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新日本奇昔話

作者: 雨月 そら

 昔昔あるところに、それはそれは髪が長く艶やかで玉のような白い肌を持ち、気が強そうなキリリとした目をした美しい女神がおりました。

 彼女は埼玉県秩父地方を取り纏める一神の一人で、秩父神社の鎮守の森である(ははそ)の森に現在も住んでいると言われ継がれております。


 ただ、本来彼女が与えられた場所は、羊山丘陵の斜面の窪地でありました。

 住んでみると岩は崩れ、土砂も崩れやすくといかにしても住みづらかったのです。

 そこで麓の低位段丘面である、現在の廣見寺付近に宮地の妙見宮へと移り住んだのです。

 ただそこも前の場所よりはまだましというぐらいなもので、荒川という川までの道のりが遠く、日照り続きであると水が干上がってしまい、彼女はほとほと困ってしまったのです。


 何せ、彼女の御使いは、亀蛇(キダ)


 彼女自身は北斗七星より産み出されのですが、ただ不運にも海へ落ちてしまいました。その時救ってくれたのがその亀蛇である、名を玄武という、水神だったのです。

 つまり、彼女自身水がないと困ることはないものの、自分の性格に惚れ込んで御使いとなり一緒にいる玄武は、水神であるが故に水がないと生きていけなかったのです。

 そんな健気にここまで付いてきてくれた玄武であるが故に、彼女はほっとけなかったのです。


 他の場所へ移り住もうとしたものの、先に住んでいる神々、土地神というものがおり、好きに住まうことができなかったのもありました。


 この土地に海の声を聞き玄武に乗って辿りついて、やっと話し合いで与えられた場所であり、そうそうに移り済むのは容易ではなかったのです。前の場所からここに移り住めたのも、土地神がいなかったからというだけ。

 つまり、ここの土地神はいい場所など分け与えてくれなかったということなのです。荒川は別の土地神がいて、そこへは立ち入れなかったのですから。


 そんなことを今更悔いても仕方ないと、彼女は持ち前の気の強さで振り切って、なら何故にここはこんなに日照り続きなのかと考え始めました。


 一日、二日、三日目のことです。人々の噂を耳にしました。


 「ここいらには、武甲山の龍神様がおるでよぉ〜。だけんど、最近はめーきり、見なくなってよぉ〜。だから日照り続きだぁ〜、いう話だべぇよ」


 「そうそう。なんでも、諏訪神社の八坂刀売命やさかとめのみこと様に浮気がバレて、けちょんけちょんに叱られたから、身隠れしてるって噂さだんべよぉ〜」


 「あらやだ!全く浮気性のコンコンチキだっんべ。浮気はするけど、女房が怖いなんて、小心者なんだか、豪気なんだか、わかんないわよねぇ〜」


 「まぁ、惚れっぽいのがたまに傷だんべよ。本当は、優しくていい神様だと思うんだぁ〜。毎年、稲穂がなる時期だけは豊作だべよぉ〜」


 ちげえねぇ、ちげねぇと村人達は口に揃え、早く帰ってきて欲しいべぇと心配そうに言っていたのです。


 彼女はそれを聞くや否や、神力で龍神が隠れた龍神池へと大急ぎで向かいました。幸い、他の土地神にはでくわさずにすみました。

 龍神は池の奥深くに隠れているようで、全く見えません。

 ですが、彼女には玄武がついているのです。全く動じることなく、池の奥深くまで玄武に乗って泳いで行ったのです。


 龍神は、不貞腐れたように池の一番置くに丸まって寝ていました。

 やれやれ呑気な神様だと彼女は思いつつ、どうやってこの龍神を起こそうかと考え始めました。


 「おい、そこの!!女房というものがありながら、浮気をした上に、よくもぐーぐー眠れたものね!!」


 彼女は考えているうちに、ふつふつと怒りのようなものが湧いてきたのです。龍神の女房のことを考えると可哀想であるし、それを思うとこの呑気な寝顔ときたらという具合であります。

 仮にも神である自身が来ているというのに、全く起きる気配もない。下に見られて馬鹿にされているのか、ただ鈍感なのか。そう思えば思うほど、怒りが増して感情のままに大声を張り上げたのでした。


 「...んん?なんぞや?...ほほう...最近、ここいらに棲みついた(わっぱ)か」


 龍神は片目をうっすらと開けギロリと睨み、長い首をしゅるりと伸ばして彼女の前に顔を突き出しました。


 「な!誰が童か!この蛇が!!」


 「な!!誰が蛇ぞ!!わしは、ここいらをまとめる偉大な天の一族、龍神ぞ!!そこらへんの小童と一緒にするではない!!」


 強気な彼女の物言いに、龍神は両目を見開いて口を大きく開いて大きな大きな二本の牙を剥き出しにして威嚇しながら怒鳴りました。


 「...ふーん。そんな脅し、私は驚きもしないわ!!そんなことより!!あなたがこんな薄暗い池の底に隠れてるから、ここら一体のあなたの民達は日照り続きで困ってるのよ!!いい加減、偉大というなら出てきてなんとかしなさいよ!!」


 彼女は言葉通り全く動じることなく、両手を腰に胸を張って堂々と怒鳴り返しました。


 「...ほほう。これはこれは...なるほど、ヌシは、天の家系か...ふははははは!!これはこれは、愉快!!」


 怒鳴り返した彼女に面食らった龍神はしばし無言でいましたが、何か気づいたようでじっと彼女を見つめた後、そう言って大きな声で笑い出した。

 流石の彼女もそれには驚いて、言葉失ってしまいます。


 「...ふむ、そうか。それは悪なんだ。ここいらの土地神は田舎者ばかりでな。ヌシの素性も見抜けずに、見掛けの若さで判断してぞんざいな扱いをしてしまったようだ。わしから、非を詫びる...だがな、ここいらの神々の手前、だからとヌシを急に重宝して言うことをほいほいと聞くことは、できぬ。だから、ヌシの言葉に従うことはできぬと言うことだ」


 「な!それはそれ、おぬしの民が困っているのよ!!」


 「まぁまぁ、待て待て。ただでは聞かぬ。そう、言っているのだ」


 「な、なっ!...私はここにきて、まだ間もないのよ。持てるものなどないわよ!」


 「ワハハハハハ!いやいや、そんなもの、わしには要らぬ。そうさのう...わしは少し飽き飽きしていたのだ。毎日毎日同じよ。ワクワクしたいのだ。だからの、わしと追いかけっこをしようぞ。もし、わしを捕まえられたなら、言うことを聞いてやろう」


 「...わかった」


 ニヤニヤしている龍神がいけすかないものの、なんと幼稚なのだと心の中で馬鹿にしながら、こんな簡単な事でいいのならすぐにでも終いにできると安易に彼女は頷いて返事をしてしまったのです。


 「では、参るぞ!!」


 龍神は急にそう言い放ち、ものすごい速さで池を飛び出して行きました。それは彼女とて、目に見えぬほどの速さ。


 「しまった!!」


 彼女は玄武に合図を送り、懸命に池を飛び出します。


 「フハハハハハ!!さーさー、わしを捕まえてみるがよい!!わしは、ここいらでは負けなしよ!!誰もがわしを捕まえられぬから、わしはいつも自由なのじゃ!!さぁさぁ〜!!」


 龍神は彼女を嘲ったように大きな声を空へ響かせ、ぐんぐん ぐんぐんと空高く登っていく。


 「なんと...龍神というのはあなに、泳ぐのが早いのか。失念した...どうしたものか」


 流石の彼女でも、龍神のようにあんなに早く空を飛ぶとこはできません。


 ふとその時です、枯れそうな桑の木が彼女の滴る水を受けて生き返ったのです。

 その木は神気を受けたのか、元気になって青々とした桑の葉を実らせました。

 するとどこからともなく、一匹の蚕が飛んできてむしゃむしゃとその葉を食べてしまったのです。

 桑の木は葉を全て無くしてしまい枯れていったのですが、その代わり弱々しかった蚕はピカピカと光りだしました。


 「私目を餓鬼から救ってくれ、ありがとうございまする。貴方様には、私は頭が上がりませぬ。どうかどうか、私目を、貴方様の家来にしてくださいませ」


 蚕は彼女の力を桑の木を通して受け取ったらしく、蚕だというのに神気を纏い、ふっくらとまるまるとして艶やかな真っ白でなふわふわな毛になって元気を取り戻し、言葉も話せるようになったのです。


 「...ほほう...珍しい。まぁ...あなたがそう言うのであれば、何かの縁でしょう。いいわ、私の二番目の御使いにしてあげましょう」


 そうして、蚕は玄武の次の位の御使いとなったのです。


 「そういえば、妙見様は、何故、ここにいたのでございますか?」


 彼女は、ことのあらすじを蚕へ話しました。


 「なるほど...でしたら、私目に、妙案がありまする」


 蚕がもうしたのは、こうでありました。


 龍神は若々しい女子が好き、素肌を見るのがもっと好きで、温泉場に行っては覗き見しているのだというのです。

 ですから、ほおっておけば、飽きて温泉場に来るでしょうから、油断している隙にその時に捕まえればいいというのです。

 だが、流石に素肌を出すことに抵抗があった彼女は、渋った顔をしました。


 「大丈夫です。私目が女子に化けて、囮になりまする」


 どうもこの蚕、神気を得る前から奇妙な力を持っていたようなのです。もしかしたら、妖の類だったのかもしれぬと思いましたが、彼女は何も聞かずにそっと胸の中へしまいました。


 蚕には仲間がいたらしく、龍神がよく行くという温泉はすぐに見つかりました。

 そこでしばらく様子を見ようと、蚕と蚕の仲間は女子に化けて温泉へと入りました。


 何時間も、何時間もすぎ、流石に暑いのか出たり入ったりして、夜になって月明かりが差した頃にようやっと、龍神がやってきたのです。

 当然、妙見は物陰に隠れ気配を消しています。


 「まぁ〜たく、あやつ、全然追いかけてこようともせん!けしからん!けしからん!はぁ〜、拍子抜けよぉ!あやつなら、このわしを楽しませてくれるやも、そう思ったのだがな。見当違いだったわ...おっと、それより...今日も、若々しい女子がおるのう」


 小声だが明らかに不平をぶちぶち漏らしながら、龍神は岩場にその身を隠すようにやってきました。月明かりに照らされた龍神の顔は、大きな鼻を伸ばして、デレデレと顔をだらしなく緩ませにたぁ〜としていて、気持ちが悪く、すぐ側で隠れている彼女は嫌気がさしてため息を漏らしそうになるも、口を咄嗟に両手で押さえて我慢しました。


 「おうおう、今日は女子がたくさんおるのう。ツルツルした肌がなんとも...ジュルリ」


 よだれでも垂らしそうな勢いで目が女子に釘付けで、目を爛々とさせ鼻息も荒いような龍神は、油断して無防備なようにしか見えません。


 これは今しかないと、彼女は精一杯の力で飛び掛かりました。


 「お?フハハハ!!」


 龍神に後一歩で届きそうだったのですが、するりとかわされてしまいます。


 「いい手だったが、爪が甘いわ!わしが、ヌシに気づかんとでも、思ったか!クハハハ!愉快!愉快!」


 そう言って龍神は、スルスルと空を泳いで行きます。


 「待て!!」


 彼女は慌てて玄武に乗って、その後を追いかけました。


 だが何故が龍神は前のようには天高く泳がず、捕まらない程度の速さで優雅に泳いでいます。


 それが馬鹿にされているように思えた彼女は、躍起になって追いかけます。


 それが何時間も、何時間も続いて、朝日が見え始めた頃、流石の彼女も疲れ果てて地上に降りてしまいました。


 そこは、ミズナラの繁茂(はんも)した森でした。


 「...おお...ここはなんと、気が綺麗な場所なのだろう...」


 その森を見上げると心が軽く、心地良さそうに眺めていると、疲れも和らいでくるように感じました。


 「ほう...やはり、ここが気に入ったようだな」


 人の形になった龍神が森の奥から歩いてきて、そう彼女に語り掛けてきました。


 「...あっ」


 「ふむふむ。なかなか、ヌシは気概があるな。他の誰よりも長ーく、わしを追いかけてきた。それに奇策もきいて、なんと面白い。なかなかに有意義だったぞ」


 龍神は着ている青い着物の袖に両手を入れ彼女の目の前まで歩いてくると、満足気な顔をして嬉しそうに語りかけました。


 「でも...私は負けました」


 彼女は悔しそうに言って、俯いてしまいます。


 「そうだな。だがな、ヌシが辿ったここまでの道を、よーく見るがよい」


 龍神は両手を袖からぱっと出すと、彼女の両肩を掴んでくるっと反対方向ヘ向かせ、顔を両手で覆って持ち上げました。

 無理やりだったので最初は嫌な顔をしていた彼女でしたが、言われた通りに辿ってきた道を思い出しながら、そこを目を細めよーく見つめたのです。

 するとどうでしょう、そこには七つの井戸から湧水が溢れ出てきていたのです。


 「わしに付き合ってくれた、お礼だ...まぁこれで、民も安心するだろうて」


 彼女は咄嗟には言葉が出てこなかったのですが、龍神に感謝しながら満面の笑みを浮かべたのでした。


 そうして、今でも妙見七つ井戸は現存しており、今も人々を潤しているということであります。



 その後の二人はといえば、妙見は龍神の気心に惚れ、龍神もまた妙見の気概に惚れ、互いに睦まじい関係になったとかなんとかいう噂を耳にしましたが、それはまた別の話でございます。


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