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12-3

 一難去って、また一難。

 勝利を喜んだのも束の間、毛玉はネズミたちと共に、床に落ちた鍵束を見詰めていた。


「えーん、誰も鍵を差し込めません……」


 手が生えない毛玉と、鍵が重くて持てないネズミ。檻に囚われた獣たちは、望み薄の面子を見て再び眠る体勢に戻ってしまった。

 これはいけないと体を左右に振り、毛玉は開けた場所へ移ると、うごうごと足を動かし始める。


「ふんん、皆さん、わたくし今から人間に戻れないか試してみますので、ちょっとだけお待ちくださいっ」


 ネズミたちの不思議がる視線を浴びながら、毛玉はうんうんと記憶を漁った。

 カメオに刻まれた皇女の横顔──は、実を言うとあまり印象にない。我ながら少しのんびりしていそうな顔立ちだった気はするが、どうしても他人のような感じが拭えず記憶に残りづらいのだ。

 自分の姿だけを思い描くのは難しいので、それに付随する記憶はないかと頭を捻った毛玉は、すぐさま先日の出来事を思い出した。


「はっ、そうです……! わたくし、人間の姿でフィルゼさまとお星様を見ました……!」


 浮かぶのは視界一面に広がる無数の星々。隣に座ったフィルゼの横顔、触れた肩の温もりや硬さまで、毛玉はしっかりと覚えていた。


「うふ、ふふっ、フィルゼさま、毛玉の方にほんの少しだけ体重を預けてくださったのですよ、わたくしそれが嬉しくて嬉しくて──あぅ」


 小さな足を上下に振りながら、ネズミにそのときの感想を語っていた毛玉は、いつぞやと同じように突然人間の姿に戻った。


「わっ! 戻れました……!」


 すぐさま飛び起きた彼女は、自分の両手がしっかりと動くことを確かめるや否や、床に落ちていた鍵束を拾い上げる。

 手始めにキツネの檻に鍵を差し込んでみれば、あっさりと扉が開かれた。


「ああっ、開きました! キツネさん、出られますか?」


 ぐったりとしたキツネを抱き上げ、食べかけの干し肉を与えてやりながら、毛玉は次々と檻の鍵を開けていく。最後に卓上の小さな檻を開けてやれば、ネズミの家族とおぼしき数匹が解放された。

 彼らが鼻を寄せ合う光景にホッと胸をなで下ろした毛玉は、切り替えるように獣たちに語り掛ける。


「よし……では皆さんで協力して外に出ましょう! 兵士に見つからないように──」

「──本当なんですって! 飼育部屋に喋る化け物がいたんです!」


 そのとき、廊下から聞こえてきたのは、毛玉が先程追い払った兵士の声だった。どうやら鍵を開けて回るうちに、上官を連れて戻って来てしまったらしい。


「到着するなり何かと思えば……喋る化け物? それより飼育部屋って? こんなボロ要塞に動物を詰め込んでるの?」

「あ、いや、その、それは〈豺狼〉様のご命令で……」

「はあ……どうせまた売り払うつもりで集めたんだろ。悪いけど僕に報告した以上は見逃さないよ」

「う、うう……いや、あの化け物を祓ってくれるならこれぐらい……!」


 毛玉のことを怪物か亡霊と思い込んでいる兵士はさておき、どこか幼げな上官の声には聞き覚えがある。毛玉はキツネを抱っこしたまま、摺り足で扉の方へ歩み寄った。

 すると、ちょうど向こうも部屋の前までやって来たようで、兵士が勢いよく扉を叩く。


「おい化け物! さっきはよくも俺を虚仮にしてくれたな! そこの獣どもは〈豺狼〉様の物なんだ! 立て籠もるのは止めて、大人しく鍵を返せ!」

「む! 皆さんは物ではありません!! わたくしが全員森に帰します!」


 毛玉が持ち前の大声で言い返した瞬間、彼女の周りに集まっていた獣たちが一斉に鳴き始めた。今まですっかり意気消沈していたはずなのに、毛玉が現れたことで一致団結した彼らを目の当たりにしてか、兵士はまたもや「ひぃ!!」と情けない声を上げて逃走してしまう。

 一方、彼女の声を聞いた若い上官は、暫し呆けたように沈黙し──やがて、ひどく驚いた声で尋ねた。


「…………毛玉?」

「!」

「何でここに? まさか動物と間違われた?」

「え? あの、やっぱりその声、セリルですかっ!?」

「うん」

「わあ!」


 毛玉は友人との再会を心から喜び、嬉々として扉を開けようとしたが、すんでのところで我に返る。少し元気を取り戻したキツネをそうっと降ろすと、彼女は小さな毛玉姿に戻った。

 そうして改めて獣たちと一緒に扉を押し開けてみれば、以前と変わらぬ麗しい少年が彼女を出迎える。


「セリル! お久しぶりです!」

「……どういう状況かさっぱり分からないけど……久しぶり」


 セリルはぞろぞろと部屋から出てくる多種多様な獣に気を取られながらも、毛玉を手のひらに乗せて微笑んだ。


「またお会いできて嬉しいです……! セリルはどうして風吹き砦に?」

「ああ……うん。言ってなかったっけ。僕、狼月軍にいるんだ。……ここにはちょっと用事があってね」


 少年は穏やかな声音で語ったものの、他所へ向けられた眼差しには冷たいものが宿っていた。背中がピリピリとするような感覚に、毛玉はついつい少年の手のひらに擦り寄る。


「狼月軍……そうだったのですね……あ! あの、あの、ではセリル、皆さんを逃がしていただくことは出来ませんか?」

「皆さん? この動物のこと?」

「はい! わたくし、皆さんに助けてほしいとお願いされて、ここまで来たのですっ」


 セリルはその訴えに何かしら心当たりがあるような顔で、足元に集まった獣たちを見下ろした。何故か皆一様に毛玉の方を向いているおかげで、少年には彼らの毛並みや模様がよく見えた。


「狼月の固有種だらけだね。……結局クルトだけじゃなかったってことか」

「セリル、どうか力を貸してください! わたくしだけでは皆さんを外まで送り届けられません……」

「うん、良いよ。元からそのつもりだったし」

「わあっ、ありがとうございます、セリル!」


 毛玉がセリルの親指をきゅっと足で挟むと、それを皮切りに獣たちまでもが少年に擦り寄る。毛玉と連動したような人懐こい仕草に戸惑いつつ、少年は小さく笑った。


「はは、相変わらず不思議な生き物だな。それで、毛玉は一人でここまで来たの?」

「いいえ! わたくしは──はっ」


 レベントたちのことを素直に打ち明けようとした毛玉は、辛うじて思いとどまった。セリルが狼月軍に所属していることを知った今、こちらの動きをあけっぴろげにしてはいけないと、ギリギリのところで気付いたのである。

 だがしかし、相手はセリルだ。先程の兵士ならまだしも、会うたびにこうして助けてくれる心優しい少年に、毛玉はどうしても嘘を付きたくなかった。

 セリルの不思議そうな視線を受けながら、悩みに悩んだ末、彼女は何ともか細い声で答える。


「えっと、えっと……お友達と一緒に来ました」

「お、お友達? ここに?」

「はい」


 嘘ではないのだからと頷いてみたものの、凄まじい罪悪感によって彼女の体はみるみる縮んでしまった。

 その実に分かりやすい態度に苦笑したセリルは、しかし詳しく言及することはなく。


「そっか。今はとりあえず動物を逃がそう。健康状態が悪いなら僕の方で保護するけど……毛玉の言葉は伝わるの?」

「! はいっ、伝わります! ありがとうございます、セリル……!」


 ふわっと膨張して元の大きさに戻った毛玉に、セリルは年相応の笑みで応じたのだった。




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