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12-7

 啜り泣く妖精たち──否、キーキー、キュッキュッ、と高い声で鳴き続けるネズミたちを背に、毛玉は石壁の隙間から見える混沌とした光景を窺っていた。


「……何だか予想以上に怖がらせてしまいました……でもこれでレベントさまたちにも、何か騒ぎが起きたことは伝わるはずです……!」


 毛玉がやったことは、ただネズミたちを壁の内部に待機させ、廊下にいる兵士たちに聞こえるよう無秩序に鳴いてもらっただけだ。そこに「妖精の嘆き」というストーリーを添えるだけで、人間の耳には如何にもそれらしく聞こえたことだろう。

 一度そう思い込ませてしまえば、簡単な仕掛けと言えども錯覚はなかなか解けない──それはかつて、記憶の中にいた誰かから教わった知恵だった。


「ネズミさんっ、ありがとうございます! ひとまず終わりにしてください! わたくし、鍵を拾ってまいりますっ」


 毛玉は誰もいなくなった廊下を左右二度ずつ確認して、駆け足で鍵束の元へ向かう。


「この鍵、牢屋も開けられるのかな……? フィルゼさま、セリル、待っててくださいね、ふんん」


 もぞもぞと足を動かした毛玉は、「えい!」と自身の姿を鳥に変身させた。久々の三前趾足でよたよたと床を踏みながら、長い嘴で鍵束のリングを咥え、そのまま首飾りよろしく身体に引っ掛ける。


「ふう、これで運べそうですね。さっそく牢屋に戻りましょう……!」


 毛玉が大股で廊下を歩き始めると、ネズミたちがぞろぞろと後に続いた。その順番は気付けば方向感覚に乏しい彼女を導くような形で逆転していたが、気にすることなく歩を進める。

 似た構造の通路を二、三曲がると、黒衣の男が蹴り倒した燭台が見えてきた。確かあの付近に牢屋があったはず──毛玉は軽く羽ばたきつつ燭台の方へ近付く。


「えっと……ん? こんな扉だったっけ……」


 倒れた燭台のすぐ側、木製の扉が聳え立つ。セリルがノックした扉には、確か上の方に覗き窓があったと記憶しているが、それらしいものは見当たらない。

 ネズミたちも少し混乱しているのか、辺りをうろうろと散策しては、フィルゼたちのいる牢屋を探し始めた。


「ほっ、とうっ」


 毛玉は燭台に飛び乗ると、続けて扉の握りへ飛び移る。そこで改めて周囲を見渡してみて、彼女はハッとした。


「あの扉です……!」


 斜め向かいにある窓付きの扉。その近くには毛玉が転がり込んだ狭い隙間も見つかった。ホッとする反面、なぜ燭台の位置が変わっていたのだろうと彼女は首を傾げる。

 奇妙な違和感はあれど、あまり考え込んでいる余裕はない。間違っていたらすぐにまた壁の内側に逃げ込もうと決め、毛玉は急いで窓付きの扉へ羽ばたいた。


「わぁ重たいっ、ふんん」


 よろめきながらも何とか覗き窓に辿り着き、格子の隙間を覗き込むと──。


「あれ? フィルゼさま……?」


 誰もいない。

 頭を突っ込んで中を隈無く見回してみたが、結果は同じだった。


「た、大変です……! わたくしがいない間に、移動させられてしまったのかも……!」


 ショックを受けつつ首を引っこ抜いた彼女が、あわあわと床へ飛び降りたときだった。



「──察しが良いじゃないか、狼月の姫君」



 頭上から勢いよく降ってきた鉄格子が、毛玉の進路を塞ぐ。驚いて後ろに飛び退いたものの、その鉄格子は彼女の周りをぐるりと囲む円筒状の檻だったがゆえに、頭をこつりと打ち付けるに留まった。

 その拍子に毛玉の姿が球体へ戻り、首に掛けていた鍵束も床へ落ちたなら、頭上から興味深そうな声が降ってくる。


「それが獣神の加護とやらか。……ふむ、道理で見付からないわけだ」

「……!!」


 毛玉は暫くポカンとしてしまったが、自分が窮地に立たされたことだけは理解した。あわあわと立ち上がっては狭い檻の中を歩き回り、再び目の前の──黒衣の男を恐る恐る見上げて。


「あなたはさっきの……」

「お初にお目に掛かる、皇女殿下。俺は〈豺狼〉のケレム・バヤットだ」

「け、毛玉と申します」


 挨拶をされたので反射的に自分も挨拶を返してしまうと、ケレムが一瞬固まってから笑い出した。


「っくく、そうか、その姿では毛玉殿とお呼びした方がよろしいのかな」

「えっ、ええと、はい、毛玉で……あの、フィルゼさまはどこに……」

「まさか教えてもらえるとでも?」

「わあっ」


 ふと檻が斜めに傾き、足元に金属板が素早く差し込まれる。板の縁に施された穴に鉄格子の先端を嵌め込み、数カ所を金具で留めてしまえば、毛玉を閉じ込める鳥籠が完成してしまった。

 ケレムは檻の天頂にある持ち手を掴むと、それを軽々と目線の高さまで掲げて笑う。


「毛玉殿、少しお付き合いいただけるかな。フィルゼ殿の居場所以外なら、貴女の質問にも答えよう」

「……」


 毛玉は彼のぞわぞわとする視線を浴びながら、少しの間、鳥籠の鉄格子を見詰めた。そうしてほんの僅かに足を動かした彼女は、ややあって小さく頷いたのだった。



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