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水平線への旅

作者: マドノユキ
掲載日:2025/09/20

少年が開くドアの向こうにはまたドアがあり、出てきた廊下は意外な場所に繋がっている。6つになった時、親の手を離れて歩き回ることが赦され、ボクは一人で外に飛び出した。曲がり角の向こうには曲がり角が現れ公園に出た。ここには2つも公園がある、両親に発見を報告したが、道が違うだけで同じ公園だったのだと気がついた。落胆はしなかった。その頃にはもっと遠くの世界を知っていたから。世界だと思っていたものは団地に過ぎず、もっと広い世界が広がっていた。でもまだ向こうがあるらしい、空の向こうにも空があるという。どうやって行くんだろう?

――

退屈な歴史の授業は近代に入ると俄然興味がわいた。核融合炉の実用化でエネルギー問題は解決し、戦争の時代は過去となり100年経つのだと、教師は得意な顔をして言っているが、この教師だって産まれてないはず。今は欲しいものは欲しいだけ手に入り、奪い合う必要がない。分け合う必要もない。“完成の時代“と教師はそう黒板に書いて姿勢をただした。

「君たちは恵まれた時代に生きている」

一段と大きな声が教室に響く。(あなたもでしょう?)みんなそう思ったと思うけれど、キョロキョロしているのは自分だけだとバツが悪く感じた。

教師が言うには、昔は戦争がない時でも、一般人が町中で殺し合うことがあったらしい。

よっぽどエネルギーを持て余していたんだろうな。

ボクはそう思った。そして少しだけその犯罪者に憧れた。

「先生!」

突然、誰かが手を上げた。

「先生は人が殺されるのを見たことがありますか?」

教師が戸惑っている姿が見える。見たことがあると言わないと、年長者としての貫禄を示せない。でもそんな恐ろしいものを見たことがあるというと、人格を疑われかねない。たぶん、きっと先生の子供時代も“完成された時代”だったのだろう。

暴力が支配する世界。マンガや映画の世界だとは知っている。

将来ボクは格闘家になりたいと密かに思っていたことがある。けれど、友達に言うと笑われた。あれはロボットなのだと言われて恥ずかしかった。

(先生の子供時代は人間の格闘家はいました?)

昔はいたんだろうか。聞いてみようか……。

手を上げようかと躊躇している内に気がついた。年を取った格闘家の話をボクは聞いたことがない。質問せず黙った。


完成された世界、変わらぬ毎日。穏やかな日常、楽しい友人。

平和は素晴らしい。ボクもそう思う。人類は戦争の時代を超え、争いのない時代を手に入れた。

「昔は“不治の病”という言葉があるくらい、病気で死ぬ人もいたんだよ」

教師がそう言うと、どよめきが起こった。

「先生!風邪でも?風邪でも死ぬんですか?」

「もちろんだ」

みんな一斉に笑った。風邪で死ぬなんてありえない。

「昔の風邪はね。寒い日に鼻水やくしゃみが出るだけじゃないんだ。ウィルスと言って体の中で免疫が戦っていたんだ」

(ボクはちょっと風邪になってみたいと思った。ウィルスと戦ってみたい。死にたくはないけど)

隣の子にそっと言ってみたら、ぎょっとされ言いふらされた。

給食の時間になり、フード・ジェネレーターが今日のボクの食事を作ってくれた。パン一つでも一人一人の生徒に合わせ、複雑な栄養計算がなされている。食事も昔は手作りだったのだそうだ。それはちょっと衛生的にどうなんだろう?もしこのパンが手作りだったら食べられるだろうか?

試しに目を瞑って口に入れてみた。

1分以上咀嚼を続けたが喉を通らず、最後は思い切って飲み込んだ。


16になった時、少年は体の異変を感じる。格闘家に憧れた時の興奮。いやもっと強いなにかが、脳と心臓を貫いた。

それは、外惑星発見のニュースを聞いたときにおきた。地球のほかに人類が住める惑星が見つかったのだそうだ。思わずボクは窓から顔をだして空を見た。忘れていた興奮、空の向こうにも空がある。

ボクは宙に浮かんだ大きな扉が、開かれた幻覚を見た。


それから毎日欠かさず情報収集を続け、体を鍛えた。

20になった時、惑星移民団が結成されると、宇宙局の親しくなった局員の方から教えてもらった。この日がきっと来ると信じていた。

局員のおじさんは

「片道30年の旅だよ?。着いたときには50歳になってるね」

とおかしそうに話してくれた。

「人生100年って言うでしょ、丁度半分です」


友人にこの先行情報を話したけれど、だれも興味のありそうな反応がなかったのが少し不服に思う。

「新しい世界を作れるんだよ?」

世界の先に世界だ。しかもそれは自分が作る。みんなだって、絵を書いたり作品を作ったりするのは隙なのになぜワクワクしないんだろう?

「危ないじゃない」

レイカがそう言い切った時、みんな一斉に頷いた。

ボクは“危ない”という言葉を聞いてワクワクした。おかしいんだろうか。

レイカはさも残念そうに呟いた。

「宇宙船の中より地球にいた方が楽しいことがいっぱいあるのに」

「そうだね(でもそれ以上のことはないでしょ?)」

みんなで移民団にはいれたら楽しいだろうなと思って話したことを後悔した。でもいい。競争相手は少ない方が良い。


移民団の発表の時、星の名前は“エデン”に改名されていた。宇宙局に問い合わせたら、今回の移民団を記念しての処置だそうだ。いい名前だと思う。それまでの名前はすぐに忘れてしまった。

応募者は24名だと教えてくれた。あまりの少なさに驚いた。


適正者は8名に絞られ、ボクも選ばれた。

一応友人に報告したら羨ましがるかもと思っていたら、ただ驚いていた。

そんなことより、新天地で新しい世界を切り開く旅に出るのだ。地球の向こうの地球が待っている。

――

無限に広がる漆黒に浮かび上がる星々は、地球で見るよりずっと鮮やかだった。どこに向かっても良さそうに思えるが目的地は決まっている。船内での仕事は、都市計画だった。最初の法整備をボクが担当した。建築に興味があったが建築にも建築法がいる。次に食料生産計画だった。農業を研究しているレイヴンが言うには、人口が増えてから出ないと融合炉を稼働出来ないから、それまでの数百年間はソーラーパネルがエネルギー源になる。するとフード・ジェネレーターは燃費が悪いという。理屈はみんな分かっていたが、本心では農業がやりたいと思っている。地球のメソッドは全て一旦ゼロベースで考え直す、が僕達の暗黙の合言葉になっている。実際の所、エデンについてみないと有効な鉱物がどれだけ手に入るのかなど、具体的なことはわからない。あらゆることを想定して見ることは、間違いじゃない。時間はある。新世界のあらゆることが僕達に任せられている。新しい地球を作る新しい世紀を切り開く。アダムとなりイブとなる。

もっとも、新世界より先に船の中で僕達は結婚し、子供を授かった。8人で出発したこのファミリーは、到着までに3倍になるだろう。


地球を出発から30年が経ち、ついにエデンに到達した。

一目見て、その異様さに皆言葉を失った。

念の為調査を始めたが、酸素ではなくメタンガスが充満していた。

宇宙船には地質改良の設備が積まれているが、想定をはるかに超えている。

暗い褐色のメタンの雲。たとえ降りることが出来てもソーラーパネルは使えまい。エデンの惑星軌道上をぐるりと一周する間みな言葉を失っていた。エデンの1日は地球と同じ24時間。それも妙に不愉快に思えた。


二日目には対策会議が始まった。住めるような環境ではないことは明白だが、なにかあるかもしれない。

軌道上にコロニーを建設しようという案が出た。エデンには鉱物資源が豊富だと解ったので、掘削機を降ろし衛星軌道に打ち上げる。それでコロニーを建設する。

皆その案に夢中になった。しかし一日で冷めた。そんなことをしに30年も掛けてここに来たわけじゃない。


三日目以降は、連日激しい議論が繰り返される。死んでもいいから単独ででも着陸するという意見が出た時、咄嗟にボクも賛同した。ファミリーの中でも温厚だったはずの妻は「帰りたい奴は帰れ、ただし泳いで帰れ、船は移民の物だ」と怒鳴った。妻の激しい論理は議論をより過激にさせ、リーダーは「船の運用の決定権は私にある」と釘を刺した。議論の最中、パイロット室に立て籠もろうとする騒動も起きた。

これが“争い”なのだろうか?

みんな口々に言いたいことを言っているが、陸も見えないのだから着陸すら現実的で無いことは誰もが分かっている。

これは争いじゃない。誰かを非難しているわけじゃない。


突然、6歳の息子が、地球が見たいと口にした。

喧騒は沈静化し、地球に舵を切ることに異存を唱える者は誰もいなかった。

――

再び30年掛け地球に帰還した時、”少年”は80歳になっていた。

“少年”の妻は亡くなっていた。

彼等の不遇に対し、残りの余生を快適に過ごせるように募金が集まり、”少年”は希望で海辺の家に住むことにした。

“少年”は毎日のようにベランダに椅子を置いて、ただ景色を見つめていた。

―完―


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