第18話『未来朔實』
未来コーポレーションの本社。その一室で大きな音が鳴り響く。
そこでは男が床に投げつけたノートパソコンを睨みつけていた。
黒いスーツに金髪の二十代後半の男。名前は未来朔實。
この男こそ日野内遊悟を轢いた張本人である。
「クソ!!なんでだ!なんで死んでない!」
トドメを刺すようにノートパソコンを何度も踏みつける。
見る影もない姿に変わってしまったノートパソコンを怒りが収まらずさらに踏みつける。
「レベル1がなんでレッドオーガに勝てるんだよ!」
朔實は自身の権限を使用して、初心者ダンジョンに中級ダンジョンのボス部屋を作り出した。
それにより日野内遊悟を亡き者にし、払った慰謝料を奪い返すはずだった。
しかし失敗した。ありえないことだ。
余裕綽綽でノートパソコンで死ぬ瞬間を観覧していたが、日野内遊悟は勝利して生き残った。
「そもそもだ……!」
おかしい所がいくつかあった。
レッドオーガに殴られたのに何故死んでいない。レベル1なら一撃喰らえば即死のはずだ。
それに日野内遊悟がどうして加護を獲得するレアアイテムを持っていたのか?
「クソがぁ!!」
考えれば考えるほど苛立ちが募り、ノートパソコンをもう一度踏み付ける。
「荒れてるね〜。なにか嫌のことでもあった?」
入り口に父親である未来偉真が立っていた。
そこで日野内遊悟が死んでいない理由の全てが繋がった。
「そうか、父さんのせいだったのか!」
「どのことを言ってるのかな?」
「全部だよ!レッドオーガに殴られても死ななかった!加護を獲得できるアイテムを持っていたこと!加護の玉で都合良く強いのを手に入れたのも!格闘家の強いスキルを獲得できたのもだ!」
朔實は思いつく限りの不審だった点を言う。
「残念だけど、僕がしたのは一つだけだよ」
「なに?」
「加護の玉を遊悟君に渡したのは僕だ。だけどそれだけさ。理由は記憶喪失になってしまったお詫びかな。それに遊悟君は僕の推しだからね。少し贔屓もあるかな」
「チッ……だったら殴られても死ななかったのはなんでだよ?!」
「それは未来が助けたんだよ」
その名前を聞いて朔實は怒りに拳に力が入る。
「あの引きこもりがどうして日野内遊悟を助けるんだよ?!」
「あの子に遊悟君の凄さを熱く語ったらファンになっちゃってね。未来も僕たち同様に見ていて助けたくなったんだろうね」
偉真は何も無い空間から藁人形を取り出す。
「未来はこの『身代わり人形』で助けたんだよ」
『身代わりの人形』(R8)
《三回まで攻撃を無効化できる。使用後はアイテムは消失する》
「チッ、だったら!だったらだ!格闘家のあんな強いスキルはどうして手に入ったんだよ!」
「朔實、君はこのゲームのことを知らないのかい?あれは条件を満たしたら獲得できるスキルだよ?」
「だとしても!あんな強いスキルが手に入るわけがない!」
「あのスキルはね。格闘家の職業の中でも手に入れるのは困難なスキルなんだ。レベルが10以上離れたモンスターとの戦闘でダメージを受けずに百回攻撃を当てるのが条件なのさ」
「つ、つまり……!」
その条件を聞いた朔實は、日野内遊悟にやった行いを思い出して歯ぎしりした。
「そう。君と未来のおかげであのスキルは獲得できたのさ。ありがとうね、僕の推しを強くしてくれて」
「そんなことがあって良いはずが……!」
「朔實、強いゲーマに必要なものはなんだと思う?」
朔實は頭の中に幾つか思い付いたが、それを言う前に偉真が答えた。
「情報と技術、それに運だよ」
「運?」
思い付かなかった単語を言われ朔實は聞き返した。
「そうだよ、運だ。一つ遊悟君のエピソードを話してあげよう。あれはアドワ最強決定戦の三回戦だったかな?遊悟君の対戦相手が運悪く腹痛で途中でリタイアしたんだ。運が良いよね〜」
「ハッ!その程度の話で、運が必要だなんて思わないけどな」
「はっははは!今回も加護の玉で確率を操作する加護を手に入れただろ?それくらい遊悟君の運は凄いんだよ。まあそれだけじゃないだよ?他にも色々と……おっともうこんな時間か」
何もない空間を偉真は見つめた。
「話の途中だけど、行くとするよ。あー、それと朔實……次に遊悟君にちょっかいを出したら怒るよ」
小さな子どもを注意するように言うが、偉真の目の奥は笑っていなかった。
朔實はその言葉に怯えてしまい、何も言えず固まってしまう。
「それじゃあね」
偉真が居なくなった部屋で朔實は、日野内遊悟の対して憎しみを募らせるのだった。