第3話 再会のドリブル
翌日の放課後、雫は自分でも驚くほどあっさりと体育館へ足を向けていた。「ただ見るだけ」と言い聞かせながら。
体育館のドアを開けると、予想外の光景が広がっていた。数人の女子生徒が、不器用ながらもボールを追いかけている。中には一度もバスケをやったことがないような素人もいた。
「来たわね」
井上が満面の笑みで近づいてきた。雫は無表情を装ったが、目はコートの上を追っていた。
「メンバー紹介するわね」
井上はそう言うと、練習中の生徒たちに声をかけた。彼女たちは好奇心いっぱいの顔で雫を見つめた。
「こちら星野雫さん。今日は見学に来てくれたわ」
「あの星野雫!?」
眼鏡をかけた小柄な女子が食い入るように雫を見た。
「私、中学の時あなたの試合、全部見てました!あのシュートフォーム、忘れられないです!」
雫は居心地悪さを感じ、視線を逸らした。しかし、その言葉は確かに彼女の心に届いていた。
「松本亜美です!ポジションはまだ決まってないんですけど...」
「佐藤結衣。バスケ初めてです、よろしく」
次々と自己紹介が続く。純粋な情熱を持った彼女たちの姿に、雫は少し圧倒された。
「それじゃあ、練習再開するわよ」
井上がホイッスルを吹き、再び動き始める部員たち。しかし、彼女たちのプレーは素人同然だった。パスもドリブルも、基本が全くできていない。
雫は思わず眉をひそめた。中学時代のチームメイトたちの洗練されたプレーと比べると、あまりにも幼稚に見えた。
「星野、何か言いたそうね?」
井上が意地悪そうな笑みを浮かべる。
「別に...」
「本当?この子たちのドリブル、結構ひどいと思わない?」
意図的な挑発だと分かっていても、雫は黙っていられなかった。
「手首の使い方が間違ってる。ボールを押すんじゃなくて、指先で床に落とすイメージで」
思わず口から出た言葉に、自分でも驚いた。
「じゃあ、教えてあげて」
井上が微笑む。雫は困惑の表情を浮かべた。
「お願いします!教えてください!」
亜美が熱心に頼み込む。その瞳には純粋な憧れが宿っていた。雫は一瞬躊躇したが、やがてゆっくりとベンチから立ち上がった。
「ちょっとだけ...」
おそるおそる足を踏み出す。コートの感触が足の裏から伝わってくる。懐かしさと恐怖が交錯する。
雫はボールを受け取り、深呼吸した。そして、意を決したように軽くドリブルを始めた。膝に不安を感じながらも、手と指の感覚は体が覚えていた。
「こう...」
ドリブルの見本を見せる雫。部員たちの目が輝いていた。その瞬間、雫の中で何かが動き始めた。
「もっと見せてください!」
「シュートも!」
部員たちの声に、雫はゴールを見上げた。そこに立つことを、どれだけ恐れていたことか。しかし今、その恐怖と向き合う瞬間が来ていた。
「やってみる...?」
井上の声が後押しする。雫はゆっくりとゴールへと歩み寄った。