第6話『エリー』
召喚された召喚獣は妖精のようだった。
背中に白色の半透明な四枚の羽根が生えており、大きさ十五センチほどの小人が空中に浮かんでいる。
現実世界では存在しないサラサラのピンク色の長い髪。前髪は切り揃えており、頭の後ろに付いた大きな白いリボンを付けた妖精。その髪色によく似合う白いワンピースを着ている。
「初めまして!私は妖精のエリーだよ!」
召喚された妖精はニコリと笑って挨拶をしてくれた。
俺は状況が把握できずに呆然と妖精のエリーを見つめてしまっていた。
「こんなに可愛い女の子に召喚されるなんて嬉しいな!よろしくね!」
エリーは俺が喋らないことを気にせずに会話を続けた。
このまま黙っていたらどんな反応をするのか気になるが、さすがに可哀想なので俺は本日二度目の自己紹介をすることにした。
「お、俺はマリーだ。こちらこそよろしく」
「うん!よろしく!マリーちゃん!」
エリーは嬉しそうに俺の周りを飛び回る。
ワンピースなので下着が見えそうになっているが、ゲームなので見えないようになっているのだろうか?
飛んでいるエリーを視線で追っていると、周りにいた結構な数のプレイヤーが俺たちを見ていることに気が付いた。
「なあ、俺たちってそんなに目立つのかな?」
「うーん、そうだね。マリーちゃんはもちろんだけど、私も珍しいからね」
俺が小声で話しかけると、エリーも近くに来て同じ声量で答えてくれた。
「マリーちゃん、場所移動しようか」
「どこか人気の無いところに行くのか?」
「うん!打って付けの場所があるの。案内するから一緒に来て!」
そう言ってエリーは飛んで行くので、そのあとを追いかける。
俺たちを見ていたプレイヤーの間をすり抜けて、噴水の広場を離れる。
「ここだよ!」
路地裏のような場所を案内されるのかと考えていたが、エリーが指差したのは建物だった。
その建物の看板を見れば宿屋のようだ。
「ここが人気の無い場所か?」
「うん。ここはプレイヤーのマイルームがあるんだよ」
「マイルーム?」
「マイルームはね、プレイヤーが個人で持てる部屋なんだよ。街に絶対にあるセーブポイントで、負けると戻ってきたり、移動で帰ってくる時も便利なんだ。だから絶対に街に着いたら観光より先にマイルームに行く!って覚えておいた方が良いよ!」
つまり次の街でマイルームに行かずに敵に倒されてしまうと、前の街のマイルームに戻ってきてしまうということだろう。
「わかった。覚えておくよ。この扉を開けたら入れるのか?」
「うん。どうぞ」
エリーが退いてくれたので、俺はドアを開けて中に入った。
十畳ほどの木製の部屋に、木製の小さな丸い机と椅子が二つ。部屋の奥にはベットが置いてあるシンプルな部屋だ。
「ささ!入って入って!」
自分の部屋のようにエリーが部屋へと促す。
ドアを閉めて、椅子に腰を下ろす。机の上にエリーが着地する。
机の上に土足で立つというのが気になったが、エリーは召喚されてから一度も地面に立っていないのでセーフというこにしておこう。
「これでゆっくりお話ができるね!私ってレアリティが高いから目立っちゃうんだと思うんだよ。でもマリーちゃんも可愛いから、相乗効果で余計に目立っちゃうのかも」
「へ、へえ……。そうだな」
「どうしたの、マリーちゃん?緊張してるのかな?大丈夫だよ、私は可愛いただの妖精なんだから」
自分で可愛いって言ってるよ。たしかに可愛いけど。
にしてもエリーの俺への対応が完全に子どもに対してのそれだ。
どうしよう……エリーには俺の中身が高校生ということを伝えておくべきか?
「もう緊張しないでさ!そうだ!自己紹介の続きでもしよっか!私は光を司る妖精なんだよ!」
「光を司る?」
「うん!光属性なのもあるけど、私はこのゲームについて詳しく知ってるの!つまり知識があるの!知識は光って言うでしょ?」
「知識は光か……」
なら今の俺は記憶を忘れてしまっているので、闇の中に居るのかもしれない。
いやいやいや……こんなネガティブなことを考えるなんて、俺って暗いヤツだな。心の中で苦笑してしまう。
「どうしたの?暗い顔して?」
「いや……べつに」
エリーにも先ほどから気を遣わせてしまっている。
もっと明るく振る舞わないとな。
「マリーちゃん、見て見て!えへへ〜」
エリーが満面の笑みを見せてくれた。
意味が分からず呆然としてしまう。
「……え?」
「どう?緊張も解けて元気になったでしょ?」
「元気に?」
「うん!私の満面の笑顔を見たんだから元気になったでしょ?!もう網膜に焼き付いて、目を閉じたら私の満面の笑顔が見えるようになったでしょ?!」
この妖精は、なにをバカなことを言ってるんだ。……くだらな過ぎる。
「目を閉じるたびに私の笑顔を思い出して、元気とやる気を出してよ!私の笑顔を思い出せばどんな逆境も乗り越えれるよ!」
「はっ……はっはははは!」
くだらない。本当にくだらないことを言う妖精だ。思わず笑ってしまう。
記憶を失くしてから初めて心の底から笑った。
そうか、これが笑うってことか……。
「お前の笑顔に、どんな価値が……あるんだよ!はっははは……」
「マリーちゃん!なんで泣いてるの?」
「え……?」
頬を触れると濡れていた。どうして俺は泣いているんだ?
そうか……俺はずっと心細かったのかもしれない。記憶を失くして誰も知っている人が居ない世界だった。
寂しくて、心に穴が空いたようだった。でもエリーが埋めてくれた。
「ど、どうしたの?そんなに面白くなかった?!」
「ごめん……!ごめん、急になんだか……」
「大丈夫だよ、マリーちゃん。大丈夫、大丈夫……」
俺の額にエリー抱き付き、子どもをあやす様に何度も同じ言葉を続ける。
「あたたかい……」
エリーの体温が温かい、言葉が温かい。エリーが人の温もりを思い出させてくれた。
「ありがとう、エリー」
俺は流れる涙をローブの裾でゴシゴシと拭く。
目を閉じると、本当にエリーの満面の笑顔が網膜に張り付いていた。
俺から離れたエリーは、心配そうにしている。
エリーになら、俺の記憶喪失と優勝賞品について話しても良いかもしれない。
「エリー、お前になら話せる。聞いてくれないか?俺の今の現状を」
エリーに引かれても、軽蔑されても良い。俺は病院で目覚めてから、今までのことを全てを話した。