6.ミリアム
少女はパタパタと衣服の埃を払った。トップが尖った広い鍔のある帽子。マント。服装は魔女のそれだが色が白なのは珍しい。
「それはそれとして…その…それ、美味そうだな。」
少女がそれと指差した先はジュージューと油の焼ける音を立てている猪の肉。
「ん?ああ、食うか?」
「いいのかっ?!正直もう腹ペコで…。」
「おー、構わんよ。ほらっ食えよ。」
俺が肉を差し出すと少女は恭しく受け取った。
「かたじけない。」
「飯食いながらでいいけどよ、俺に会いたかったってどういうことだ?」
「私は魔法科学推進派の者なんだ。」
ジュードが無言で差し出すポークビーンズを受け取りながら少女が答えた。
魔法科学推進派。勇者に依存する国防に疑問を持って、リミッターを開発した集団。リミッターが予測に反した結果になり、批判に晒され、だいぶ小規模化したと聞いたが、完全に消滅してはいなかったのか。
「それじゃますます俺に会いたかったって理由がわからないな。君らは反勇者だろ?」
「別に勇者に不満があるわけじゃない。私達はシステムに違和感を持っているんだよ。」
「違和感?」
「うん。おかしいと思わないか?勇者は生まれるか生まれないか不確定だというのに、当たり前のように国防のトップに存在しているというのが。」
「いや…まあ…うん。」
皆は知らないからな。勇者は国が作っているから不確定じゃないことを。
「それに…。」
「勇者はなぜ未だに存在しているのか?」
「どういうことだ?」
「実はリミッターは本来の力を発揮できていない。」
「え?」
少女は厳しい顔つきで先を続けた。
「リミッターは開発以来ずっとアップデートを続けてきててな。三十年前には魔力の供給なく全ての魔物を封じ込められるだけの力を得ているんだよ。」
「な…。」
そんなバカな…三十年前って…それなら…ジュードは勇者にならなくても済んだんじゃ…。
「それは本当なのか?」
「本当だよ。だから三十年前の時点でリミッターをアップデートしてれば、例え勇者の紋様を持つ者が生まれてきたとしても勇者として生きる必要はなか…わあっ!なんだ?君は?」
真っ青な顔をしたジュードが少女の腕を掴んでいた。
「あっあの…それ、そっ、ほっ本当ですか?」
震える声で問うている。
「ん?」
「り、り、リミッターがあれば、ぅ…勇者として生き、ひっひっ、必要なっ…。」
「ああ、理論上はそうだ。勇者、彼は何者だ?」
少女は怪訝な顔をした。
「あー…従兄弟だ。従兄弟のジュード。いつも色々手伝うためにきてくれている。」
俺がジュードの肩を手を置くとジュードはハッとして少女から手を離した。
「そうか。血縁ならこの話は動揺するのも無理はないな。」
血縁どころか当事者だからなと思ったが言えない。
「それと、もう一つ、勇者は魔物に苦しむ人々を救うために生まれているはずなのに、リミッターが魔物を抑えられるようになっても、なぜまだ生まれてくるんだ?」
確かに…馬鹿だ、国は。俺はため息を吐いた。リミッターが魔物を封じられることを知っているなら到達して当たり前の疑問だ。頭のいい奴はどこにでもいる。そもそもこんな茶番がいつまでも続くのがおかしいんだよ。もっと早く気づかれてたっておかしくない。
「で、君達はウェティシアに行くんだろう?」
「何故それを?」
「言っただろう?私は研究者…つまり頭がいい!天才との誉れも高い!」
なんか始まった…。
「あ…はい。」
「私ほどの天才にかかれば、二年前の君達の遠征のデータから今年の遠征のコースを割り出すなんて容易いって事だよ!」
幼い甲高い声が森に響く。
「まだ子どもなのに凄い自信だな。」
「失礼だな。私はもう83歳だ。」
「ええっ?!」
「見えないだろ?魔法の力だ。今の魔法科学はそこまで進んでいるんだよ。それなのにリミッターは昔のまま。おかしいだろ?」
「確かに…。君…いや、あなた方が…。」
「ミリアムだ。ミリアム・ステッドリー。」
「ああ…ミリアムさん達と協力し合えば勇者はいらない。それどころか現れることもない。その通りだよ…。」
公表されてる歴史の通りならそうなる。俺はジュードを見た。真っ青な顔をして唇を噛み締めている。そりゃそうだろう。もし今の話の通りならジュードの人生は全然違うものになっていた。いや、待てよ?今からでも取り戻せるのでは?もう三十七だが、まだ三十七だ。魔法科学推進派に全て話して、リミッターをアップデートすれば、残りの人生だけでも…。
「そう。しかも私達は毎年リミッターのアップデートの申請している。でも一度だって通った事はない。」
それはそうなる。アリステリア王家が特別であると国民に信じさせるための偽の歴史、それを信じさせるための存在である勇者。実際今はほとんど魔物の襲来はないわけだから、勇者の存在をアピールするにはリミッターが必要だ。そのために、そんなことのためにジュードが…。
「ミリアムさん!聞いて欲しいことがある。」




