3.魔力循環遠征任命式
「ゆ…勇者は兄ちゃんだろ…俺は…ま…。」
ニメートルで分厚い胸板、太い腕、隆々とした筋肉質な体のほぼ熊が小さな声でぼそぼそと言いながら、自分の手首に目を落とした。俺もつられて見る。ごつい手枷が目に入る。
「俺は偽物じゃん。」
俺は自分の首の後ろにある勇者の紋様をゴシゴシ手で擦ってジュードに見せた。手には色がついている。
「本物の勇者はお前だろ?」
「違っ…だって俺はっ…本当はあの時死…あ…ごめん…。」
ジュードの目から涙がこぼれ落ちた。しまった!また泣かせてしまった!
「泣くな。そんな悲しいことも言うな。」
ジュードの肩にそっと手を回して言った。
「俺はお前を勇者だと思ってるし、今も大事な弟だと思っているよ。」
あんなことがなければ。
いや、そもそも勇者なんてなければ。
この国の歴史は半分以上嘘っぱちだ。
『勇者の紋様』は神に選ばれた証じゃないし、『勇者の力』と呼ばれる特別な力は神から与えられたものじゃない。
勇者が現れたことなんて一度だってない。
だって勇者は作られているから。
勇者の紋様は神が選んだ証なんかじゃなく、過負荷の魔力を与え勇者に作り変えられる人間の選別だ。
ランダムに選ばれる彼らは耐性がある人もない人もいる。耐性がある者は勇者に、ない者は…殺されるだけ。
ジュードに紋様が現れたのは三歳の時。つまり牧場に来た頃だ。あの頃は単純に弟ができたと喜んでいたが、今ならわかる。なぜジュードがうちに来たのか。他の地方に比べて人口も少なく山に囲まれている北の村・ノーティシアなら隠すのにちょうどいいと考えたんだろう。でも結局無駄だった。
「あー…ジュード?俺は嬉しいぜ?ずっと離れて暮らしてる弟と二年に一回長期旅行できるんだからさ。」
ジュードは太い腕でゴシゴシと涙を拭って俺を見た。
「俺も嬉しい。」
ジュードは泣き腫らした目を細め、嬉しそうに笑った。我ながらとんだブラコンで気持ち悪いと思うが、あの日からジュードと二年に一度しか会えなくなったせいか、四十近い今でも初めて会ったあの時と気持ちが変わらない。
「よし!じゃあ嫌な事はさっさと済まそうぜ。」
俺とジュードは城の門を潜った。今日は特別に城の中庭は国民に解放されていて人でごった返している。
「見ろ!勇者様だ!」
「勇者様がお見えになられたぞ。」
「何と頼もしい…。」
次々に賞賛の声が上がり、俺とジュードの前に道が開ける。どうにも居心地が悪い。俺は周りを見ずに足早に謁見の間に向かった。
「よくきてくれた。勇者・オリヴァー・ガーランド。」
謁見の間には仰々しい玉座があり、アリステリア国王が鎮座ましましていて、その周囲を屈強な兵士達が取り囲んでいる。そんなに怖がらなくても何もしねえよ。ジュードだって俺がいれば問題ない。
「勇者のみが持つ神が与えし力のおかげて無事この時を迎えられた。全国民に代わって礼を言うぞ。」
勇者、ねー…はいはい。建前上、跪き頭を垂れるが内心はそんな白けた気持ちだった。隣にいるジュードは眉間に皺を寄せ苦々しい顔をしている。
「これより六ヶ月に渡る魔道具・リミッターへの魔力循環遠征を命ずる。」
退屈なスピーチ。脳死で沸き立つ民衆。馬鹿馬鹿しい茶番。毎回これいるの?と思う。
「結局さあ、任命式だなんていうけど。あれってパフォーマンスだろ?国民に歴史を信じさせる為のさあ。馬鹿馬鹿しい。」
「兄ちゃん、声でかいよ。誰かに聞かれたら…。」
「聞かれたからって何だってんだよ?どうせあいつらは俺達兄弟を殺せない。」
なぜなら俺は…俺達は勇者様だから。
「兄ちゃんはこの町にいる時はいつも機嫌が悪いね。」
ジュードがため息を吐いて肉を口に運んだ。ふっと顔が綻ぶ。
「あ。美味。」
「おー。なんか有名な店らしいからな、ここ。」
俺も肉を食ってみる。確かに美味い。程よく乗った脂が口に入れた瞬間溶けるが肉としての食感はしっかり残っている。
「二年に一度のこの旅があるから、俺はこうして美味いものが食べられるんだ。」
ジュードが笑顔で嬉しそうに言った。
「そうだなー。明日からは国中の美味いもん食えるぞ。あ、後温泉も。」
「まあ仕事もしないとね。」
明日から半年間、三十年間二年に一度しか会えなくなった義弟との旅が始まる。




