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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
14.クローバーの約束

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14-1

 デルヴィシュ帝の四騎士のうち〈白狼〉と〈豺狼〉が失われたことで、狼月では反乱の機運が高まっていた。

 三年前の急な崩御を疑問に思う声は言わずもがな、指名手配を受けていた謎の乙女こそが、先帝の遺児なのではないか──そんな声も上がるようになってきたという。

 堕落した皇帝を打倒すべく、風吹き砦には人々が連日押し寄せたが、フィルゼ・ベルカントは息巻く彼らに帰路へ就くよう促した。

 かつて戦場を共に駆けた同志たちならば歓迎するところだが、武器を握ったこともない民を戦わせるなど、ルスラン帝の四騎士にとっては有り得ないことだったのだ。



 ◇



 空が夕焼けに染まる頃。

 激励と感謝の言葉を並べ、深く頭を下げた人々の背を、フィルゼはぼんやりと見送った。


「フィルゼ殿、閉門しますよ」

「……ああ、悪い。頼む」


 使い古した鎧に身を包み、三年間手入れを怠らなかったであろう槍を手にした騎士は、にかっと快活に笑う。

 彼はギュネ族の反乱鎮圧の際、今と変わらぬ笑顔でフィルゼに接してくれた男だった。


「あんたも来てくれるとはな」

「そりゃあ四騎士様方が集結したってんなら、どこへだって駆け付けますって」


 彼は相変わらずの腕っぷしで鎖を巻き上げると、振り向きざまに親指を立てて見せる。フィルゼが苦笑しつつ同じように応じれば、彼は驚いたように目を丸くした。


「お、返してくれたの初めてですね」

「そうだったか?」

「そうですよ! いやぁ何か、雰囲気が柔らかくなりましたよ。前はもっとほら、陛下一直線! って感じでしたけど」


 冗談めかして語ってくれたものの、三年前までの自分は非常に無愛想というか──コミュニケーションに難があったのではないだろうかと、フィルゼは引き攣った笑みを浮かべる。

 彼がさりげなく下顎を揉みほぐす傍ら、跳ね橋の目視確認を終えた騎士は満足げに頷いた。


「うし、じゃあ自分はこのあと引き継ぎに……あ!? エスラ殿!」


 驚く声に釣られて後ろを見てみれば、ちょうど砦から出てきたエスラが片手を挙げる。

 そして彼女の影からひょこっと顔を出したのは、外套のフードを目深にかぶった毛玉だった。


「門番ご苦労さん。フィルゼ、お話があるってさ」

「……? ああ」




 エスラと騎士が立ち去った後、フィルゼは毛玉と共に砦の広場へやって来た。

 過去、戦場へ向かう騎士たちがここに並び、四騎士やそれに次ぐ将校が激励の言葉を投げ掛けた場所だ。かくいうフィルゼはあまり目立つことを好まないため、その役目はもっぱらティムールに任せていたが。

 ところどころ剥がれた石畳を一瞥し、馬車用の門に繋がるなだらかな坂を見遣る。その傍ら、崩れた階段に毛玉を座らせてやれば、当然のように手を引かれ、すとんと隣に腰を下ろした。


「どうしたんだ?」


 今朝、地下牢でケレムと話した後、毛玉はずっと何かを考え込んでいるようだった。

 しかしそれは悩んでいるというよりも、頭の中にある情報を整理しているようにも見えたため、無理に聞き出すことはせず。暫くは同性であるエスラに側にいてもらうことにして、フィルゼは今この時まで席を外していたのだった。

 一日費やして思考がまとまったのか、毛玉はフィルゼの手を控えめに掴みながら口を開く。


「わたくしがお外に出られなかった間、風吹き砦に毎日たくさんの人が来たと聞きました。……今の皇帝を、打倒してほしいと願う人々が」

「……ああ」


 ついさっき彼らを見送ったばかりのフィルゼは、どう反応したものかと視線を逸らした。

 当初の予定、いや希望する展開としては、毛玉の記憶が全て揃った上で、帝位に関する話をしたかった。だが〈豺狼〉の降伏に始まり〈白狼〉のセリルが寝返ったことや、指名手配を受けていた皇女の噂が広がったことで、その順序は無くなったも同然だ。

 言うなれば、毛玉に決断を急がせる事態になってしまった。

 狼月の皇帝となるか、このままレオルフ王国へ逃れて平和な暮らしを送るか──獣神の力がある程度制御できるようになった今、彼女が後者の選択肢を取っても何ら問題はない。

 しかしながら、四騎士に期待をかける狼月の民を見て、毛玉が彼らを見捨てるかと言えば、答えは否。


(……帝位に就くと言うだろう。たとえ記憶が無くても)


 その決断を尊重する心づもりはあれど、どこか割り切れない気持ちもある。ただでさえ荒廃した狼月を、ずっと隠されて生きてきた彼女が立て直さなければならないのだ。

 それは、あまりにも──。


「フィルゼさま」


 きゅ、と手が握られる。

 意識を引き戻し、彼女の細い手を上から握り直してやると、一陣の風が吹いた。

 外套のフードが後ろへずれ、淡いピンク色の髪が露わになる。

 日没の赤を見詰める横顔は、今までに見た彼女とはどこか違っていた。


「もう一度ヨンジャの丘に、わたくしを連れて行ってください」

「……ヨンジャの丘?」

「はい」


 毛玉はこくりと頷き、その頬に睫毛の影を落とす。



「そこでフィルゼさまに……フィルゼさまだけに、お話ししたいことがあるのです」



 彼女がこちらを向いたとき、一瞬、息が止まった。その眼差しが、亡き主人とあまりにも似ていたから。

 いや、厳密に言えば──初めて、毛玉ではなくアイシェ皇女の顔を垣間見たような、そんな気がしたのだ。


「…………やっぱり駄目でしょうか?」


 しかし次の瞬間には不安げにしょんぼりと眉を下げてしまう彼女に、フィルゼは我に返る。


「いや……ヨンジャの丘はここから近い。メティなら一日もあれば行けるだろう」

「本当ですかっ?」

「ああ。移動中はまた毛玉に戻ってもらうことになるが……」

「はい、構いません! ありがとうございます、フィルゼさま」


 毛玉は礼を述べた後、暫くフィルゼの隣に座ったまま動かなかった。

 何を話すこともなく、夕日が完全に沈む様を見届けて。

 そうして夜空にうっすらと星が浮かぶ頃になって、ようやく彼女は消え入りそうな声で告げたのだった。


「……明日お話しすることは、レベントさまやエスラさまには内緒にしてください。カドリ(・・・)にも……」




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