。

「はい、そうです。此処(ここ)も閉めて最早(もう)十年になりますなあ。私が四十前にこの映画館を買い取って、以来色んな映画を流してきましたよ。今はもう映画なんか自分達の家で見る事が出来ますから、わざわざ映画館になんか来ませんがね。それでお客さんが減って閉めたんです」

「でも閉めて十年も経つのに、建物はそのままにしておられるんですね。固定資産税とか、かかりません? かなり大きな建物ですからねえ」

 お爺さんは微笑んで答えた。

「はい。税金は結構かかります。ですが映画館をしていた時に貯めた分がありますんで、それには困っていません。何しろ私の人生の象徴ですからねえ、この映画館は。取り壊して更地にして土地売って、それで幾らか手にしたってそんなの何になりますかね。私は私が一生生きてきた証拠が、此処(ここ)にこうやって目に見える形で()ってくれる方がずっと嬉しいです」

 私は頷いて見せた。お爺さんの気持ちがよく分かったからである。

「息子に、私が死んだらこの土地建物を売って金にして貰ってくれと言うてあります。私が死ぬまでは、此処(ここ)はこのまま残っててほしいんです。それが無くなったら、あなた、私はまるで幽霊みたいになってしまいますよ、ははは」

「…………」

「昔はみんな貧しかったですから、仕事が休みの日は映画が一番の娯楽だったんですな。日曜日や祝日には親子連れが溢れる程此処(ここ)にやって来ましたよ。用意している菓子や飲物が売り切れてしまって困った事もあったくらいです。そんな親子らに私は喜んでもらっている、また明日から元気で親は働き子供は学校で勉強する、私はそれを援けている、そう思うと、本当にこの仕事はやり甲斐のある楽しい仕事だったと思いますな」

 私は次第に厳粛なものを感じ始めた。

「今の時代の仕事でこれと同じくらいやり甲斐のある仕事って、どれくらいありますかね。みんなお金儲けには必死になりますけど、ああ自分は人の役に立つ事が出来たんだって思える事、そんな仕事って本当にどれ程今の時代にあるでしょうか。私は私が一番良い時代に生まれ育ちそして働く事が出来たと喜んでいるんですわ、ええ」

 私は顔は笑顔を保っていたと思う。しかし若しかしたらそれはどうしようも無く強張っていたかも知れない。それはこのお爺さんの言葉が心に深く響いたからだ。

 このお爺さんの言う事は本当だ。一生の仕事である映画館はもう閉めてしまったし、更にこの世と左様ならする時が近付いているのに、このお爺さんには暗く歪んだ行き詰まった感じがまるで無い。却って嬉しそうにしている。正に自分の生涯に納得している、衷心から満足している人間の表情だ。後悔が無いのだ。

「お爺さん、この後もお元気で。僕、時々此処(ここ)に来てこの映画館の建物の前で何か食べてると思いますから、また見掛けたら声を掛けて下さいね」

「はい。いや、建物の前に誰かが居るだけでも私は嬉しいですよ。何だかこれからやる映画を待ってるお客さんが居てくれるみたいでね」

 そう言ってお爺さんは市場の方に歩いて行ってしまった。私はその背を見ていたが何だか足取りも軽そうだった。多分転ぶ事は無いだろう。

 お爺さんは現代にそんなに楽しい仕事があるだろうかと言った。多分職種の事ではない。そういう、人の喜びを自分の喜びにする事の出来る仕事が、そういう心掛けで打ち込む事を許してくれる職業職場があるのかという意味なのだろう。私はまだ何も知らない。そんな仕事に私が就けるかどうかも判らない。けれども矢張私はああいう感覚を大切にし、あのお爺さんの如き人間を手本としてそれに倣わなければならないのだという気持ちが高まっていった。

「後悔の無い人生、それは遠いものだ。屹度(きっと)、途中一度でも疑ってはならないのだろうな……」

 私は自分が歩いてきた市場の方に戻りながらそんな言葉を口にしていた。


 此処(ここ)で目が覚めた。

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