9.西の町・ウェティシア
「いやあ!よく寝れた!」
よく晴れた朝、気持ちも晴れやかだ。
「いやあ、ミリアムさん、本当にありがとうな!野宿回避できた上、温泉まで楽しめた。それに…。」
俺はジュードを見た。明るい顔で馬車の準備をしている。ミリアムさんには感謝してもしきれない。
「気にするな。魔法は本来人を幸せにするために使うものだというのが我々の理念だ。」
ミリアムさんは素っ気ない。特別なことじゃなく、この人にはそれが当たり前ということなんだろうな。自己肯定感の高さが鼻につくけど悪い人じゃないんだろう。
「さあて、ここからだとどんくらいでウェティシアに着くんだ?」
俺は馬車に乗り込んでジュードに尋ねた。
「今日の昼過ぎには着くよ。」
「半日かかるか。思ったよりあるなあ。歩きだともっとかかったろ?ん?ミリアムさん、そんなに歩いたの?」
なんか違和感がある。都合良く俺らに会えたからよかったものの、こんだけ賢いと自負してる人が会えるか会えないかわからない俺らに会うためにそんな無駄な動きをするか?
「まあ、会えなかったら会えなかったで温泉に入ればいいと思ってたからな。」
都合よく十分以内で行ける温泉宿…すんなり泊まれた…これは…。
「逆だろ?」
ミリアムさんがニヤァっと笑う。
「俺らに会うのが温泉のついでじゃないか?」
「さすが勇者、よく気がついたな…そのつもりでちゃんと予約していたんだよ。」
あんだけご高説並べ立てて、結構場当たり的じゃねーか。まあ結果オーライだけど…なんだかな。
「あなた、ウェティシアっぽくねえなあ。」
「そうかい?じゃあ君の思うウェティシアっぽさとはどういうものだ?」
「もっとこう…落ち着いてて、真面目で、きちんとしている。」
もうこの旅も十五回目だ。今までだってどの町に行っても町の住民との接触はある。
ウェティシアは科学と技術の町だ。二十の街区に分かれてそれぞれにリーダーがいて、ある程度の権限が持たされている。一番大きいのは一街区で、そこで全ての街区は管理されている。他の町にはない、科学と技術で栄えた頭のいい人達が多い故の特色だ。実際、今まで会ったウェティシアの人達は、かっちりと正装をし、礼節を弁えた丁寧な人達だった。
「それは、君がもてなすべき勇者で、もてなす為に遜色ない人選をした結果だろう。町で生身の人間と接したことはあるか?」
「接したことって…。」
ある…とは言い難い。
「勇者様だ…ようこそおいでくださいました!」
「ああっ、勇者様!」
「勇者様…ご加護を、ご加護をください!」
ああ、そう、こういう、勇者を信奉している人らに遠巻きに崇められるのがほとんどで、そういえばこうして普通に会話したり飯食ったり風呂入ったりするような接し方は初めてだ。
「はあ…。」
気まずい。笑顔で対応するが、未だに騙しているという罪悪感が消せない。こういう人達と会うようになったってことは町が近いってことだな。
「まあ、大体こんな感じだよ。だから二極化してるんだと思ってた。」
「まあ極端なのは確かだ。ここは魔法科学技術を応用した色んなものの生産工場も多いだろ?だから他の町や外国からの出稼ぎ者も多い。人種が入り乱れると宗教や文化の違いが階層を産んでしまうのも事実だ。」
「なるほど。つまり二極化なんて単純じゃなく、もっと複雑に分かれているってことか。」
「そうだね。中にはきつい仕事についてる人達もいるだろう。そういう人達は、勇者を信奉することで辛い現実から目を背けるとか…そんなこともあるんだろう。」
「そういうの聞いちゃうと俺らのわがままで勇者を無くすのは考えちゃうなあ。」
ますます増えてきた往来の人達に手を振りながら俺は答える。
「他人のために君たちの人生を犠牲にする必要はないよ。」
「っつってもなあ…。」
往来の人達に目をやる。勇者の存在を信頼し切った目で手を振る人達。ただでさえ、騙しているのにこんな目で見られてて罪悪感がある。その上裏切ろうとしていると思うと心臓が痛くなる。
「二人とも、町に入ったよ。」
ジュードに声をかけられ、空を見上げると確かに既に太陽は昼の位置にある。
「じゃあまず、ミリアムさん、あなたのお仲間に会って話をした方がいいと思うがどうしたらいい?」
「私達はリミッターの最初の失敗以来、隅に追いやられた存在だ。公に魔法科学推進派であることを曝け出していたら孤立する…そうやって宗旨替えした者もたくさんいるよ。」
「リミッターに依存はし続けているくせにおかしな話だよな。」
まったくこの国の政治は不幸しか生んでないな。
「それで皆、宗旨を隠して社会に溶け込んでいるから、すぐに幹部を集めるのは難しい。少々待たせることになると思うから、私達の拠点でしばらく待っていて欲しい。」
「もちろんそこは合わせるよ。」
「すまないね…ジュードくん、ちょっといいか?」
ミリアムさんはジュードに拠点への道筋を教えた。こうやって他の人と仲良くしているジュードを見たのは初めてだ。牧場で過ごしていた四年間にもそれは見ることができなかった。
馬車が行き着いたのは、町の中心から少し外れた細い路地裏だった。
「ここだ。」
「え…ここ?」
目の前には一軒の洒落た店があり、看板には『エウレカ茶房』と書かれていた。




