第14話『市役所行ってダンジョン』
現状を把握したエリーはこの世界について知りたいと言うので、未来華來から渡されたファイルと俺のスマホを渡した。
エリーはファイルを真剣に一枚一枚を熟読したり、スマホを操作して検索している。
その間の俺は暇になってしまった。手持ち無沙汰なので、部屋に置かれていたお下がりの服が入った段ボールの中を物色する。
「わかったよ!マリー!」
一時間ほど経つと、急にエリーが飛び上がった。
妹のお下がりの中から、履かないスカートと履くズボンを分ける作業を止める。
「なにがわかったんだ?」
「この世界についてに決まってるでしょ!マリー!……ってマリーはマリーで良いの?」
「どういう意味だ?発音のことを言っているのか?それならマを言う時に下唇をだな、こう噛みながらマッって」
「発音のことじゃなくて!マリーってゲームの時のプレイヤーネームでしょ?この世界は現実世界なんだから、本名で呼んだ方が良いのか聞いてるの!」
「そっちな」
心底どちらでも良かった。本名の日野内遊悟という名前にも、今だに本名の実感がない。
なので遊悟でもマリーでもどちらでも好きなように呼んでくれていい。
「呼びやすい方で呼んでくれていいよ」
「それならマリーって呼ぶね。ちなみにマリーの本名ってなんて名前なの?」
「……日野内遊悟だけど」
「日野内遊悟君ね、覚えておくよ。気が向いた時に本名で呼んであげる」
そう言ったエリーはファイルのあるページを、俺に分かるように指差す。
「話は戻すけど、この世界に現れたダンジョンから採れる鉱石や植物にとんでもない価値があるみたいで、政府はこの素材を集めるのに必死になっているみたい」
「草か……アドワで採れる草だから薬草ってことか?」
RPGの回復薬が現実世界でも使えるとなると、怪我なんて一瞬で治ってしまうんじゃないのか?
「なんだか面白そうだな!エリー、ダンジョンに早く行ってみようぜ!」
「はぁー……。本当は止めたいんだけど、そうもいかないんだよね。ここ読んでみて」
エリーがファイルを捲り、あるニュース記事が貼られたページを見せてくる。
「なになに……アドベンチャーワールドのヘッドギアと同化した国民の十二歳から六十歳までの男女は、一週間にダンジョンから採れる素材を十個納品しなければならない?」
「そう!魔石を加工して強い武器が作れるみたいで、薬草なんかも病気に効くから政府はダンジョンから素材を集めることを義務付けたんだよ」
「むちゃくちゃだな……」
「ねえ、マリー。この世界をこんな風にしたのって、きっと未来偉真……様だよね?」
「ああ、そうだろうな」
俺は窓から見える塔を見つめる。
この世界は融合する。そう未来偉真は言っていた。
あの神様みたいなお爺さんの動画も、きっと未来偉真が作った偽物の嘘なんだろう。
「未来偉真が犯人だとしても、俺が世間に言ったところで無駄なんだろうな。そうじゃなきゃ、俺に教えるわけがない」
「そうだね。言ったところで、変な人って思われて終わりだと思うよ。うん、やめた方がいいね」
アドワと融合した世界で黙っていることを決意した。
エリーもこう言っているんだ。この選択が正解に違いない。
「それじゃあ、ダンジョンに行く前に……」
エリーが部屋を飛び回りながら、何かを探し始めた。
「マリー、机の上にある封筒の中を見てみてよ。冒険者カードが入ってるはずだから」
「冒険者カード?」
「身分証みたいなもので、カードが持ってないとダンジョンに入れないんだよ」
言われた場所にあった封筒の中を開けて見ると、免許証ほどの大きさのカードが入っていた。
左部分に大きく余白がある。
「そこの白い部分は、市役所に行って顔写真を登録しないといけないみたいだよ」
「なら早速、市役所に行こうぜ」
「なんでそんなに前のめりなの?政府が決めた義務もあるし、仕方ないか……さっきスマホで場所を覚えたから案内してあげるね」
俺とは違い、エリーはあまり乗り気ではない。
こちらとしては一緒にテンション高めで付き合ってほしいものだ。
「そういえば……ダンジョン以外でスキルとか魔法って使ったらダメなんだろ?エリーを戻しておいた方がいいんじゃないのか?」
「それなら大丈夫だよ。使ったらダメなのは攻撃系の魔法やスキルとかだから。簡単に言うと人に迷惑になったり、犯罪になるのが禁止なだけだからね」
エリー曰く、催眠や透明になったりするスキルの使用なども禁止になっているそうだ。
部屋に置いてあった黒い男性用のリュックに、必要そうな書類や貴重品を詰める。
「マリー、リュックに入れずに持ち物に収納できるんじゃない?」
「そうか。アドワと融合した世界ならできるのか」
念じてみると、手に持っていたリュックが消えた。
ステータスを開いて、持ち物を確認すると【リュック×1】と収納できていた。
他にも装備品や加護の玉も収納されていた。
「あれ?薬草が無くなっている」
あれだけ頑張って採取したのに一つも残っていない。世界が融合した影響で消えてしまったのか?
もしも薬草があれば、毎週の義務も楽になったのにな。
「これは中々にショックだ」
「頑張ってダンジョンでまた採ろう」
「ああ、そうだな。服はこのままでいいか……それじゃあ案内よろしく」
俺は母親に出掛けることを言って、市役所へと向かった。
道中で俺の見た目やエリーが目立つのか、道行く人にガン見されながらも事故もなく無事に到着できた。
持ち物に身分証明書を持ってきたが、今の姿で大丈夫なんだろうか?
「意外と混んでないな」
「結構広いから混まないのかもね」
ダンジョン・冒険課というのがあったのでそこで整理券を取って順番を待った。
電光掲示板に自分の番号が表示されたので、案内された席に着いた。
三十代後半の女性職員が俺の前に座った。
「今日はどうしました?」
「冒険者の登録に」
「冒険者カードと身分証明書はお持ちですか?」
「はい」
俺は言われた物を念じて取り出して机の上に置く。
女性は驚くこともなく、慣れた手つきで俺の身分証を確認する。
「あの……身分証明書が違うようですけど。誰かのと間違えたのかな?」
「いえ、合ってます。えーっと、なんて言えば良いのかな……」
「この子はアドワのアバターの影響を受けたんですよ」
説明の内容を考えていると、俺の肩に座っていたエリーが話し始めた。
「マリー、お医者さんから渡された紙とかある?」
「あ、ああ、未来華來に渡された紙が」
一応持ってきていた、未来華來から渡されていた紙を職員の女性に差し出す。
「わかりました。少し待っていてください」
女性は奥へと歩いて行った。
「エリー、アバターの影響ってなんだ?」
「姿が変わったのは、マリーだけじゃないってことだよ。エルフになった人や、ドワーフや獣人になった人もいるってのを見たの」
「そうだったのか」
そんな話をしていると、職員の女性が戻ってきた。
「すみませんが、証明写真は持ってきてますか?」
「いえ、持ってきてないです」
「それではあちらで写真を取ってください」
職員の女性が手で示した先に証明写真を撮影する機械があった。
「わかりました」
そこから写真を撮って、撮影した物を渡した。
五分ほどで冒険者登録と、カードが完成した。
カードの左下には『G』と書かれている。
「納品した物や、倒したモンスターでランクが上がっていきます。ランクが上がれば冒険者用の装備や、公共施設の割引がありますので頑張ってくださいね。ここのダンジョンが初心者におすすめですので、先ずはここに行ってみてください」
「ありがとうございます」
俺は渡された初心者向けダンジョンの地図を仕舞う。
「このままダンジョンでもチラ見しに行くか」
時刻は十四時、夕飯までまだまだ時間もある。
ダンジョンを見ておいて、どんなものか知っておきたい。
「そうだね。スライムくらいしか出ないみたいだから、ナイトがいれば安全に入れるよ」
俺たちは市役所をあとにして、ダンジョンへと向かう。
「今から一週間以内に十個納品か、頑張らないとだな」
「うん!」
ダンジョンの場所は、地図を見ればここから歩いても行ける距離だ。
エリーと談笑しながら向かった。